紅の真実 ⑦
『真紅。』
「どうしたの、冷炭。珍しいじゃない、私のとこに来るなんて。」
昔のことをまた思い出して、頬を濡らしていた。どれだけ拭っても拭っても、大粒の涙として溢れる。
『泣いて、なにを思い出してたの。』
「それは、関係あるのかしら。あなたに。」
いつも以上に冷たく当たってしまう。
あの時みたいに少し心が揺らいでる部分もあったりして。そう思うと、また目を逸らしてキャンドルの炎が揺れてる姿を見つめた。
『真紅、何かやらかしたの。』
「なにもやらかしたつもりないわよ。どういうこと。」
『呼ばれてるから、翡翠様に。』
私の肩が震える。
何かやらかしたのかな。私は役に立たなかったのだろうか。
頭の中で浮かぶその不安。
ろうそくが並ぶ廊下を一人歩く。誰ともすれ違わず、不思議なほど静かなこの廊下を。ゆらっと揺れる炎を横目に、彼の部屋の前にたどり着く。
「真紅です、失礼します。」
彼の前ではしっかりと。礼儀正しくしていなければ、なにが起こるかわからないから。
「真紅か、どうされた。」
「こっちのセリフです。どうされましたか。」
彼の瞳は、相変わらず闇で包まれている。誰も気づかないほど、本当に微かなもので。
黒いもので統一されたこの部屋に光を灯すのは、大きなシャンデリア。私にしたらものすごく明るい光。その中で彼は、私をソファーに座らせる。
「最近はどうされている。」
「…最近は楽しく、充実してます。」
楽しく、充実してる。
この言葉が私に合ってるかは謎だけど、少なくともそんな生活だったらこんなに悩んではいないだろう。
そう思っていたことが顔に出ていたのか、前から視線を感じる。
「本当か…?」
「どんな言葉を期待なさってるんですか?」
そんな言葉が口から出ていた。思ってもないのに。
本能なのかしら、これは。
ふと上を向くと、シャンデリアがゆれている。しかし、目の前の翡翠様は笑っている。目、以外は。
やらかした。すぐに感じた冷気で足元が冷えていく。
「…すみません。」
「なにに謝っている? 悪いことなんぞ、していないだろう。」
その声は一段と低く、私の心を冷やした。鳥肌が止まらないこの部屋で、なにが続くのか。
ふと前を向くと、彼はこっちに手を差し出していた。
「手を。」
私はその一言で、手を差し出してしまったんだ。
それと同時に聞こえる、パチン、という音。あっという間に触れている手から、熱が注ぎ込む。
「熱…っ!!!!!!」
「このバカめ。」
その声と同時に、私の身体は灰となった。
全てを壊して、私は操り人形のように動いて、あなたのために動いてきたつもりだった。
なんでだろう、どこからだろう。きっとあの時、迷いなんてものを捨てて、黒沢雅と黒木さくらを消していれば。
憎む気持ちの中である一つの光。その正体は、「ごめんなさい」という言葉だった。