名前のない怪物 ②
幼い頃、自分は他と同じ世界を救う天使だと思っていた。羽の色も、瞳も、輪の色も同じ。どこも間違っていない。みんなと同じ。
何も悪いことはない、同じだけで安心。
そう思っていた。
『ハニエル、おいでなさい』
『どうされましたか、ミカエル様』
天使の時は、名前もあって、全ての人に、天使に愛情や平和を授けていた。
それくらい愛を大切にし、平和を求めていた自分。
『愛が足りない子がいるようですわ』
『わかりました。授けて参ります』
この時はまだ、何も分かっていなかった。今までの経験が仇となって、自滅するなんて。
綺麗な景色を、誰にも習っていない飛び方で、自由気ままに飛んで。
白い翼を羽ばたかせて、その子の元まで。
笑顔で溢れているこの世界が、自分の生きていく世界だとずっと思っていた。
『あなたに、愛を授けましょう』
この仕事が、自分の転職だと思い込んでいた。
たくさんの方々が愛と平和で溢れる表情は、自分の心も愛で満たしてくれる。
こんな幸せなことは、もう味わえない。そう思えるほどだった。
『あなた、はちみつの香りがする』
『え…?』
休憩がてら立ち寄った広場。泉が涌いて、雲の上の快適な場所。そっと着地して、羽をしまうと後ろから声をかけられる。彼女からは甘いメープルシロップの香りがした。
『あなたの名前は?』
『ハニエル。君は?』
『私は、リリス』
見た目はみんなと同じで美しい。
純粋にその姿を、自分のものにしたい、なんて欲が出てきた。
毎日毎日、時間があれば広場の方は足を運ぶ。
今までにない感情が芽生えていた。
『ハニエル』
『どうされましたか』
いつの間にか、仕事にも支障を切らし始めていた。
完璧にやっていたと思っていたはずのことも、どこか抜けていたり、完璧にできなくなっていた。
『ハニエル、どうしたの?』
“今日は元気がないみたい”
彼女はそう言った。元気がないみたい。今の自分は少し落ちているみたいだ。
いつものように笑うこともままならなくて、愛も平和も分けてあげることができない。