奪還 ②
『楓、少しだけついてきてくれないか。』
「ひなたさん?」
私が頼れるのは、今ここだけなんだ。
しばらく歩いて、たどり着いた黒沢家。大きい門が私たちの前に立ちはだかり、足がすくむ。
その門を開いて、私たちは中に入る。
「こんなところ…、いいんですか…?」
恐れ多い、とでも思っているんだろうか。楓はびくびくしながら私の後を追ってくる。
『ここは、華の実家だ。』
「実家?」
すとん、と言う効果音が聞こえそうなほど、楓の肩が一気に力を無くした。
安心したのならよかった、なんて思いながら動く。
『いらっしゃい、何か…』
『おばあちゃん、紫さんはいらっしゃる?』
隣でひそかに「おばあちゃん!?」なんて声が聞こえつつ、スルーする。
紫さんがいる、ということがわかって、上がろうとする。
『ちょっと待って、ひーちゃん。その子は?』
『この子は、華が守った山田楓。あの、山田桜殺害事件の生き残った姉。』
『この子は見えてるの?』
おばあちゃんがそう言った瞬間に、私は楓の方を見る。楓はびっくりしながら、頷いた。
『声も…?』
「聞こえてます。」
はっきり、おばあちゃんの目を見てそう言った。
おばあちゃん自身もそこそこ驚いた表情をしていて。
私は何も言わずに、その現場を見ていた。
『ひーちゃん、この子が…』
『華奪還計画を考えてくれる。』
「え、」
驚きの声が聞こえたが、そこは無視して動揺もせず、おばあちゃんの目を見つめた。
『この子の考えは、普通の人より大人びてるから。』
私でもびっくりするほど、この子は華と対等に物事を考えられる。そこはこの子の、楓の才能であって、誰にも真似できないところ。だからこそ。
『…こちらに。』
『楓、ついて来い。』
「はい。」
床のカタカタする音を聞き流して、楓はしゃがみ込み、ローファーの向きを整える。
そういうところを見ると、育ちのいい子なんだな、なんて感心してしまう。
『楓、置いてかれるぞ。』
「お待たせしました。」
すぐに立ち上がって、私の真後ろを歩く。あまり音を立てないように、静かに歩いている。
後ろから少しずつ香ってくる、オレンジの香り。恐らくこれは柔軟剤とかの香りであって、香水ではないと思う。
『お前、香水かなんかつけたか?』
「練り香水です。」
香水なんて大人びた物を。かすかに香るからこそ、ちょうどいいのだろう。濃くつけすぎたら意味がない。
おばあちゃんの後ろを歩いて、立ち止まった部屋。ここが紫さんのいる部屋で、この屋敷で一番奥の部屋。
『紫さん、お客様です。』
「どうぞ、いらっしゃい。」