紅の真実 ⑤
およそ20年ほど前。
まだゴーストアビリティーの当主が黒沢雅と、黒木さくらだった頃。彼女たちは息を潜め、たどり着いた人たちの願いを叶えていた。
『雅、早く。』
「さくらちゃん、もう少し。ダメ?」
雅の腕の中には、可愛らしい女の子が抱かれていて。その周りを取り囲む、二人の女の子と夫と思われる男。
私にしたら理想でしかなかった。
『真紅。』
『何かしら。』
『ぶち壊そうよ。それが指令。』
当時の私は、" 指令 " という一言でなんでも動く、ただの操り人形だった。
死んでいる私にしか、壊せない。そう言われているみたいで。
『真紅だったら壊せるよ!』
壊そう。壊してしまえ。全てを。
いつそれが行われて、いつ何が起きるのか、まだわからない。でも、私は。あなたのためなら、どこまでも。
「真紅。お前の次の仕事だ。」
『仕事?』
「そう、仕事。」
" 黒沢雅と黒木さくらを消せ。 "
その言葉を聞いた瞬間、私の心をなにかが覆った気がする。今まで感じたことのない感情がふつふつと湧き上がってきて。
「どう動くかはお前に任せる。」
そう言って、あなたは私の前から消える。煙のように、柑橘の匂いだけ残して。
その指令を受けても、わたしからみえたあのふうけいはか、壊したくても壊せぬ景色。
なんで、こんなことが仕事として私に来るのか。だならか、私の中で戸惑いが見える。
あんな小さな子供に、なんで指示されなきゃいけないの。別に、歳とか関係ないけど、どうして。なんでなの。疑問がどんどん増えていく。
『真紅、仕事でしょ? どうしたの。』
『…そうね。』
私は操り人形。そうよ、あの人のためなら。私は全てを捧げた幽霊、なのだから。
そんなことを思いながら私はあの家へと毎日足を運んだ。決して、黒沢雅と、黒木さくらにはバレないように。
近くの樹木に登って、見つめた。ずっと。夜がふけるまで。でも、いくら彼女たちを見つめたとしたって、これ、というものは出てこない。作戦なんぞ、作れない。
「真紅。」
『…はい。』
「もうそろそろ、か?」
『…まだです。』
まだ準備段階で、としか言いようがない。それでも既に時間は、月日は、経っていて。
まだか、なんて言葉は私に圧をかけていく。
どこまでもどこまでも。私を深い海の底に落としていくように。部屋を出ると、いろんな人が私の目を見る。この目と、どこか虚しいこの姿を。
ただの、操り人形を。
そんな目で、私を見つめないで。私を見ないで。
その視線ひとつひとつが、私の心に、心臓に刺さる。矢のように、冷たく、痛く。