至上のシエスタ
レンの家に泊まってから2日。 俺たちは今、ドラタさんの道場に来ている。
俺の前には総勢80人以上の人々がいて、みな一様に頭を深く下げたまま固まっている。
その中にはルルやレンもいて、周囲と同じように地面に片膝をついて頭を下げている。
今更だが、彼らは別に俺に対して頭を下げている訳では無い。 俺の横にいる、金髪の少女────エリーに向けてだ。
遡ること2時間前───
◇
「よっ、ちゃんと抜け出せたみたいだな」
「人を脱獄犯みたいに呼ばないでくれるかしら!」
集合場所である、あの思い出の屋根の上に俺たちは立っていた。
俺は念の為集合の1時間前に到着したのだが、エリーが来たのはその10分後。 つまり集合の50分前だった。
「まだ集合時間より50分も前だぞ」
「貴方こそ何でこんなに早いのよ」
「エリーを待たせたりしたら今度こそ殺されそうだからな」
「……斬るわよ?」
俺が淡く期待していたシチュエーションは「ごめん、待った?」「ううん、今来たところっ!」というようなテンプレの物だったのだが、そのシチュエーションとはかけ離れた状況になってしまいそうなので慌てて話を切り替える。
「ま、まあ、エリーが早く来てくれたおかげで時間にゆとりができたな」
「聞こえている言葉は優しいのに、何故か嫌味を言われている気がするわ」
「安心しろ、気のせいだ」
ルルやレンとの集合は、道場に十四時となっている。
今は正午を少し過ぎた十二時十分なので、まだまだ時間がある。
街を散歩でもしようかと思ったが、エリーは変装などしていないのでそれは却下だ。 王女が街の中を変装なしで男と歩いていたなんて事が広まれば大変な事になる。
「どうしようか、昼寝でもするか?」
「昼寝って…。 でも確かに今日はいい天気ね」
実際には空は見えないのだが、光石が放つ光は優しく、街の温度も心地よい。
俺は床(といっても民家の屋根)に《浄化》を使い、さらにメニューのアイテムからマットを取り出して敷き横になった。
「貴方は《浄化》も使えるのね。それにこのマットはどうやって……」
「ああ。綺麗になったしマットも敷いたからエリーも横になったらどうだ?」
そう言いながら軽く目を閉じる。
地下ではあるが少しだけ風が吹いていて、俺の身体を優しく撫でていく。
暖かな日差しと爽やかな風を感じつつ、正午の時間がいつもより緩りと流れている様に感じる。
「はぁ」
俺が目を閉じて無言になったのを見たエリーは軽くため息をつくと、同じように横になった。
一応マットはそれなりの大きさのを出したのだが、何故かエリーは俺と肩が触れるくらいの距離感で寝ている。
「確かに気持ちいいわね」
「なんて言うか、世界を感じるよな。 普段は特に気にもしないんだけど、こうやって落ち着いて周りを見ると世界の大きさに気付くっていうか」
「世界の、大きさ……」
目を閉じているためか、周囲の音に意識がいく。
正午過ぎだからか人の気配は多い。 だが、賑やかではあるものの煩くはない。
子供達がキャッキャしながら遊んでいるような音や、奥様方の世間話、それに「スゥ…スゥ……」という昼寝でもしているかのような呼吸の音───
「ん?」
その音がかなり近くから聞こえていたことに気づき、ふと横を見る。
すると俺の方に身体を倒して、横向きになって寝ているエリーがいた。
「ふっ、寝るの早すぎだろ」
エリーの寝顔が意外と幼く見え、思わず笑ってしまう。
そんなエリーを微笑ましく思いながらも、俺は気持ちのいいシエスタに突入したのだった。
◇
そして一時間半後。 アラームによって起きた俺はエリーを起こして道場へと向かった。
道場には集合の十分前ほどに着いたのだが、玄関には今までに見たことのないほどの靴があり、参加者がもう揃っていることは容易に想像できた。
中からはガヤガヤとした話し声が聞こえていて、明らかに俺たちを待っているようだった。
小心者の俺としては大人数が待っている場所に入るのは些か緊張するのだが、エリーはさすが王女と言うべきか全く緊張していなかった。
「何をしているのよ。 入るわよ」
「お、おう」
俺が入るのを躊躇していると、エリーが先に入っていった。
すると今までの話し声がピタリと止み、次いで俺たちにすごい量の視線が向けられる。 かなりの注目だ。
正直いって結構恥ずかしい。
が、俺の心境などはどうでも良く、今この空間は何故か「ピシッ」という擬音が出そうなくらいに急に静かになった。
「え、エリザベス様?」
しんと静まり返った道場で、誰かがそう呟いた。 女性が放ったであろうその声はよく響き、恐らくだが全員に届いただろう。
数秒後、まるで時が止まっていたかの様な道場は、一気に時間を取り戻した。
───ダッ!
という音と共に全員が跪く。
それはあたかも洗練された自衛隊のようで、コンマ数秒の乱れもなかっただろう。
全員がエリーに跪いた直後、跪かれた本人が口を開いた。
「顔を上げなさい──いえ、上げてくれるかしら」
その言葉に反応し、道場にいた人達は少しずつ顔を上げていく。
レンは一瞬俺を見て「本当にマジだったのか」等というちょっと意味の分からない文を連想させるような顔をしていた。
だがすぐにエリーへと顔を向けると、体勢は変えずに自己紹介をした。
「初めまして、この組織の代表を務めているレンと申します」
「私はエリー。 みんなの言う、王女エリザベスよ」
レンの自己紹介を聞いたエリーは彼を見ると、手を差し出した。
要するに握手だ。
「私は今日、貴方達の仲間になりたくてここに来たの。 仲間とは対等な関係であるべきで、この組織において王族や貴族という立場は意味を成さないわ。 だから、私は皆に立って欲しい。 そして本当の意味で貴方達の仲間に入れてほしいの」
エリーがその場にいる一人一人の顔を見ながら力強くそう言った。
その言葉は皆の心にストッと落ちていったようで、全員が静かに立ち上がった。
「ふぅ……。 じゃあ敬語は無しだ! よろしくな、エリー!」
レンがエリーの手を取って握手を交わす。
王族と平民の身分の差は簡単に無視できるものではないと思うが、レンはいつも通りの態度でエリーの手を握った。
恐らく自分が先頭に立ってエリーと親しくすることで、他の人達がエリーと親しみやすいようにしようとしているのだろう。
エリーは心の距離を一瞬でかなり縮めて来たレンに多少驚きつつも、生まれて初めて出来た“対等の仲間”というものに嬉しさを感じていた。
レンとエリーの握手が終わると、それを見計らっていたルルとララがエリーに近づく。
そしてララが抱きつき、ルルは手を差し出した。
「初めまして、私はルル。よろしくね!」
「ララなの! よろしくね!」
「きゃっ。 よ、よろしく」
エリーはララの抱きつきが予想以上に強力だったのか、軽い悲鳴を上げつつも何とか受け止めた。
その後も集まった皆とエリーの挨拶は続き、脱出の計画について話し合い始めたのは一時間半後だった。
あれ、なんか俺空気になってない?
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