天才
あれから十分程経った頃、急に連絡が入ったソラネは仕事へと向かった。MSLでよく見かけるが、彼女は大人気アイドルだ。リアルの方での仕事もあり、忙しい身である。いつまでも俺に構っている暇などないのだ。去り際に『仕事など後回しだ!』などと言っていたが、説得して行かせた。俺のせいでソラネの仕事にまで迷惑をかけたくないし、ソラネだけではなくリアルでソラネを待っている人にまで迷惑をかけてしまうためだ。最後は渋々納得したが、不満そうな顔をされてしまった。
「ほんと、ソラネは頑固だなぁ……」
「ははは……。おねえちゃんは昔から頑固者でしたから……。でも、それだけ師匠のことを心配してるんだと思いますよ」
「まあ、それは嬉しいんだけどな」
リンネの言う通り、心配してくれていることは充分わかる。でも、ソラネはアイドルであり、ソラネを待っている人は多くいる。そのことをわかってほしい。
「それにしても……、師匠ひどいです」
「ん?なにがだ?」
リンネの顔が苦笑いから拗ねたようなむくれた顔になる。その仕草も可愛いのだが、どうも機嫌が悪いようだ。
「僕を男の子と間違えていたことです!」
あ。やべえ、忘れてた。まあ確かに、ろくに確認もしないで男と決めつけていたんだ、女の子からしてみれば遺憾だろう。
「そ、それは……。悪いと思ってるよ……」
「もう……。リアルでは誰が見ても女の子だって思うほどに女の子してるんですからね!」
それはまあ、女の子なら大半がそうなんだろうけど……。MSL内では少年系アバターだし、声だってソラネの言う通りショタボだし……。ついでにボクっ娘。間違えてもおかしくないと思うんだよなぁ……。
「それに、おねえちゃんに似てるとも言われるから不細工ではないと思いますし……」
リアルでのリンネを見たことがないからわからないけどソラネのいとこだ、美形の少年でないのなら美形の少女だろう。似ていると言われるのなら尚更だろう。
「もう師匠!ちゃんと聞いてますか!?」
「聞いてるって!わるかったよ!リンネは女の子!超可愛い女の子!」
「か、かわ……!師匠のばかー!」
「どうすりゃいいってんだよー!」
理不尽だ。何を言っても怒られてしまう。
「仲がよろしいですな~」
「な……!?」
「け、ケイト?」
先程ソラネが出て行った扉の方を見ると、素晴らしい笑顔をしたケイトが立っていた。
笑顔が怖いって本当にあるんだなぁ……。
「さっきからずっとノックしてたんだけど?」
「いや、すまん。聞こえなかったんだ」
嘘とかではなく本当に聞こえなかった。本当だよ?リンネの可愛い声に邪魔されて……。邪魔ではないな、癒されて?そうだ、癒されてだ!
「ほう?入口で二人の夫婦漫才を延々聞かされていた私は救われないと?」
「き、聞こえなかったんだからしょうがないじゃないか。本当に聞こえなかったんだよ?な?リンネ?」
「ふ、夫婦漫才……。夫婦、夫婦ですかぁ……。ふふふ……」
「ちょっとリンネ!?」
なに顔赤くしてクネクネしてんの!?反論してよ!この流れは俺だけ折檻食らうフラグだから!戻ってこいリンネ!
「ねえラク?私さっきまで何してたと思う?」
「何って……」
「ラクから連絡あったあと、すぐに運営管理街の衣装屋を走り回ってやっとローブを二つ見つけて、ワープゾーンを使って大急ぎでここまできたんだよ?その間店は閉めたままだし、友人に頼んでおいた素材搬入を明日に回してもらったんだよ?そんで目的地についてみれば、ラクは夫婦喧嘩してるし、私には気づいてくれないし!ねえ!どう思うラク!」
「わ、悪かったと思ってるし感謝もしてる!」
笑ってるのに目が笑ってねえ!これってゲームだよな!?ここまでリアルにしなくていいんだよ!
「ほんとに感謝してる?嘘じゃない?」
「してる!嘘じゃない!」
「……ふぅ。それならいいんだけどね。本当に怒っているわけじゃないしね」
嘘でしょ、本当に怒ってましたやん……。あー、怖かった。
「でも、一発だけ殴らせてね?」
「え?」
「大丈夫。MSLは痛覚ないから。心配しないでね!」
「ぐはぁ……!」
怒ってますやん。超怒ってますやん……。
「はい、これが依頼されたローブね。顔は充分隠れると思うよ」
「ありがとな」
あのあとケイトをなんとかなだめ、約束のローブを受け取った。
「それで?これからどうするの?」
「まずはいち早くこの国を出ることだな。そうだな……、あまり迷惑はかけたくないんだけどソラネの国を目指そうかと思ってる」
「ソラネ?ソラネってあの人気アイドルの?」
「ああ、そうだよ」
ケイトでも知ってるのか。さすが人気アイドル、知名度は半端じゃないな。
「友達でもいるの?」
「ああ、ソラネとフレンドなんだ」
「は?嘘でしょ?なんで初心者のラクが知り合いなの!?あの大人気アイドルだよ!?」
「まあいろいろあってね……」
あの時は何も知らなかったからなぁ……。ソラネがアイドルだってことや己を賭けてバトルをしていたことなんか眼中になかったしな。俺はギターしか目にうつってなかったし。
とはいえ、ケイトが驚くのも無理ないと思う。俺は普通に接しているが、彼女はアイドルであり過剰に一般人と関わる人間ではないのだ。そんな彼女が少し音楽の才能があるだけの一般人、しかもMSL初心者の俺とフレンドなのだと聞いたら誰もがケイトと同じ反応をするだろう。
「いろいろって……。まあ、あの大人気男性アイドルのアッキーに喧嘩売るような人間だし、何があってもおかしくないか……」
それを言われてしまうと何も言えない。考えてみると何故あんなことを言ってしまったのだろうかと思う。多少あいつにイラついたとはいえあそこまで言う必要はなく、普通に断れば良い話だった。しかし、異常にムカついてしまった。これはモテない奴の宿命なのだろうか。それほどまでにあの時の俺はムカついていたのだ。
「まあそれはいいよ。そうだね、この国を早く出たいならワープゾーンを使うのが一番だね。歩くのもゲームの醍醐味とも言えない状況だしね」
「確かにそうかもな。わかった、今回はワープゾーンを使うことにするよ。リンネもそれでいいかい?」
「はい、構いません」
歩いて中立地区まで行くという目標は一時保留だ。ケイトの言う通り悠長なことを言っている状況ではない。いち早くこの国を出ることを考えなければ。
「それとソラネさんとフレンドっていうのも隠しといた方がいいよ」
「そうなのか?」
堂々と言いふらすつもりはないがそこまで警戒することなのだろうか?まあ、確かにアイドルだもんな。大騒ぎになってもあいつに迷惑かけるだけだし。
「人間は嫉妬する生き物だよ。それが自分の好きなものだったり、憧れているものなら尚更ね。人の嫉妬は時に脅威となる。この世界ではそれが如実に表れるよ」
そうか、確かにそうだ。俺とソラネがフレンドで、親しい仲だとソラネのファンが知ったらどうなるだろうか?そうなのかと流すものもいるだろう。しかし、大半のものが嫉妬をする。それはおかしいことではない、人間なら誰しもが抱く感情であり、それゆえに恐ろしいものなのだ。
「ラクは特に気をつけたほうがいいよ」
「ソラネがフレンドだからか?」
「それもあるよ。だけどね、他にもあるんだ。ラクは音楽の才能を持ってる。そこら辺のちょっと歌が上手い、演奏が上手いっていう人じゃ到底敵わないような才能をね。人は才能あるものを尊敬し、そして妬む。だから気をつけて」
「わかった」
俺はケイトの言葉をしっかりと胸に刻む。
しかし、ケイトはさっきから嫉妬のことについて執拗なまでに説いてくる。誰かから教えられたのか、それとも実体験か。いや、どちらもか。
「まったく、ラクは鋭いんだか鈍いんだかわからないね」
「顔に出てたか?」
「はっきりとね。大したことじゃないよ、私だって人間さ。それに音楽好き。だけど、生憎私にはあまり音楽の才能がないみたいでね。MSLをプレイし始めた時は嫉妬の嵐だった。周りには才能ある人間が沢山いて、私なんて到底敵わない。だから楽器商売してるんだけどね。そんなくだらない過去だよ」
そう言いながらケイトは自虐的な笑みを浮かべる。
「そっか」
「私は早々に諦めて楽器商売に転向したけど、他のプレイヤーはどうかわからないよ。私でも当時は人としてしてはいけないことも頭の中では考えてしまったからね。それに、ラクがそっち側にならないとも限らないしね」
「ああ、そうだな。気をつけるよ。でもな……」
確かにケイトの言うことは正しい。でもな、天才ってのはそこから違うんだ。天才ってのは……。
「天才ってのはな、嫉妬をして、して、しまくるんだよ。そして受け止める。さらに乗り越える。そして、越える。天才ってのはな、嫉妬さえも利用するんだよ!」
俺は親指を上に突き上げ笑ってみせた。
「俺だって嫉妬はするさ。大抵の人は嫉妬したらそのままか拗ねるかだ。酷い奴はそいつを陥れようとする。だけど俺は違う!嫉妬してしまくったあとはそいつをなんとか越えてやろうと努力をする。俺は天才だからな、越えられる実力も持ってる。それでも現在の実力では越えられないかもしれない。そんな時は努力をして、実力を底上げすればいい」
「努力……」
努力もしないで妬ましいとか腐った考えが俺は一番嫌いだ。勝てないなら勝てるように努力をすればいい。人間死ぬほど努力すれば多少なりとも変わるものだ。努力をしても伸びないと言ってる奴らの大半が言うほど努力していない。
「少なくとも俺はそうしてきた」
俺だって最初は楽器なんて一つも演奏できなかったし、歌だって今ほど上手くはなかった。それでも俺には明確な目標がいた。俺よりも楽器の演奏ができて歌も段違いに上手い、そんな非常に妬ましいやつがいた。そいつに追いつくため毎日努力したし、本人に教えを請うたりもした。そいつに勝つにはそれが一番の近道だったのだ。幸い、俺には音楽の才能があったらしくみるみる成長していき、周りでは抜きん出た存在となった。それでも奴には勝てていないのだが。
「辛くなかったの?」
ケイトは震えた声で尋ねる。
「辛くない訳無いだろ」
当たり前だ。毎日死ぬ気で努力したんだ、辛くないわけがない。そこまでしても追いつけないのだから尚更だ。
「じゃあ、なんでそこまでできるの?」
そんなの決まってる。
「負けたくないからだよ」
負けたくないから努力する。当たり前のことだ。
「天才ってのはな!」
俺は先程と同様に親指を立て元気よく言う。
「人一倍負けず嫌いなんだよ!」
どうもりょうさんです!
更新遅れてすみませんでした!これからは頑張りたいと思います…