広がる困惑
「ーー、ハル聞いてるか?」
急に耳にした声に俺は反応が遅れる。
「……すまん。考え事をしていて聞いてなかった」
俺の言葉にケイは深く溜息をつく。ケイから今日が21日と教えられ俺は昨日の記憶を思い出しても10日までの記憶しか思い出せずにいた。考えられるのは記憶喪失だが実感がわかない。空白の10日間ちゃんと俺は日々を過ごしていたらしい。周りはいつも通りであり、昨日は大丈夫なのと聞かれる度に頭痛がして大変だった。
そんな事を午前中考えていたら昼になっていたみたいだ。
「……本当に大丈夫か? 体調が悪いなら保健室に行ったらどうだ?」
ケイは俺の顔を覗き込み心配そうにする。
「あぁ、大丈夫じゃ無くなったら行く」
そうかと呟き、ケイは何かを考えるような素振りを見せたがすぐに言葉にする。
「大変だろうがこれからを頑張れよ」
ケイの言葉に違和感を感じたがそれが何か分からず、ケイは自分の席に戻ると次は爽やか系の男子生徒が近づいてくる。
「春輝君、本当に大丈夫かい? 数日前より体調悪いみたいだよ。よくないモノは憑いてないから大丈夫だと思うけどここ数日間、春輝君見ていると不思議な感覚になるんだ。よく分からないけど気を付けた方が良いよ」
爽やか系の男子生徒は神社の跡取りで元々妖怪退治をしていた家系らしい。
「ありがとう。日和の言葉を素直に受け入れられる日が来るとは思わなかった」
俺は大袈裟に肩を落とす。
「何気に酷い事を言っているよね。僕は嘘はつかないよ。ただ、言葉が胡散臭いだけなのに」
「……だから、素直に受け入れられないし信用出来ないんだよ」
だけど日和なりに心配してくれている様だ。
「でも、また元の春輝君に戻ったね。やっぱり明日菜さんが春輝君を変えた人なんだね」
日和の言葉に俺は何か引っかかる。
「どう言う意味だ?」
その言葉に日和は何故かビックリする。
「え?だって今の春輝君は数日前の様に退屈しているよ? イライラとツンツンしていつも通りの春輝君だね。それに明日菜さんとはーーからの知り合いなんでしょう? 先日教えてもらっーー」
俺は日和の最後の声を聞けないまま気を失ってしまった。
目が醒めると見知らぬ天井だ。ベッドに寝かされていたらまず目に入る当たり前の光景だけど、俺はさっきまで授業を受けていたはずだ。何が起こった?
確か、日和と何か話しをしていて途中で意識が無くなった。なら保健室に連れて来られたか。
「よぉ、目が覚めたか?」
ハスキーな女性の声が聞こえる。声のする方へ向くと白衣を着た女性が居た。
「まだ寝坊てるのか? ケイや日和達が心配してお前を担いで駆け込んできたぞ。まぁ、貧血みたいだったから心配するなって追い返したけど後で謝っとけよ」
……誰だ?保健室の先生はもっと年配だった気がする。こんな若くて綺麗な女性じゃなかったはずだ。
「いえ、分かりました。少し休んでから行きます」
「急によそよそしくなったな? 7日間しかまだ付き合い無いとは言えこの保健室で1番の付き合いってのに冷たくなったなお前」
どう言う意味だろう? 俺は眉間に寄せていたのだろう。先生は怪訝な顔して聞いてきた。
「……なぁ、お前さ、私の名前分かるか?」
俺は沈黙し考えるが思い浮かばない。首を横に振る。
「そうか、トラックに轢かれたって言うのに安静にしなかった所為か? 私の名前もそうだが私が分からないとみえる。ひょっとしてお前はここ数日の記憶がない様だな。ならまた自己紹介だ、お前が轢かれた次の日からこの学校の臨時教員として雇われた江西と言う。ちゃんと江西先生と敬うんだぞ? それで保健室に来る回数の多いお前が私と1番の関わりのある生徒だ。お前は何かの目的があって事故に遭って普通なら安静にしなきゃいけないのに律儀に学校に通っていた。それがここ数日のお前だ。記憶がないのならそう理解しろ」
何かの目的の為に俺が学校に通っていた? 何故だ?
「お前が今の様に記憶を失ってまでやらなきゃならない事があったのか? それは分からない。ただ、何かに一生懸命だったぞ。過去のお前が何をやりたかったのかを帰ってから、この数日前の自分を調べるのも良いだろう。それに死んだ目をしている今のお前より生き生きしていた数日前のお前の方がカッコよかった。お前にとって何が起こったのかじっくり考えてみると良い」
江西先生は呆れた顔つきで話す。俺は江西先生の言葉を聞いて少し考える。
「先生、数日前の俺を知っているのなら知っている範囲で教えてくれませんか?」
江西先生はう〜んと顎に手を置き考える素振りをする。
「そうだな。私は基本保健室にいるからここにやってくるお前からは世間話しか聞かなかったな。そう言えば、少し気になる事を言っていた。過去の話をすると頭が痛くなるとか言っていたな。内容次第ではこの保健室にお世話になるみたいだから過去の話はなるべく聞かない様にしていたみたいだぞ?」
過去の話? さっきも確か内容は覚えていないが日和から過去の話が出た瞬間、視界が真っ暗になった。今日一日昨日の事を聞かれて少し痛かっただけだが俺から聞こうとすると喋れなくなる位頭痛が酷かった。
これも何か関係あったのか?
俺が色々と考えていると江西先生は手をポンと叩き、そうだと言う。
「アスナって子とはどうなんだ? 私はこの学校に来て浅いがお前らは仲が良いだろ? お前らの年頃の恋愛は気難しいからな。互いに気持ちを通じあうまでがお前達の年代の恋愛だもんな。くそっ! 考えるだけで羨ましいな全く。今日は酒で慰めるか」
……また出てきた名前に俺は悩む。流石に記憶が無くて知らないとは言え、俺はアスナと呼ばれる女子生徒と仲が良いらしい。だけど、俺は誰とも恋愛する気も無かったしこれからも恋愛しないと思っていた。
クラスメイトは全員覚えていた。だがアスナと言う女子生徒は覚えていない。いや、知らない。
俺の身に何が本当に起こったのだろう?
「まぁ、暫くしたら思い出す可能性もあるだろう。なにも今、全てを理解して終わらせろって言っているんじゃないし、明日の自分に任せるのも良いだろ。今日はゆっくり休みな。私はちょっと席外してやるよ」
江西先生が意味ありげにニタァとすると先生の背後から誰かが出てくる。
……朝出会った女子生徒だ。多分、皆が言うアスナ本人だろう。
「若いって良いなぁ? 先生羨ましいよ。私のアドバイスを忘れるなよ?」
ニヤニヤした江西先生はすっと外に出て行ってしまった。ドアを閉め鍵を掛ける音がしたのは気を遣ってなのだろう。
しかし、俺にとっては大きなお世話だ。この沈黙が辛い。
アスナ本人を見てみると目が合い彼女は寂しげに笑った。




