美しき蝶 ⑧
さっきの伝言。今の俺らがやるべきことは、立花姉妹を手にかかること。
俺らと桜雅の指令は、まわりを消去来ることだから。それさえやれば、仕事は終わる。
「一禾。そんな簡単にできることじゃない。」
「春翔みたいに、洗脳…」
「そんなことしたら。」
一気に現実を目の当たりにする。どうやって手にかけて、どうやって堕とすのか。
きっと黒沢華みたいに、黒木ひなたみたいに、うまくはいかないだろう。
いっそのこと、風みたいに連れ去ろうか…。
「連れ去ったら犯罪だよ。」
「俺らは、そんなこと気にしてられない。」
犯罪だから、できることを制止されるのは一番嫌い。できることは、全てやらなくちゃ。
そんなことを思っていると、香ってくる百合の香り。
「お前、今日も…」
「今日は何もつけてない。」
こんな不自然に香る百合なんて、あるんだろうか。まわりをキョロキョロ見渡しても、ない。そんな花。
「まわりを見ても、見えないわよ。」
後ろから聞こえる声に、背筋が凍り始める。二巳に関しては、足が生まれたての子鹿みたいに震えている。
ただ、その声のトーンからして、大体誰かなんて見当はついている。
「どうされたんですか、柘榴さん。」
「色々ね。」
「いつもはミントの香りなのに、違うんですね。」
二人して怯える彼女は、一言で冷酷な人。体に触れても、心に触れても、心身ともに冷えている。
ちゃんと “ 生きてる ” のに。
血液がちゃんと流れているのか、心配になる。冷え性じゃ逃げられない。
「今日は、そういう気分なのよ。」
「そういう気分?」
「ええ。」
長い黒髪を耳にかけて、俺の目を見つめる。その瞳は黒に染まって、反射の光も見えない。まるでブラックホールみたいに、見つめられたらそらせない。
「二巳、あなたやることは。」
「…これから始めるところです。」
まるで、調査しに来たみたいに、二巳と俺を交互に見つめる。その彼女の表情は、殺気を含んでいた。
唇に塗られていた紅い口紅が、さらにその表情を際立てる。
「そろそろ、会議が始まるわ。準備をしなさい。」
「…今日、でしたか?」
「ええ。まさか、忘れてたの?」
「いえ。」
まるで保護者みたいな立ち位置と、その恐怖さ。
アメとムチの使い方が上手な人だ。
今日が会議だと忘れていた俺らは、準備なんぞしていなかった。
「早く。持ち物は言っていたはずよ。」
「家に寄ってから、そちらに向かいますので、先に行ってもらってもよろしいですか?」
「…わかった。早くなさい。」
煙のように消えて行った彼女を見送って、俺らは大学院から急いで家へと走った。
このことはきっと桜雅にも伝わってるはず。
そんなことを呑気に考えながら、 “ 向こう ” へのルートを辿る。