冷たい雨 ①
「律、と呼んだんだが?」
『え…?』
“僕が呼んだのは、そなたではなく、律だ”
彼は、明らかにそう言った。なんとも言えない感情に支配され、何も考えられなくなった。
私は、律で律じゃない。
「そなたは雪だ、律ではない」
そう言われると、何も言えない。
私のどこかで、私は律だ、と訴えている。
私の心を自制していくうちに、だんだん頭が痛くなって。
「黒沢華と出会って、どう思った」
『もう、出会いたくないと…』
「嘘をつくな。本心を言え」
いつもの瞳で、私を追い詰める。その瞳は、私を次期当主にしようとしたあの人と同じ。
思い出して、大粒の涙が瞳から溢れ出す。
『私は…』
華に、ごめんって。置いて、消えて、10歳という若さで当主にならせてごめんって。辛い思いさせてごめんねって。
“謝りたい”
「はあ…」
そう思った瞬間、前から聞こえたため息。私は一瞬でやばい、と感じ取った。
このままここにいたら、消される。逃げなくては。
私は唇を噛んだ。
『…部屋に戻ります』
何も言わない彼を横目に、その場から逃げようとする。扉の前まで来ると、急に足が動かなくなった。
「そんな簡単に逃すとでも?」
あぁ、私は来ちゃいけないところに踏み入ったのか。
今さら実感した。
『あの…』
「黒沢華に情を移したのか、黒沢律よ」
『私は別に…!』
「妹に責任転嫁して逃げたくせに。嫉妬に狂い、妹を見殺しにしたも同然ではないか」
何も言えなかった。それは事実と言ってもいい。
玲がいなくなったなら、私が次期当主になって華を守ればよかったんだ。
…でも、もう遅い。後悔しても戻れないのだから。
動けない私の肩に触れ、耳元でこう言うんだ。
「そんなそなたまでもが用無しになるとは思わなかったよ」
この一言が合図となり、私の肩を燃やしていく。
『熱い…!熱…っ!!』
私がどんどん灰となって消えていく。