愛弟子
「眠い……」
時刻は朝の六時半。
俺がいつも起きる時間なのだが、いつもより瞼が重い。あのあとログアウトしてみると、時刻は深夜三時。いつの間にか凄い時間が経っていた。時間を忘れてしまうのがゲームの痛いところだよな……。
「おはよう……」
「おう!おはよう楽斗!」
「おはよう楽斗。ゲームはほどほどにしないと体に悪いわよ?」
「うん。気をつける」
リビングに降りると、既に親父と母さんがいた。この二人は必ず俺より先に起きている。何時に寝て、何時に起きているのか分からないが、とにかく早起きだ。
机の上にはいつものように朝食が置かれており、朝のなんともいえない空腹感に満たされた腹を刺激するように湯気が立っている。テレビでは、赤髪の大人気アイドルの特集をしていた。
「ははは!早速プレイしすぎたか!さすが俺の息子!」
「似たくなかった……」
似なくていいところまで似てしまうのは本当にどうにかして欲しい。俺だって似たくて似たんじゃない。
「ふふ。楽斗、早く食べちゃいなさい」
「はーい」
母さんはいつも俺達の会話を嬉しそうに見つめる。息子が親父に呆れている様を見て何が嬉しいのかよくわからないが、その表情をする母さんを見るのは嫌いじゃない。
俺は、朝食を食べると、身支度をして学校へと向かった。
「なあ楽斗。知ってるか?」
「何を?」
俺が席に着くと、一目散に俺のもとへやってきた雅人が興奮気味に話す。
「昨日さ!運営管理街にアイドルの空野音(そらのおと)がいたみたいなんだよ!」
「空野音?……あー。あの赤髪アイドル」
確か、朝の番組で特集をしていた。
「そう!超可愛くて、尚且つ超絶歌唱力を持ち合わせる最強のアイドル!空野音!会いたかったなー!」
「へぇ。そんなに人気なのか」
「人気なんてもんじゃないぞ!日本どころか、世界でもライブをするような最強アイドルだぞ!?MSL内でも結構な強さを誇る国の国主だしな!」
ほう。歌が上手くて、赤髪で、昨日運営管理街にいて、国主。……まさかな。
「そいつのプレイヤーネームって?」
「お?興味が出てきたのか!えっと、確かソラネ……だったか?」
おおぉぉう……。なんということだ。言えない、その超人気アイドルとフレンドなんて言えない……。
「どうした?そういえば、専門用語結構使ったけどわかるんだな?」
「お、おう。昨日から始めたんだよ」
「おお!ついにか!領土を手に入れたら教えてくれよ!そこに移るからよ!」
「教えない」
「なんでだよー!」
な、なんとか話をそらすことができたか。
はぁ、まさかソラネが超人気アイドルだったなんて、上手いはずだよ……。
「おいソラネ!」
「な、なんだラク。いきなり大きな声を出したりして」
「なんだじゃねー!」
俺は、現在フレンド間でのみ行えるボイスチャットを使ってソラネと話していた。もちろんアイドルのことを問いただすためだ。
「お前!大人気アイドルらしいじゃねえか!」
「あれ?知らなかったのか?てっきり知ってて近づいたのかと」
「しるわけねえだろおお!」
何平然と答えてくれちゃってんの?知るわけないじゃん!あの時はギターのことしか目に入ってなかったし!
「うーむ……。私の人気もまだまだだな。MSL内で知らない人間などいないと思ったのだが。まだまだ精進しなきゃな」
「なぁに自己完結しちゃってんですか!」
「む?何が不満なんだ?アイドルとフレンドになれたんだぞ?もっと喜んだらどうなんだ?」
「そういうことじゃないっての!もし俺が変な輩だったらどうするつもりだったんだ!もっと危機感をだな!」
普通に考えて、アイドルが気軽にフレンド登録を申し出るとかありえないから。こいつには危機感というものがないのだろうか?
「ラクはそんな奴じゃない!」
なんでだろう……。あいつが胸を張っているのが見える気がする。
「それに、私だって危機感くらい持っている。私がこれまでどれだけの人を見てきたのか知っているのか?人間を見ることには慣れてる。ラクが私に害をなすとは考えられなかったし、確信を持っていた!それに、あれだけの音楽を奏でられる奴に悪い奴などいない!」
ソラネはそう言い切った。そこまで信頼されるのはやぶさかじゃない。いや、むしろ嬉しいけどな。
「それとも、ラクは私がアイドルだと友達でいたくないか?」
ソラネの言葉の色が暗くなる。
「そんなことはない。俺もあんな音楽を奏でられる奴と仲良くしたい」
「ならそれでいいじゃないか。私はラクのこと好きだぞ?……変な意味ではないぞ!」
「……はあ。わかってるよ」
たく。こいつには敵わないな。まあ、俺もソラネと友達でいたくないわけじゃないのは本当だしな。
「わかった。これからもよろしく頼む。でもな、くれぐれも友達の選び方には気をつけろよ?」
「当たり前だ」
本当にわかっているのか不安だが、たくさんの人を見てきたことにはかわりないし、任せても大丈夫だろう。
「なあラク」
「ん?」
「また一緒に歌ってくれるか?」
何言ってんだこいつは。そんなの決まってる。
「もちろんさ」
ソラネとのボイスチャットを終えた俺は、宿屋を出ると中立地区を目指して再び歩き出した。
その道中、長い一本道の脇に座り、一本のギターを構えた少年が見えた。路上ライブだろうか?こんな人の通らない場所で?
「なあ、歌わないのか?」
「ふぇ!?えっと、聴いてくれるんですか?」
少年は少し怯えた様子だが、俺を真っ直ぐ見て聞く。
「ああ、聴いてみたい」
少年からどのような歌声が発せられるのか、一本のアコギ、それなりに高価なものだろう、そのギターをどう扱うかに興味を抱いた。
「そ、それじゃ……。――――――ふぅ」
少年は小さく息を吐くと、鼻から息を吸い一気に吐き出す。
「……!」
俺は思わず驚いてしまう。あどけない少年のアバターにふさわしい幼い喋り声からは想像できないジャンルが飛び出したからだ。
それは洋楽。
少年特有の幼い声なのに、優しい雰囲気をも感じさせる。曲調がゆっくりなのも相まって、非常に聴きやすい。それでいて、音程もテンポもずれない。弾き語りをしていてこの安定感ははっきり言って圧巻だった。
そして、何よりも驚きなのはギターテクニックだった。
少年の小さな手で弾いているのに、早弾きでも一切ぶれないし曲の特徴を理解し、曲の雰囲気に合わせて弾いている。まるで大人が弾いているかのような安定感だった。
「――――――ふぅ。どうでした?」
「……」
俺は無言でメニューウインドウを開き、少年へおひねりを渡す。
「……え!?お兄さん!こんなに頂けないです!」
「受け取ってくれ」
「でも!一万Gなんて!」
俺が少年へおひねりとして渡した額は一万G。おひねりの相場が二十G程なのだから、破格の額だろう。この少年の演奏にはそれぐらいの価値があった。
「感動したよ。君の演奏にはそれほどの価値があった、ただそれだけだよ。あんな演奏を聴かせてもらったんだ。相応の対価は払うべきだろう?」
「そんな……。僕の演奏なんて」
「そんなこというんじゃない。君の演奏は素晴らしかった。君は、上手い演奏家になりたいかい?」
「それは……。なりたいです!」
少年は真っ直ぐ俺を見つめて告げる。本気であると少年は目で訴えていた。
「そうか、ならまずは自分は上手いと信じろ。自分は誰よりも歌が、演奏が上手いと思え」
「上手いと思う?」
「そうだ!俺は思ってるぞ?この世の誰にも負けるとは思っていない。俺は上手いんだってな!上手い演奏家ってのは自分に自信を持ってる。自分の歌、演奏を上手いと思ってる。自分は下手だなんて思ってたら上手くなるもんも上手くなんねえよ」
「……わかりました!自信ですね!僕は誰にも負けない。世界一歌が上手い!」
「そうだ!まあ、世界一は俺だけどな!」
そう言って俺達は笑い合う。
「そういえば、君名前は?」
「リンネです!」
「そうか、俺はラクだ!よろしくな!」
「よろしくお願いします!師匠!」
「し、師匠?」
なんだか、背中がムズムズするが悪くはない響きだ。
今日、俺に初めての弟子ができた。もちろんフレンド登録しておいた。
さて、中立地区を目指しますかね!
「それで、リンネ?」
「はい?」
「いつまでついてくんの?」
「お供します!師匠!」
「あはは……」
旅の仲間が一人増えましたとさ……。ソロの野望がぁ……。
どうもりょうさんでございます!
さて、序盤ですし新キャラが出まくるのはしょうがないよね!五話にして楽斗のソロ野望崩壊!これからは二人旅が始まります!
それでは、また次回お会いしましょうね!
感想、ブックマーク待ってますね!あと、みなさんの好きな音楽ジャンルとかも聞いてみたいです!