雪の華 ③
私が次に目を覚ますと、少女が布団に横たわって、目を瞑っていた。
辺りは明るく、朝になったんだということを実感する。私と同じように、少女の枕元に座っていたのは、少女の母親だった。
「ごめんね、律」
どこか悲しげな表情でそう言うの。
なんで、どうして。
私の中で微かな疑問が積み重なっていく。
「雅。お客さんがきたよ」
「あ…、今行くわね」
そう言って、少女の母親は少女の頭を撫でて、その場を離れる。
まだそばにいてあげたい、そう思っているようで。
私がじっと少女の姿を見つめた。ずっと見ていると、少女は瞳をゆっくり開いた。
『…っ、起きていたのか…』
少女の瞳はどこか切なく、悲しげな瞳だった。今すぐにでも泣き出しそうな、そんな瞳。
決して何があった、とかじゃない。ただ、疲れた。それだけのこと。
身体を起こして、庭の方をふと見つめた少女。そこには、妹の華が楽しそうに遊んでいる姿があった。
それでまた、少女は思い出す。嫉妬に満ちたあの思いを。すると、空気を読んだかのように、襖が開く。
「何」
「律も遊ぼうよ」
「嫌」
素直じゃないから。全て一言で会話を終わらせてしまう。自分でもダメだ、と言うことくらい分かっているのに。
「まだ、体調は万全じゃない?」
セーラー服を着たもう1人の少女が言うんだ。どこか安心させるように、断る一つの案を提案するみたいに。
「別に」
「今日はやめとく?」
華に付き合うのも疲れたでしょ。
そう言って、控えめに笑うんだ。疲れた、とかそう言うのって、決めつけて良いものじゃないと思うんだけど。そう思っているのも、私だけなのかな。
私だからって言うのも嫌だけど。
「お母さん…」
「また仕事」
仕事が忙しいのは分かっている。だって、「ゴーストアビリティー」なんだから。
会えるものなら会いたい、そう思うのは当たり前だと思う。
少女は絶対に責めないように、自分に蓋をして生きている。
きっと少女は思っているだろう。「生きているだけで、褒められたい」と。自分で命を絶たなかっただけ、良かったと思って欲しい。
「律。絶対律はゴーストアビリティーにはならない。大丈夫だから」
「どうして」
「お母さんが辞める、ってなった時、きっと次は私でしょう?」
少女の不安な部分を突き止めて、その芽を摘む。この少女は、きっと姉なのだ。長女なのだ。
姉だから、と言う使命をずっと胸に、妹2人の世話を受け持ち、全て自分が、とでも考えているんだろう。
私にしたら、それがウザく感じる。
「だから、それに関しては気にしないでいい」
「でも…」
「まあ、今はまだなりたくないけどね」
笑って、そう誤魔化すの。自分の気持ちを隠してまで、実の家族に嘘をついてまで、言うことだったのだろうか。少女を安心させるためなら、なんでもする。
その決意が見えた瞬間だった。その時は、私が見ていた場面はモノクロだったのに、急に色がついた。
『鮮やか…』
どれだけ、私が呟いても聞こえはしないのに。
「玲は、黒沢家から出たくないの?」
「私は出るわ。高校卒業したら」
今の少女の姉は、16歳ほど。それぐらいの年頃だろう。卒業までは、約2年。
その中でこの少女たちは一体何ができるのだろうか?
「出ちゃうの?」
「律も、その時には出よう」
「華は…?」
置いていく。
その言葉が私には強調して聞こえた。普通の声で、普通の声量で言っているはずなのに。
私は思わず呆れた。それと同時にため息も出てしまう。結局は、2人して妹に嫉妬していた、ということか。
「2人で、逃げようよ」
姉の提案に目を見開いて見つめる少女。悪魔の囁きと言ってもいいだろう。
もし、この提案を飲んでしまったら。
その迷いがこの少女には見えた。過去の私みたいに。