あのギターは俺のもんだ!
「それで親父。なんでいきなりMSLのプレイを許可したんだ?」
現在、俺は一時MSLをログアウトし、家族揃って夕飯を食べている。
今日の夕飯は、親父の大好きなハンバーグだ。大人のくせにハンバーグかよと思うかもしれないが、母さんのハンバーグは格別に美味い。俺も大好物だ。
「別に?そろそろいいかな~って思ったから」
「あんだけやるなって言ってたくせに」
「そうだっけな~」
親父はムカつく顔でそっぽを向く。
やべえ、実の父親だけどすんげえ殴りてえ……。
「まあいいけど。それで?今回はいつまでいるんだ?」
「ん~。気が済むまで?」
「適当だなぁ……」
親父の職業は無職。職はあることにはあるのだが、ないと言っても過言ではない。
親父は一言で言えば、音楽オタク。音楽を求めて世界を旅している。それだけ聞けば収入なんて一つもない。しかし、うちは借金なんてないし、むしろ裕福な方だ。俺は私立の音楽学校に通ってるし、家だって防音室完備でそれなりにでかい。じゃあなんでこんな暮らしができるのか。それは、親父の才能だ。
親父は音楽に愛されている。行く先々で音楽系のコンテストに出場しては優勝を繰り返している。その優勝賞金で俺達は生活しているのだ。
しかし、それでも収入がない時だってある。そんなときは母さんの登場だ。母さんの本職はプロの歌手。個人でコンサートを開くほどの実力の持ち主である。そして、副業として楽曲制作もしている。
そんなこんなで俺達は生活に困ることはないのだ。
そして、両親の影響で俺は音楽の世界へと足を踏み入れることになる。親父の影響で世界の音楽から日本の民謡まで幅広いジャンルを聴き込んだ。さらに、母さんの影響で歌にも興味を持った。俺が音楽の世界へ足を踏み入れることは必然だったのかもしれない。もちろん、二人の影響がなくても俺は音楽が好きだ。これは変わらない。
「それで?もうライブはしたのか?最初は資金不足だろ?」
「ああ、路上ライブをしたよ。五千Gまで稼いだ」
「ははは!さすが俺の息子だ!」
親父は誇らしそうに笑う。
親父は音楽のことに関してはよく褒めてくれる。それは母さんも同じだ。親父達は音楽を強要したりしない。親父曰く、音楽は楽しむものらしい。厳しくしたり、無理をしたり、そんなことをすれば楽しめるものも楽しめないだろう?親父はいつもそう言う。俺もそう思う。
「親父はMSLはやったことあるんだよな?」
「おう!あるぜ!今はやってないけどな!」
「なんでやめちゃったんだ?」
「旅に出れないだろ?」
「まあそうか」
親父が旅に出ないと母さんが困るもんな。俺もだけど。母さんだけに負担はかけられないし、俺も迷惑をかけてる立場だしな。
「お、そういえば楽斗。中立地区はもう獲ったか?」
「いや、今向かってるところだよ」
「ん~?ワープゾーンは使わないのか?」
「フィールドを歩くのもゲームの醍醐味だろ?」
「まあ、確かにそうだな」
中立地区に行く前に他の街とかも見ておきたいしな。実際にプレイヤーが管理している街、どんなもんか確認しておいて損はないだろうし。
「とりあえずは、演奏CPUでも買ってバトルで資金稼ぎをしてみるよ」
「学校の仲間とかは入れないのか?」
「もうどっかの国か街に入ってるよ。国主やってる奴もいるらしいし」
「なるほどな」
学校の奴のほとんどがMSLをプレイしている。その大半が自分の国や領土を持っている。雅人は誘えばついてくるだろうが誘う気はない。俺の都合で今いるところを抜けさせるなんてことはしない。
「ごちそうさま。母さん、今日も美味しかったよ」
「お粗末さま。楽しんでらっしゃい」
「うん!」
俺は食器を片付けると、足早に部屋へ戻った。
「よし!行くか!」
再びMSLへとログインした俺は、ひとまず道具屋へ向かった。演奏CPUを購入するためだ。
「千Gかぁ……。意外と安いんだな。よし!」
俺は手頃な価格で売っていた演奏CPUを購入し、安めのドラム、エレキギター、キーボードを購入した。安めとはいえ、楽器なので所持金がほとんどなくなってしまった。
「うおぉ……、懐が寂しいぜ……。ん?」
俺が懐具合を気にしていると、広場のほうがやけに騒がしいことに気づいた。
祭りでもやってるのか?いや、そんなわけ無いでしょ……。まあ、ひとまず行ってみるか。
広場に近づくにつれ、騒ぎはより一層激しさを増して来ていた。俺が広場についた頃には、爆音が響いていた。
「なんだこれ……?」
超うるさいんですけど……。ここはなんだ?ミサか?ミサなんだな?
そんな馬鹿なことを考えていると、ステージ上に立つ一人の男が奇声をあげていた。
「お前らあああああ!行くぞおおお!頭振れええええ!イヤァァァァァァ!」
「あー……」
俺は確信した。エセメタルだと。
ただただ耳障りなだけのシャウト。シャウトで感じられる爽快感や高揚感が一つも湧いてこない。シャウトに集中しすぎて、肝心の音程がガタガタ。はっきり言って聴いていられなかった。
「あの……。これって路上ライブ?」
ひとまず近くにいる人に聞いてみる。
「いや、バトルらしいぜ。相手は女の子だってよ」
「へぇ……」
これでバトルねぇ……。とも思わなくもないが、それは相手の女の子によるだろう。これと同じレベルならば、それはバトルとして成立するだろうしな。
それにしてもひどい。よく聴けばバックバンドはなかなか良い演奏をしている。問題はボーカルか……。
「ん?おわああああああ!」
「な、なんだ!?」
俺はあるものを見つけて奇声を発してしまう。
それは、奇声をあげているボーカルの後ろで弾いている、ギタリストが持っているギターだった。
なんだあのギター!黒い!ネックふっと!音えっぐ!ちょーかっけええ!欲しい!超欲しい!
「ああああああ!女の子ー!そのバトル変わってくれ!お願いだああ!」
「ど、どうしたんだ兄ちゃん?」
俺は奇声を発しながら女の子の立っているステージへと向かった。
「おい!このバトル変わってくれないか!」
「え?な、何言ってるの?」
ステージ上に立つ女の子は随分と驚いていた。
黄色いフリルのついた衣装を着た女の子は、その赤い髪にカチューシャをつけ、髪の色と同じ赤色の目はその端正な顔立ちをより一層際立たせていた。
「俺さ!あのギターが欲しいんだ!」
「ああ、あのギターいいわよね」
「そうなんだよ!超いいんだ!だからさ!」
「だめよ。これは私のバトルなんだから」
「そこをなんとか!」
「だめ」
くぅ……!やはり一筋縄ではいかないか。ならば!
「じゃあこうしよう!俺は今から乱入申請をする!条件は君との共闘だ。報酬は全部君に渡す。俺はあのギターが貰えればそれでいい!どうかな!」
「……勝てるの?」
「勝たせてみせる」
てか、あんなのに負けるわけがない。あんなのに負けるようじゃ、俺の音楽人生は終わりだ。
「わかったわ……。でも、あいつらが受けるとは限らないわよ?」
「大丈夫だよ。あっちはなんでかしらないけど凄い自信あるみたいだし」
「そうみたいね」
よっしゃ!これであのギターが手に入る!
俺は喜びに満ちていた。あれ程のギターが手に入るのだ、これ程嬉しいことはない。これも親父の影響なのかもしれない。俺は重度の楽器マニアでもあるのだ。
「おー?なんだ兄ちゃん?」
演奏を終えたのか、相手のボーカルがこちらに話しかけてくる。
うわぁ……。なにあの自信に満ちた顔。あんな歌で自信持つとかありえないわぁ……。まあ、楽しいならそれでいいけど。
「あーえっとさ。乱入申請いいかな?この子側で」
「いいぜ別に~?せいぜい頑張んな!」
「ありがとう~♪」
やったぜ!ニヤニヤしてるけど何なんだろ?勝ったつもりでいるのだろうか?
俺は、早速乱入申請を相手側と女の子に送る。
MSLには乱入システムというものがある。プレイヤーバトルに乱入できるというものだ。しかし、これには双方の了承が必要なのである。
「よし」
「それで?何歌うの?」
「あー。有名なデュエットソングなんだけどさ、二人の翼っていうんだけど」
「歌詞があるなら歌えるわ」
「了解!そんじゃ行きますか!」
「ええ」
幸いこの女の子もソロのようで、後ろには演奏CPUがいる。演奏CPUに曲名を入れ、演奏をスタートさせる。
この演奏CPUの利点は、既存の曲ならどんな曲でも演奏してくれるところだよね。もちろん、その楽曲に必要な楽器はいるんだけど。まあ、今回はドラム、ギター、キーボードだけだから良かったけどね。
「さて、行きますか!」
「――――――っ!」
この曲は女性のソロから始まる。ジャンルは邦楽。日本では有名なデュエットソングだ。明るめな曲調で、元気に歌うことが大切な曲だ。
てか、この子超上手い。綺麗な声してるのに、明るい雰囲気も思わせる。程良いビブラートにケツをしゃくり上げるような歌い方。細かいテクニックも無難にできている。
「ははは!面白いねぇ!」
こんなもん見せられちゃ、やる気になっちゃうよ!
Bメロからは男性のソロだ。
「――――――っ!」
「……!?」
俺が歌いだした瞬間、女の子はこちらを驚いたように見る。
そんなに見んなよ。恥ずかしいだろ?
そして、女性が主旋律に、男性がハモリに回るサビ。
さあ!俺が下から押し上げてやる!君は翼を広げて、羽ばたけ!
「いやー!勝った勝った!」
結果はもちろん俺達の勝ち。たぶん、女の子だけでも勝ててたと思う。
「あなた、何者?」
「俺?ただのMSL初心者」
「……はぁ、まあいいわ。でも、ありがとう。あなたのおかげで勝つことができた」
女の子は僅かに微笑む。
おぉ、さすがに可愛いな。でも、これはアバターなんだよな~。
「別にいいよ。ギターも手に入ったし!もー最高!」
俺は無事にギターを手に入れることができた。相手のギタリストは若干涙目になっていたが、しょうがない。勝ったんだから。まあ、多少の罪悪感は生まれたけど……。
「ふふ、あなた名前は?」
「俺?ラクだよ」
「そう。私はソラネ。よろしく」
「よろしくソラネ。そういえばさ、ソラネは負けたら相手に何を渡すはずだったの?」
「私自身よ」
「へ?」
俺は一瞬固まってしまう。
なんて言った?私自身?おいおい。
「でも、それは」
「私は国主なの。あいつらは領土バトルではなくて、プレイヤーバトルで私を狙ってきたの。国主の私を手に入れれば、私の国は実質あいつらのものでしょ?それに、私を好きにできる。領土バトルは、その後領土を抜けることができるから。一石二鳥ってわけ」
「……よかったぁ!」
「え?」
俺は安堵のあまり地面に座り込んでしまう。
「だって、俺はギターが欲しくて参加したけど、もしかしたらソラネがひどいことされるかもしれなかったんでしょ?そんなことにならなくてよかった……」
あんな美声でテクニックも持ち合わせた逸材をあんなのに渡すなんて、考えただけでも寒気がする。
「……ふふ」
ソラネは小さく笑う。
その笑みはアバターとわかっていても、少しドキッとしてしまうものだった。
「そういえば!なんでソロだったの?国主なら他の演奏タイプもいるんじゃないの?」
「他の子に迷惑かけられないでしょ?」
「国主が変わっちゃうほうが迷惑かけちゃうよ?」
「……」
ソラネは黙ってしまう。
あれ?俺なんか変なこと言った?あれ~?
「そうね。確かにそうだわ。ありがとうラク」
「いや、別にいいんだけどね?」
「これからどうするの?」
「中立地区を目指すよ」
「そう。またどこかで会いましょう」
「そうだね!また会おう!」
そう言って、俺とソラネは別れた。
そして、俺は今度こそ中立地区を目指して街を出た。
どうもりょうさんでございます!
今回は、またもや新キャラの登場です。ソラネは今後も出てくるでしょう。
親父との絡みもちょくちょく挟んでいくと思うので!
次回は、今度こそ外へ出ます!
それではまた次回お会いしましょうね!




