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名前のない怪物 ⑤
悲しいのに。何で目の前で。
そんなことを考えていると、リリスが目の前にいた。
柔らかい笑顔で、メープルシロップの香りを漂わせて。今から死ぬとは思えないくらい、表情豊かだった。
『リリス!』
『ハニエル』
リリスに矢を向けていたのは、仲のいいサマエルだった。親友と言ってもいいほどのあいつが、愛しい人に矢を向けているのに腹が立った。
『ハニエル、戻れ!』
『なんで…っ!!』
どれだけ暴れても、止める他の天使たち。
それでさらに腹が立つ。涙が溢れて止まらない。
『ハニエル、聞いて』
『え?』
『私ね、あなたのこと本当に…』
言葉を遮るように、矢が放たれた。
射抜かれたリリスの姿を、誰もいなくなったこの会場で抱きしめた。泣きながら。
『なんで、泣いているんだい?』
『私たちの元においでなさい』
頭から降ってきた声に、疑いもせずに手を伸ばしていた。その時の姿は、もう黒に染まっていた。
目を開いた。涙が一筋頬を伝っている。
それに気づくと、もう既に涙の跡も乾いてきていて。どこに行きたいかも分かってないけど、一つの家の前にたどり着いた。




