会いたい理由 ⑩
それから数日後。華の家に客がやって来た。
「はーい!」
「お久しぶりです。」
中島杏子だ。早くも二回目を使うのか、と思ったが、それは違かったようだ。
華はソファーに座らせ、コーヒーを持ってくる。
「砂糖とミルクはそちらにあります。」
「ありがとう。」
「今日はどのような……」
「お礼を言いたくて。」
びっくりした。お礼を言いたくてここに来るやつなんていない。使って捨てていくのがいつもだったため、声が出ない。
「あの時、貴一と会って、華ちゃんと黒木ひなたさんの話を聞いたの。」
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『杏子、久しぶり。』
「ほんとに、貴一なの…?」
『そうだよ。』
509号室を開くと、私の愛しい人がすぐそばにいた。当時のまま、私の名前を呼んでくれていた。
『杏子の現在のこと、黒沢華さんと黒木ひなたさんに聞いたよ。』
私の知らない人の名前が出てきて動揺した。
華ちゃんは知ってたけど、黒木ひなたって誰?って。
『黒木ひなたさんは、僕と同じ存在。黒沢華さんのパートナー、みたいな感じだったよ。ていうか、杏子見れないか!』
「霊なんじゃ、私には見れないよ…」
視界が濁る。まともに物が見えなくて。
そんな話をしていると、すぐに時間は去っていった。
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「そんな話をされてたんですね。」
「はい。貴一が楽しそうに話してくれて。」
前とは、数日前とは全く違う雰囲気じゃないか。雰囲気どころか、性格も変わったんじゃないか?
少し、疑ってしまう。
「楽しそうで何よりです。」
「あと一回。いつかまたお願いします。」
「私が生きてたら。」
華がそう言えば、杏子も「そうですね」と言って、コーヒーを飲み込む。
当分話をしてたのか、コーヒーもぬるくなっていて、すぐに飲めた。
「それだけ言いたかったので、帰ります。」
「もう、縁がないことを願います。」
「あはは、そうですね。」
笑いながら杏子は、コートを羽織り、外に出た。
またあの日みたいに、ハイヒールをコツコツ鳴らして、歩いていく。____
一人の銀行員。婚約した次の日に、その人を亡くし、悲しみの淵へと落ちた。
今日、その人と再会し、あなたが聞きたかったこと、聞けましたか?
話したかったこと、言えましたか?
今、大切な人は、今、大切にしておくべきなんだ。
もう、再会しないことを望みます。