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結婚の承諾

バレンタインデーが近づいて来た。ちまたでは女性が男性にチョコをプレゼントするが、会社でも義理チョコのやり取りが普通になっている。義理ならやめたら良いと思っているが、禁止するまでもない。ここ2週間ばかりは出張が重なって土日がつぶれて凛と会っていなかった。6時ごろに電話を入れてみる。


「山路です。しばらく会ってないけど、元気にしている?」


「はい、元気です」


「今度の日曜日に会えないか?」


「なかなかお会いできませんでしたのでお会いしたいです」


「僕のマンションに来ないか?」


「はい、何か食事になるものを作りますから、準備していきます」


「何時ごろになる?」


「2時過ぎには行けると思います」


日曜日の2時少し前に凜が訪ねてきた。手には小さなバッグとスーパーのレジ袋を提げている。部屋に入れると後ろから抱きしめる。


「しばらく会わないと、またどこかへ行ってしまうのではと思って心配になる」


「お付き合いいただいているので、今度は黙っていなくなることはありません」


「それなら安心だけど」


「そんなに思っていただけるほどの女ではありません」


「こうして一緒にいると安心できる」


「夕食の準備まで時間があります。散歩しませんか。また、公園を散歩したいです」


「じゃあ、一回りしようか」


二人は散歩に出た。今日は天気が良くて散歩している人も多い。梅が咲いているが、ほかの草木はまだ冬姿のままだ。日差しが温かくなってきている。凜が手を繋いでくる。


「本当にいいところですね。ここを散歩しているとのんびりします」


「僕も気に入っている。春は桜がきれいだし、夏は水辺が涼しい、秋には紅葉する。冬は日差しが温かい」


「ところで、あの返事はもらえないのかな?」


「本当に私みたいな女でいいんですか?」


「君の過去も承知の上だから、それ以上に君にはいいところがたくさんある。この先、他のいいところも、また気になるところも見つかるかもしれない。すべていいところばかりではないのは当たり前だ。すべて受け入れるしかないと思っている。僕にもいいところと、気になるところがあるだろう」


「いいところばかりですが」


「そのうち気になるところが見えてくると思う」


「そうかもしれません」


「一緒に住むと気になるところが見えてくる。でも受け入れてほしい」


「受け入れられると思いますが」


「君は会社勤めをしたことがないから分からないかもしれないけど、僕は今のポジションに付く前は人事で中途採用の担当をしていた。求職者に聞くと、僕の会社の良い条件の面しか見ていない。今いる会社に不満を持っているのでそれが満たされる条件しか見ていない。他の見えないところは今いる会社と同じと思っている。でも違うんだ。見えない部分はたくさんあるし、それぞれの会社で違っている。入社して初めて他の見えなかったところが同じではないことに気が付くんだ。そして前の会社の方にも良いところがいろいろあったと気が付くんだ。それでまた不満を持って辞めて行く人がいる。そういう人は次の会社でも不満ができて転職を重ねてしまう。結局、最初の会社が一番良かったという愚痴を聞いたことがある」


「私も数回お店を替わったことがあるので、おっしゃっていることはよく分かります」


「何事もすべていいところばかりではない。僕はそれが良く分かった


うえで、すべて受け入れて君にプロポーズしている」


「こんな私で良ければ、お受けしようと思います」


「ありがとう。娘も喜ぶと思う」


「君さえよければすぐにでも一緒に住みたいと思っているんだが」


「お店がありますが」


「一緒に住んで、家にいてもらえないか?」


「そうすると、店を止めなければなりませんが」


「僕のために家にいてほしい。絵でも好きなことをしていていいから。我が儘かな」


「主婦になってほしいということですか」


「そうしてほしい」


「私には務まりそうもありませんが」


「そんなことはない。君は家庭的な女性だと思うし、いつもそばにいてくれるだけでいいんだ」


「そこまで言って下さるのなら、分かりました。店を仕舞います。時間がかかりますが、いいですか?」


「ありがとう、僕の我が儘を聞いてくれて」


「私は誰かの奥さんになることはとっくに諦めていました。まして家にいてほしいと言ってくれる人が現れるなんて思ってもいませんでした。喜んでそうさせてもらいます。店は畳みます」


「それでいいんだね」


「はい。そうします。決めました」


気が付くといつの間にか池の周りを2周していた。それからマンションに戻った。


「娘は僕が君と結婚したら、部屋を開けると言っている。東京へ転勤になっても一人暮らしをしたいそうだ」


「そんなこと気にしないで、一緒に住みましょうよ」


「娘はもう十分に私のために生きてくれたのだから、これからは自分のために生きてほしいと言っている」


「お嬢さんはそう言われましたか。私はその気持ち分かります。私も父に育てられましたから」


「でも、本当に一緒に住んでもいいんですよ」


「まあ、娘にまかせようか」


「食事の支度を始めます。夕食はお好み焼にしていいですか」


「お好み焼?」


「はい、上手なんです、食べてみてください」


「お願いするよ」


「これはお店には出していません。あなただけのための料理です」


「僕だけのため?」


「父が好きだったんです。あなたにどうしても食べてもらいたくて」


「お父さんの代わりに?」


「あなたにはどこか父に似たところがあるんです。はっきりどこということは言えませんが、どこか懐かしいところがあるんです」


「それが僕の好きなところ?」


「それもあります。あなたといると、なぜか心が癒されて安心できます。この前も私を守ってくれるといってくれましたね」


「確かに、本心だけど」


「父も小さい時によく私を守ると言って抱きしめてくれました。これだけはよく覚えています。それだけで心が安らかになりました」


「こっちへおいで」


凜を引き寄せて強く抱きしめて「君を守る」と言った。凜は抱き締められたままじっとしている。僕は気持ちが治まるまで凜を抱いていた。そして凜は「料理の準備をしないと」と言って僕から離れた。


凛のお好み焼はおいしかった。2枚焼いて二人で食べる。食べ終わるとまた2枚いて二人で食べる。


「上手だね。おいしい」


「そういってもらえると嬉しい。父もよくそう言って食べてくれました」


「私はあなたに父の面影をみているのかもしれません。ごめんなさい」


「それでいいじゃないか」


「僕も娘も亡くなった妻の面影をみているのかもしれないから」


「それでもいいんです」


「娘がそうかもしれないし、そうでないかもしれないといったのには僕も驚いた。そういう感じだから、気にしなくてもいいんじゃないかな、君は君だ。僕は君が好きだ」


「ありがとう。嬉しいです」


その晩も凜は泊ってくれた。今ではすっかり二人でいることに慣れてきた。凜も負担になっていないという。このごろ二人でいる時の凛の表情が以前よりまして穏やかになってきたように思う。いままでは研ぎ澄まされたような美しさだったが、いまはやさしい美しさになってきた。気を許しているからだろうか?


凜は店を引き継いでくれそうな人がいるから、当ってみると言っていた。引継ぎができたらすぐにここへ引っ越してくると言う。僕は引っ越して来たらすぐに式を挙げて入籍したい、それが僕の誠意だと言った。凜は入籍だけで十分で静かに生活に入りたいので式はしないでいいと言った。


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