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17.いいよ?

「ご飯を作っておくから、先にお風呂にでも入っててよ」

「あ、う、うん」


 キノは俺の部屋に入って来てそうそう、そんなことを言ってきた。

 我が家は廊下にキッチンがあり、脱衣場がなく扉を開けると浴室なのだ。つまり、体を拭くのは廊下。


「あ、キノ、俺の家、脱衣場とか無いんだよね」

「ん、大丈夫よ。そっちは見ないようにするから! ちゃちゃっと入ってきて」

「わ、分かった」


 ま、まあ、俺の裸なんて見ても嬉しくないよな。ぎゃ、逆に見られて興奮しないか心配だ……

 なんて考えながら、風呂の扉の前にバスタオルと着替えを置いてシャワーを浴びる。


 シャワーなのですぐに浴室から出ると、キノはすでにキッチンにはおらず土鍋がぐつぐつと煮込まれていた。

 ああ……あんなことを言っておきながら、すぐ終わるから心配するなってことだったのかよお。キノらしいな……

 

「出たよー。って、そ、その恰好……」

「暖房もコタツもついてて暖かいし、あー、山岸くん」


 口に手を当てニヤニヤとした顔でキノはのたまった。

 からかわれていると分かっているけど、言われたことでカーッと頬があつくなってしまう。だってえ、キノはノースリーブのV字のTシャツみたいなのに、ホットパンツだけの姿だよ。

 いきなりそんな薄い服装になってたら驚くだろ? 普通。いや、俺だけなのか?


「な、なんだよお」

「なーにもー。おーそーわーれーるー」

「襲わないから! そんなワザとらしくうう」

「えー」

「ちょ、見える、見えるって、襟をつまむなあ」

「あはは。そういうところは男の子なんだね!」


 キノは俺の肩をつかみ、もう片一方の手でバンバンと俺の背中を叩く。彼女はよほどおもしろかったのか、むせそうなほど笑っているじゃないか。

 いやでも、こういうのってなんかいいよな。キノは一緒にいて疲れないというか、明るい気持ちにさせてくれる。

 

 ん、なにかキッチンから音がするけど……

 

「あー、キノぉ、吹いてる吹いてる!」

「ごめんごめん、あんたがおもしろかったからつい」


 俺は慌てて火を止め、土鍋の様子を確かめる。吹きこぼれてしまったようだけど、まあ、大丈夫だろ。


「ありがとう、山岸くん」

「まだ煮込むの?」

「ううん、沸騰したらもう大丈夫よ」

「じゃあ、持っていこうか」


 コタツに土鍋を運んで、蓋を開けてみると……おでんだった。


「おー、おでんか。ありがとう」

「スーパーのセットで売っている商品だけどね」

「あ、キノ、ビール飲む?」

「チューハイがいいかなあ。買ってきたの。山岸くんも飲む?」

「じゃあ、俺もチューハイ飲むよ」

「ほおい」


 キノはカバンからチューハイを四つ出すとコタツの上に載せる。

 

「乾杯ー」


 俺とキノの声が重なり、まずチューハイを口にした。次におでんをつまみにまたチューハイを飲む。

 うーん、おいしい。

 あ、そうだ。由宇の時のこともあるし、キノはアルコールが大丈夫だろうか? ふと気になり、彼女の様子を見てみると俺と同じように慣れた手つきでおでんをつまみにチューハイを飲んでいた。

 あれなら大丈夫かなあ。

 

 ローズの話で盛り上がりながら、チューハイを一本開け、二本目に突入するころにはすっかりおでんも空になっていた。

 キノは少しだけ酔いが回ってきたみたいで、ほんのりと肩と頬が桜色になっている。

 

「キノ、飲み過ぎないようにしてくれよ。明日も飲むし……」

「山岸くん、ここはもっと飲め飲めというのが男の子ってもんでしょう」

「……またそうやって」

「女の子と二人きりで、酔わせて……きゃー!」

「待て待て!」

「うーん、でも、山岸くんなら……」


 キノはそう言って立ち上がると、俺の膝の上にちょこんと乗っかってきた! ま、待って、待ってえ。

 トロンとした目で俺を見つめてくる彼女の吐く息が、俺の首筋にかかって……俺も熱くなってくる。

 だ、ダメだああ。こういう時こそ、落ち着け、落ち着くんだ。俺は先日、クロネコアプリってところから素数の表を落としてきた。

 こんな時は、素数を数えるんだ。素数は蟲毒……じゃない、孤独な数字、俺の気持ちを落ち着かせて……って前振りが長いわああ! そんな暇ねえって。

 あ、落ち着いたかも。すげえ、素数。

 

「キ、キノ、冗談はそれくらいで」

「山岸くん、私、酔っちゃったかもお」

「こらああ、首筋に指を這わせないでくれえ」

「ビクビクしちゃって、可愛いー。やっぱり、山岸くんじゃなくてアイちゃんになりたいんじゃないのお?」

「そ、そんなことあるかあ!」

「いいよ、山岸くん?」


 いいって、何がいいんだよお。ぐおお。さっきから叫んでばかりだな俺……全部心の中だけだけどな。

 

「待て待てえ、しなだれかかってこないでえ、俺の理性が」

「まあ、冗談はこれくらいにして」


 キノは俺の体から離れると、隣にちょこんと腰かける。

 

「いったいなんなんだよお。俺をからかうため?」

「うーん、それもいいんだけど。それはまたの機会ね!」

「じゃ、じゃあ、何なんだろう?」

「山岸くん、由宇のことどう思ってるの?」


 キノの言葉に心臓が鷲掴みにされた気がした。由宇のことか……可愛い女の子だよな。人付き合いが苦手って言ってたから、行動が極端なところがあるけど……それもまた可愛いと思ってしまう。

 彼女はなんていうか、いつも真剣で真っすぐな感じなんだよなあ。それも彼女のいいところだけど、もう少し砕けてもいいかなあとは思う。

 

「んー、ユウは可愛い子だよな……」

「また曖昧な返事ねえ。ボーっとしているように見えて、山岸くんはちゃんと人のこと見てそうだし、分かってるかもしれないけど……あの娘、危ういところあるから」

「それは俺も感じていたよ」

「彼女と会ってすぐに、ちょっと心配になっちゃってさ。それでいい機会だからと思って三連泊したのよ」

「なるほど、そういうわけだったのかあ」


 キノの言葉は続く。彼女によると、由宇は本当に人付き合いが無いみたいだ。スマホに登録されていたのも、旧友で今は遠く離れた地に住んでいる一人の友人以外は家族だけ。

 たぶん、その友人が俺のことを教えた人なのかなあ?

 そんな由宇にとって、ローズでの仲間たちが占める比重はとても大きなものになっていったそうだ。

 気恥ずかしい話だけど、昔から遠くで眺めていただけの俺ことアイのRP(ロールプレイ)であったとは言え、話ができることが嬉しかったと。

 もちろん、アイだけじゃなくキノもラサもヒョウも彼女にとっては、いつしか一番近しい友達になっていたという。

 

「あなたが男の子だったというのも、大きいわね」

「話を聞く限り、由宇は俺達『ローズ』のメンバーへの依存がとても高いと?」

「そうね。それで、ゲームの中ならいいんだけど、人付き合いがほぼ皆無の由宇は現実世界(リアル)での人との距離感というのかなあ……そんなのが」

「ああ、言いたいことはだいたいわかるよ。彼女を見守ってあげたいって気持ちになるかなあ、俺は」

「あらら、お熱いことねえ。あはは」

「こらこらあー」

「私だって、由宇のことは心配よ。でもきっと私たちと遊んでいるうちに彼女はきっと……人が怖くなくなってくれると思うの」

「うん、いい子だしなあ。俺が力になれるのなら、喜んで由宇と遊んだりするよ」

「えー、そうじゃないでしょー。由宇とデートしたいだけなんでしょお」


 た、確かに、由宇が俺の家に来てからというもの、俺は彼女にドキドキさせられっぱなしだ。この気持ちが、彼女が単に女の子だったから? それとも、俺が彼女を好きだからなのか……

 どっちだろう……俺はさっきキノに迫らられてドキドキしちゃったしさ……うううん。

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