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第1話〜第3話

祐介の青春日記



1.本物の音楽



 よし、行こうぜと今日友達になったばかりの相手──高田隆が言った。

「おい、行こうぜ。軽音楽部だろ?」

 俺は中学を卒業して高校に入ったら絶対にバンドを組むんだと決めていた。そしていよいよ今日から部活の見学が開始される。

 バンド部というのを必死に探したのだがどうやらそんな名前の部活はないみたいでどうしたらいいのか悩んでいたら、軽音楽部というのがあると前の席に座っていた隆が教えてくれた。どうやら奴もバンドがやりたいらしく、それなら一緒に軽音楽部を見学に行こうという話になったのだ。

「その前にちょっと俺から話しておきたいことがあるんだ」

 隆はそう言うと俺を教室の後ろに連れて行いった。

「なんだよ、話って」

 惚けた顔をしていたが何の話なのかはなんとなく察しがついていた。

 その隆という男は普通の高校生と違う。

 今日友達になったばかりで彼のことはまだ何も知らないのだが、その違いは見てすぐにわかった。髪形が派手だとか太っているとかそういうことではない。

 右手がおかしいのだ──。

 最初は制服に隠れていてわからなかったが、敢えてそうしているのか癖なのか時々右手の袖を捲くる。その時に見えた右手を見てドキっとした。

 右手がおかしいのだ。右手だけ子供のような小さい手をしていて全く動いていないのだ。細くて痛々しい。俺はそれを見てなんのリアクションもとれずに、結局そこには触れてはいけないんだと勝手に思い、無視していた。

「俺たち友達になったんだよな?」

「あ、ああ」

 改めてこんなことを言われたのは初めてで戸惑ってしまった。

「なら最初に話しておくけど、俺の右手見たよな?」

 ああ見たよと言った。

「じゃあわかると思うけど、俺の右手は生まれた時から障害があって動かすことができないんだ。だから何をする時も左手一本でしなきゃならない。いろいろ面倒なことを頼むこともあるかもしれないがその時はよろしく頼むよ」

「わかった。生まれた時からなのか。大変だな」

 なんて応えていいのかわからず、無意識に言葉が出ていた。

頭の中では、軽音楽部に入って何をするのだろう、楽器はできそうもないのでやっぱヴォーカルか、などと考えているのだがさすがに言葉にはできない。

だからさ、と隆は何が可笑しいのか笑った。

「楽器ができないからってわけじゃないけど。俺はヴォーカルがやりたいんだ。」

「そうか」

 聞きたかったことをズバリ答えてくれたのにも拘らず、結局生返事になってしまった。

 でもこの話をした時から二人の間に──少なくとも俺の中では、なにか特別な感情が湧いた。たったこれだけの会話で二人の仲が急速に縮まったように感じた。きっと錯覚なのだろうが確かにその時はそう感じたのだ。


 勘違いをしてほしくないのだが、隆という男は恐らく右手のことをコンプレックスだと思っていない。むしろこの右手を利用して大人を困らせたり、同情を上手く利用して自分が有利に立とうと考えている人間なのだ。こんなことを言うと差別だとかそんなことあるわけない、と思われるかもしれないが、確かにあの男はそういう男なのだ。

かといって決して嫌な奴ではない。強い奴だなぁと思う。そもそも楽器も弾けないのに軽音楽部に入ろうとするのがすごい。偏見かもしれないが、普通そういった障害を持っている人はなるべくその障害が目立たないようにするものだと思っていた──いや、これはやはり偏見で障害を持っている本人はそんなことはあまり気にしていないのかもしれない。

「じゃあそういうことだから」

 話はそれだけ、とスッキリした顔で隆は言った。

「千葉は何をやるつもりなんだ?」

「俺はギター。まだ全然弾けないけどね。っていうかどうやったら音が歪むのかさえわからん。」

「そんなのアンプにギター繋げば勝手に音出るべ」

「いや、音は出るんだけどさ、歪まないんだよ。おもいっきり強く弾いたりしてみたんだけどそれでも全然だめ」

 今思うと恥ずかしいがこの頃はどうやったらギターの音が歪むのかさえ知らなかった。そんなことも知らないのに、将来有名なミュージシャンになるということを、明日もきっと生きているということと同じくらいに何の疑いもなく信じていたのである。


 通っていた高校は男子校だった。できれば共学に進学したかったが推薦で入れる学校があると先生に進められて、進められるがまま受けてみたら合格してしまって結局その高校に早々と決めてしまった。

 教室の中は香水の匂いと汗の臭いとが変な具合に重なって何とも言えない臭いが教室中に充満している。高校生らしからぬタバコの臭いまでしてくる始末だ。先生も気づいているのだろうが、現場を押さえるまでは何も言わない。ある日、休み時間に教室の窓から顔を出してタバコを吸っていたらそれを見た近所の住民から苦情がきたらしく、その時はさすがに先生が教室に飛んできてぶっ飛ばされた記憶がある。普通は停学とかになるのだろうがぶっ飛ばされて終わりである。今の時代じゃ考えられない処置の仕方である。


 推薦で決まってしまったので受験に関しては何の苦労もしていないのだが、合格祝にと俺が前から欲しがっていたエレキギターを母が買ってくれた。

 高校入学時にはなんとか独学である程度は──コードFは弾けてなかったが──弾けるようにはなっていたと思う。Fというコードは人差し指で六本の弦を全部押さえなきゃいけないので、コードの中では難易度が高いのだ。部活に入ったらまずコードFの押さえ方のコツを先輩に教えてもらおうと思っていた。


 軽音楽部ってどんな奴がいるんだろうな、と隆が振り返って言った。

軽音楽部の教室に向かう途中でちょっと恐くなってきたのか隆の顔は少し不安そうに見える。

「楽器なんにもできなくても入部させてくれるかな」

「そんなこと言ったら俺だってまともにギター弾けねぇよ。それにヴォーカルなんてバンドで一番必要なものなんだから大丈夫だよ」

「じゃあ俺ヴォーカルで千葉がギターで一緒にバンド組もうぜ。もし軽音楽部に入れなくてもベースとドラム探せばいいだけだし」

 いいだけって、ベースとドラムを探すのが一番大変だと思うのだが。それにどこで練習するつもりだ。

「そんなの軽音楽部から引き抜けばいいんだよ」

「そんな面倒なことしないでも最初から高田と俺は一緒のバンドということで行けばいいんじゃないか?そうすれば誰も文句言わないと思うぞ」

 訳の分からない間に、俺は隆とバンドを組むことに決めていた。いや、決まっていた。運命なんて格好良いものでは決してないが。不謹慎ではあるが、右手がない──正確には右手が使えないヴォーカリストというのもなんか格好良く感じた。

 そうだな、と隆は歩くのを辞めてこちらに体を向けた。

「よろしくな。俺、バンドで歌うのが夢なんだ」

「そんなのすぐに叶うと思うぞ」

「叶いそうだな。こんなに早くメンバーが見つかるとは思わなかったから」

 俺もこんなに早くメンバーが決まるとは思っていなかったがメンバーなんて意外にあっけなく決まるものだよ、と得意顔で言って歩き始めた。

「他のメンバーも軽音楽部に入ればすぐ見つかるよ。俺もギター練習しておかないとな」

 まだ隆の歌を聴いたこともなかったが、そんなことはどうでもよくてバンドを組めるということだけでたまらなく嬉しかった。

 

 ──ここか。

 軽音楽部が活動している教室の前まで来ると、そこからドラムの音が聴こえてきた。その音のせいで緊張がピークに達していた。

「勝手に入っていいのかな」

 躊躇している俺のことは見向きもせずに隆は教室の扉を開けた。

 普段は教壇がある位置にドラムセットが置いてあり、生徒用の机の上にはギターアンプとベースアンプが置かれていた。音はすでに止んでいて数人の生徒がこちらに注目している。

 その中の一人の生徒が近づいてきて一年生かと言った。

「はい」

「名前は?」

「千葉祐介です」

 そっちはと言って先輩らしき生徒は隆の方に体を向けた。

「高田隆です」

 彼の右手を見て驚いたのか一瞬情けないような、困ったような顔をして今度は祐介の方に体を向けた。

「俺は三年の塩田寿だ。楽器は何かできるのか」

「ああ」

 ギターです、と言って無意識に隆の方を見た。

「自分はヴォーカルをやるつもりです」

「その右手じゃ楽器なんてできねぇもんな」

 教室の奥にいたいかにも柄の悪そうな生徒が隆に聞こえるような大きな声で言った。それでも隆はそうなんですよと、へらへらしている。塩田先輩は眉間に皺を作ってその柄の悪い生徒を睨んだが結局何も言わなかった。

「一応俺が軽音楽部の部長だから何かあったら何でも俺に聞いてくれ」

 もうすでにその言葉に説得力はない。

「じゃあ今から練習再開するから」

 その辺に適当に座って見学してってくれ、と塩田先輩は言ってギターを持って弾き始めた。ドラムとベースもそれに合わせるようにして演奏を始める。

それは技術的には決して上手いとはいえない演奏だったのだが、初めて生の演奏を目の前で聴いて体が震えたのを覚えている。

 ──ああ。

 これがバンドかと思った。

 いや、これが音楽かと思ったと言ったほうがいいかもしれない。

 生で聴く音楽は家の中で聴いていた音楽とは全く違った。何が違うのかと問われても上手く説明できないのだが、とにかく全く別物だということだけは分かった。生身の人間が叩いて、弾いている生の迫力──風圧といったほうがいいかもしれない──に圧倒されていた。

これこそが音楽なのである。

 本物の音楽を知っている人からしたら勘違いも甚だしいと言うかもしれないが、その時はそう思った。目の前で演奏されている音楽こそが俺にとっては本物だったのだ。

 二人とも立ったままその演奏を聴き続けた。何もかもが格好良く見えて、俺は期待と希望と不安で鼻を膨らましていた。



2.祐介コンパに誘われる



祐介という声に振り返ると加瀬俊一が小走りで近づいてきた。隣に来た時には少し息が上がって苦しそうにしている。

「それだけで息切れかよ。おじいちゃんみたいだな」

「うるせえよ」

俊一とは小学校、中学校と一緒の学校で所謂幼馴染みというやつだ。高校も一緒の学校だが、俺が普通化で俊一が工業科なので学校内で顔を合わせることはまずない。俊一は小中学校ではビスと言う渾名で呼ばれていた。何故ビスかというと、地黒のうえ顔が日本人離れしているから。小学校の時に数人でテレビを見ていたら偶々ビスマルクという外国人サッカー選手が出てきて、これは俊一に似ているという話になりビスマルクを縮めてビスになったのだ。

「軽音楽部の見学行ってきたぜ」

「ふうん」

「ふうんしゃないだろう。ビスもバンド組みたいって言ってたじゃんか」

「おい、ビスって呼ぶなって言っただろ」

ビスという渾名はどうやら気に入っていないようで高校に入ったらビスって呼ぶなと言われていたが今さら名前で呼ぶのも照れくさいのでこれからももちろんビスで通す。

「楽器も持ってないしバンドはもういいや」

 そんなことよりよ、と言って俊一は不敵な笑みを浮かべた。

「コンパがあるんだけど祐介も来ないか?」

「コンパ?」

 ははぁと言って俊一はおでこに皺を寄せた。

「お前コンパ知らないな」

「それぐらい知ってるわ」

「やれやれ、俺が教えてやるよ。すぐ近くに女子高があるの知ってるよな。そこの女子高の奴等とお見合いするんだよ」

「お見合いってお前」

 思いっきり笑ってやった。

「いや、お見合いっていうかあれだな」

 あれだよあれと俊一は言った。

「わかってるよ。でもお前その女子高に友達いたっけ」

「友達なんていないよ。分かっててそういうこと聞くかなあ。俺のクラスの──岩津っていう奴なんだけど──そいつが友達なんだよ、その女子高の奴と」

「ふうん」

 いかにも興味がないように言ってやった。

「ふうんじゃねえよ。それ俺のギャグだから」

 これギャグだったのか?それは知らなかった。

「行きたいだろ祐介も」

 本当はすごく行きたいのだけど、なんだか急に恥ずかしくなってふうん、と言って顔を伏せた。会話になっていない。

「だからそのギャグは」

「あーわかったよ」

 行くに決まってんだろと少し大きな声で言った。

「最初から素直になればいいのによ」

 と言って俊一はわざとらしく口を膨らませている。

「なんだその顔は、気持ち悪いな」

 よく考えたら俊一の友達の岩津という奴は会ったこともない奴だし相手の女子高生ももちろん初対面となる。あ、不安になってきた。俺は基本的に人見知りなのである。

「気持ち悪いとはなんだ。祐介もそろそろ彼女が欲しい年頃かなと思って俺がいい話持ってきたのに」

 偉そうに言っているビスももちろん女とは無縁の生活を送ってきている。それは俺が一番よく知っているが、いちいち突っ込むのが面倒くさいので沈黙した。

「俺と祐介でバッチリ盛り上げれば大丈夫だろ」

 俊一は俺のことを過剰評価している。「俺と祐介がいれば大丈夫だろ」と俊一はよく言うのだが、その度不安でしょうがないのだ。大体何が大丈夫なのか。今回もまた不安である。



3.恵子視点?(多少妄想)



 武藤恵子は遅刻ギリギリの電車に乗ることができて一安心していた。

「あ、恵ちゃん、おはよ。ギリギリ間に合ったみたいだね」

 同じクラスの斉藤知織とはいつもこの電車で一緒になる。

「おはよ。今日は本気で危なかったよ」

「今日はお化粧に時間かけたのかな」

 知織はニヤニヤしている。

「なんで?いつもと一緒だよ」

 今日は知織とコンパに行く予定なのだ。人生初コンパでちょっと楽しみでもあるが、気合が入っていると思われるのも恥ずかしいので化粧はいつもと同じにしたつもりなのに。

「ホントかなあ。関一だからカッコいい男来るかもよ」

 関一とは関東第一の略で、数ある男子校の中でもイケてる男がたくさんいると噂の学校なのだ。関一というだけでカッコよく見えたりしてしまう。その関一と今日、コンパをすることになっている。でも恵子には学校名のブランドなどでは騙されない自信(根拠はない)があった。

「関一だからってカッコいいとはかぎらないでしょ」

「そうだけどさあ、でも期待しちゃうじゃん」

 こういう女が変な男に騙されるんだろうなと恵子は冷めた目で知織を見ていた。

 学校は新小岩駅から徒歩で一五分ぐらいの所にある。噂の関一の学生達も新小岩で降りるので毎朝関一の学生を見ているが、そんなにカッコいい男がいるとは思わない。知織に言わせるとそれは贅沢らしい。

 「でも今日二人で大丈夫かな。」

 知織は急に不安いっぱいの表情になり、恵子を見つめた。

 「う〜ん、奈津美は風邪みたいだからしょうがないよ」

 今日のコンパに来る予定だった奈津美が今朝メールで“風邪だから今日無理”と連絡があった。男の子が三人来る予定なので、このままだと女の子が一人足りない。別の女の子を誘うにもまだ仲の良い友達が他にいないのだ。

 「別の日にしてもらおっか」

 知織はまた不安いっぱいの目で見つめてくる。なんだこのキャラは。まだ出会ってあまり日が経ってないので掴みかねる。

 「そんなに私と二人じゃ不安なの」

 そういうわけじゃないけど、と言って知織は目を伏せる。

 奈津美は男受けが良いらしく、いっつもチヤホヤされているらしい(自称)。学校での奈津美を見る限りそんな風には見えないが、女は男の前ではガラっと変わる場合もあるので嘘とも言い切れない。それが確認できないのは残念だが。

 「あ、今日バンドマン来るらしいよ。よかったね恵ちゃん」

 急に話が変わって、元気な笑顔を知織はみせた。やはり掴めない。

 「は、どうして」

 「だって恵ちゃんも音楽やってるんでしょ」

 小学校の時に少し音楽はやっていたが(親の意向)恵子がやっていたのはピアノで、ロックバンドの曲なんて殆ど聴いたことがない。

 「やってたって言ったの。ピアノね。今はもう辞めちゃってるよ。音楽って言っても私が好きでやってたわけじゃないしね。それに私がバンドやっててロックが好きだとしてもバンドマンを好きだとは限らないでしょ」

 いちいち丁寧に突っ込みをいれる。こんな正確だから誤解を受けることも多い。本当の私はこんなじゃないのよ、わかるでしょ、と自分に勝手な言い訳をしながらも気が付くといつもこんな具合になってしまう。

「もしかしてあんまり乗り気じゃないの」

 知織はわざとらしいぐらいの上目使いで見つめてきた。と思ったら口元は笑っている。意外と器用な子かも。

「ほらいくよ」

 運良くちょうど新小岩の駅に着いたので恵子は知織の腕を取って電車を降りた。私達と一緒に関一の学生達も駅のホームに吐き出された。


まだ完成してませんが処女作です。なにか感想、アドバイスなどありましたら教えてください。

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