ひなたとこかげ ⑤
部屋に入ると、昼寝から目覚めたのかこかげが起き上がっていた。
「ひーちゃん、どこ行ってたの?」
「庭」
「大きい木があるとこ?」
一度眠りについたからかすごく元気になっていて、この前みたいに私を無視しない。それがすごく違和感で。私はその違和感に気づかないフリをして、本棚に本を収納した。何もなかったかのように。でも、なぜか前みたいに私のまわりをウロチョロしている。鬱陶しいぐらいに。
「急に何なの」
「たまには…と思って。ダメなの?」
恐ろしかった。今のこかげと一緒にいるのが怖い。これから何が起こるのか、こいつと一緒の時間を共有したくない。それが率直な私の感想だった。いつから、そんなこと思ってたんだろう。その日から私がこかげを避けるようになった。
「ひーちゃん」
「…ごめん、私もやらないといけないことがあるから」
罪悪感を感じながらも、私は逃げるかのようにその場を離れていく。私は見ていない。あいつの、こかげの少し切なそうな顔を。私の胸はズキズキと痛んだ。
〈ひなたちゃんにはまだ早いわ〉
〈もう少し生きなさい〉
〈ひなたも自由に…〉
今になって頭をループしていく。思い出すだけで涙が溢れて止まらない。止まれ、と願ってもそんな簡単に願いは叶わないのだ。私は一人涙を流していた。
それから二年後。こかげは10歳、私は22歳になっていた。あっという間に時は過ぎて、記憶も薄れていく頃。私もそろそろ仕事というものを考えだしていた。
「ひーちゃん、今度ね授業参観があるんだけど…」
「うん」
「来てくれる?」
行くだけ行ってあげないとなあ、なんて。なんで今になって私はお姉ちゃんぶっているんだろう。もはや私は姉ではなく、母だ。生みの親はもういないけど私は育ての親。育てた母親だ。
自分を納得させる言い訳を必死で心の中で唱える。こかげが置いて行った授業参観の紙に目を通して、私は準備をした。