ラストソング
「凄いな……」
「……」
雅人の呟きに俺は沈黙を貫く。
街中から涙声の歓声が響く中、ソラネは深くお辞儀をしている。それを呆然と眺める雅人達は何を思っているのだろうか。もしかすると俺が勝つことを疑っているかもしれない。それは仕方のないことだ。あれだけの演奏を聴かされてはそう思ってしまうだろう。
リンネや雅人が不安そうに俺を見つめる中、俺と会長だけは涼しい顔をしている。俺と会長だけは自分達の勝利を確信しているのだ。
確かにソラネとは演奏形態もジャンルも一致している。
だが、俺には敵わない。
今から証明してやるよ、ソラネ。
「行きますよ、会長」
「おうよー」
さあ、ラストソングだ。
静まり返った街。
人々の視線は全て俺と会長に向いている。
ピアノの前に座る会長とステージ中央に立つ俺は静かに目を閉じる。
「この感じ、懐かしいな」
「そうだねー。あの時の光景、また見れるかな?」
マイクを通さずしばし二人の時間だ。
会長は全て終わった先にあるはずの光景を閉じた目の前に広げているのだろう、安らかに微笑んでいるのが目を閉じていてもわかる。
「見れますよ。会長は見れないと思ってるんですか?」
そんなこと会長が思っているはずない。そうわかっているが、思わずからかってしまう。
「思ってないよー。楽斗君と一緒なら絶対見れる」
会長は確信をもっているのがわかるような声で答える。
「あんまり本名出さないでほしいんですけど」
「大丈夫だよー。オフマイクだしー」
そんな軽い冗談を言い合いながら二人で笑い合う。
思えばあの時もこんな風に冗談を言い合っていた。会長なりの緊張ほぐしのつもりだったのだろう。元から緊張なんてしてないんだけどな。
「さて、そろそろ行きますか」
「了解だよー」
俺はゆっくりと目を開ける。
そこには未だ涙が抜けきっていないむさくるしい男達がいる。
まったく、ひっでえ顔だな。でも、いい顔だ。
あえて仲間達やソラネの方は見ない。見なくても不安そうな顔をしていたりする奴ばかりということがわかるしな。
そして、息を一息吐くと見計らったかのようにピアノの伴奏が流れ始める。
いい音だ。さすがケイトが用意してくれた最高のピアノ、音からして違う。さらに会長という最高のピアニストが弾くことでその良さが最大限引き出されている。その音色が良すぎて思わず出だしを忘れてしまいそうだ。
まあ、そういうわけにもいかないしな。
俺は伴奏の音色に合わせて声を発する。
おそらく俺の第一声を聴いたほとんどの奴らが鳥肌を立てただろう。
俺はバラードを歌う上で一番大切にしていることがある。それは、語り掛けるということだ。俺がまだ小さいころ親父に『バラードは語り掛けるように歌え』と言われたのだ。
親父が言うにはバラードは伝えるための歌らしい。自分の思いを相手に伝えるのに一番適しているのがバラードだと親父は言っていた。あくまで親父の考えだが、俺はなぜか否定することができなかった。
じゃあ、どうすれば伝わるのか。どうすれば自分の思いを伝えることができるのか。その答えが先程の『バラードは語り掛けるように歌え』というものだった。
何かを伝えたいのに自分の中で思って歌うだけじゃ伝わるわけがない。自分の思いを語らなければ伝わるわけがないのだと親父は言った。俺は親父の言葉に不思議と納得ができた。
そして、俺は俺を見つめる人々に語り掛けた。
『笑えよ』と。
正確な歌詞は『笑って』だが、俺なりの言葉で語り掛けさせてもらった。
咄嗟の歌詞変更に咎められるような視線を覚悟していたのだが、会長は楽しそうに演奏を続けている。まるで好きなように歌えと語り掛けてくれているようだった。
さすが会長だ。こういう時の器の大きさは見習いたい。
「……!?」
俺は一瞬ビックリしてしまう。
会長が普段ないはずのフレーズを入れてきたのだ。
なるほど。好きに歌ってもいいけど好きに弾かせてもらうってか。はは!了解ですよ、会長。
おそらく見ている側はびっくりしているだろう。バラードを歌っているはずなのに、まるでポップスを歌っているように楽しそうにしているのだから。
俺達とソラネのバラードは演奏形態やジャンルが同じでもその中身は全く違うものだ。
ソラネのバラードが泣かせるバラードだとしたら、俺達のバラードは笑顔にさせるバラードだ。俺達は同じバラードという枠組みの中で正反対の演奏をしているのだ。
演奏はBメロが終了し、サビへと突入する。
会長のピアノは滑らかに音を奏で、ゆったりとした曲調にぴったりだった。俺はそのまるで穏やかな波のようなピアノに乗せて、一人一人に届くように言葉を放っていく。
そこで会長が動く。
穏やかだった波は徐々にうねりを大きくしていき、会長のピアノは激しさを増していく。俺はそれに驚きつつも、笑みを浮かべてそれに乗っていく。
バラードではそれほど多用されることのない強いがなりを多用し、会長の荒いピアノに合わせていく。曲が激しくなってしまったことで、人々に荒く語り掛けてしまい驚かせてしまったかもしれないが、それもまたアリだろう。
それにしても会長のピアノは凄い。
あれだけ強く叩いても音を外すことはないし、抑揚として充分受け止められる。この変化も曲の一部だと思わせてくれる。会長のピアノはそんな力があった。
ソラネが自分の感情を歌にぶつけ爆発させるなら、俺は歌と共に駆け巡ろう。
なあソラネ。音楽ってわくわくするだろう?楽しいだろう?ソラネの知らない音楽がまだまだあるんだぜ?挑戦は前に進むやつにしかできない。ソラネはこんなところで立ち止まっていいのか?
俺はそんな思いを込めてソラネを見る。
「……っ!」
ソラネは戸惑うように目線をうろうろさせている。
まだ迷ってんのか。
だったら見せてやるよ。ソラネの知らない、本当の楽しい音楽って奴を!そして思い知れ!お前の進むその道は、まだまだ先があるってことを!ソラネより上にいる俺が教えてやる!
俺と会長は目線を一瞬合わせると、二番サビ終わりですべての音を消す。
そして、息を大きくマイクに音を乗せながら吸う。
それを合図に俺と会長は一気に音の花を咲かせる。
声とピアノの音が重なる。楽器と声、それは全く違う音で違うものから奏でられるもの。しかし今この瞬間、声と楽器はまるで手と手を取り合うかのように混ざり合っている。
その気持ちよさに俺と会長は思わず笑みをこぼしてしまう。
なあソラネ。フェイクだけでもこれだけ笑顔になれるんだぜ?音楽の可能性って俺達の想像を軽く超えていくんだぜ?もう一度言うがわくわくするだろう?楽しいだろう?挑戦したくなっただろう?お前はまだ追い求められる。
ソラネは涙を流しながらこちらを見ている。
ラスサビの最初のフレーズ、今のお前にぴったりだな。
「この場に涙なんて似合わねぇ」
これも語尾を少し俺なりにさせてもらった。
伝わったか?俺がどれだけソラネに進んでもらいたいか。
ソラネは小さく頷きながら俺に笑顔を向けてくれた。どうやら俺の思いは伝わったらしい。なら、あとはこいつらを笑顔にさせればいいだけか。
俺は街を埋め尽くす人々を見る。
すでに笑顔を浮かべている者、戸惑っている者、様々な顔を確認することができた。
俺はその一人一人の顔を見ながら歌う。楽しみながら、語り掛けながら、優しく、力強く、全力で音を紡いでいった。
俺には、確かに笑顔の花が咲き誇ったように見えた。
「この光景がまた見れるなんてねー」
「感慨深いですね」
俺と会長があの時見た光景がそのまま目の前に広がっている。
立ち上がり拍手と共に歓声を上げる人々。その全員が笑顔を浮かべている。これが俺と会長の見たかった光景だ。
涙と共に沸き起こる歓声も素晴らしいものであるが、俺は笑顔と共に沸き起こる歓声の方が断然好きだ。演奏を終えた後の楽しかったという感情が駆け巡るこの瞬間がたまらなく気持ち良い。
「今回も人を笑顔にする音楽ができたねー」
「そうですね。この曲を選んだ甲斐がありました」
今回この曲を選んだ理由として楽しい音楽というものを知ってもらいたかったというものがある。
感情によってジャンルを使い分けるのではなく、どのようなジャンルでもさまざまな感情を使い分けることができるということを知ってもらいたかったのだ。
まあ、この曲が俺の知る中で一番笑顔になれると思ったのもあるが。
「音って不思議だよねー。音を組み合わせることによって感情すら表すことができるんだから」
「そういう意味では文字と同じなんでしょうね」
「そうだねー。おー?みんなが走ってくるよー?領主殿ー」
会長の言葉に後ろを向くと満面の笑みを浮かべた仲間達がこちらへと走ってくる。
「師匠ー!凄いです!凄いです!あんな楽しいバラード初めてですー!」
「去年のあの曲と全然違うじゃねーかよ!楽しすぎんだろこの野郎!」
リンネと雅人が興奮したように詰め寄ってくる。
雅人の言う通り去年演奏したあの曲と今回では全く違う。去年は歌詞も変えていないし、会長もないはずのフレーズを弾いていない。去年が本気でなかったというわけではないが、俺自身一年で成長したし、音楽の楽しさを伝えたいという思いから去年以上の演奏ができた。
「どうだった?ソラネ。楽しかっただろう?」
俺は音楽の楽しさや奥深さを一番伝えたかった人物に話しかける。
「……」
「ソラネ?」
ソラネはうつむいたまま言葉を発さない。
「ラクはずるいぞ。これだけの実力を持っていて、私より音楽を知っている。音楽がここまで楽しいと知らずに諦めようとしていた私が勝てるわけないじゃないか」
ソラネから発せられる言葉だけを聞けば自分の実力不足を嘆いているように感じられるが、ソラネの声は悲痛な涙声などではない。
「だがな、私は知った。私の知っている音楽はまだまだちっぽけなものだと!私は音楽という道の半分も進んでいないということを!そして思った!なんて音楽は楽しいのだろうと!まだまだ音楽の先を見てみたいと!そして、ラクに勝ちたいと!」
力強い決意を伴った声を放つソラネの表情は輝いていて。まだ見ぬ音楽の先を追い求めていた。
「だからラク。もっと私に音楽を教えてくれ。みんなに伝えてくれ。私の前に立ちふさがってくれ!」
「望むところだ!いくらソラネが音楽の先を極めようと俺が前に立ちふさがってやる!もしソラネが立ち止まろうとしたなら、無理やりにでも押してやる!」
「……あぁ!」
ソラネは嬉しそうに微笑み、目線を自分の国民へと向ける。
「みんなは音楽の楽しさを知っているか!私は知ったつもりでいた。だが、先程の演奏を聴いて音楽の楽しさはまだまだ奥深くにあることを知った!そして、もっと知りたいと思った!みんなはどうだ!」
ソラネの言葉に大きな歓声を上げる人々。
ソラネはその歓声を聞くと小さく頷き再び口を開く。
「この国は現時点をもってラクの領土と合併する!異論のあるものは立ち去るがいい!咎めはしない!以上だ!」
再び人々から歓声が上がる。
それを確認したソラネは俺へと視線を向ける。挨拶をしろということだろう。
まだ、正式な勝敗は決まってないんだけどなぁ……。
「みんな聞け!俺がこの領土、いや国になるのか。この国の国主ラクだ!俺を受け入れない者は立ち去ってもらって構わない!こちらから説得を試みることもしない!だが、国の運営に関して一つみんなに報告がある!」
俺がそう告げると俺以外の人々がざわつきあ始める。俺が今から話すことは誰にも話していない。もちろんソラネや中心メンバーたちにもだ。
「今回手に入れたこの領土の守護者にソラネを置く!大まかな指示はこちらから伝えるが、細かなことなど領土の殆どはソラネに任せる!ここに残る者達の主はソラネだ!これだけは報告しておく!これは国主命令だ!異論は認めない!」
そういうと人々、いや国民か。国民からこれまでで一番大きな歓声が上がる。
このことは秘密裏に俺一人で考えていたことだ。これは俺のできる最大限の国民への配慮だ。特段領土の運営に口を出すつもりはない。
「ラク……?」
「いいんだ、ソラネ。ぶっちゃけ領土増えると面倒くさいし」
これは本音でもあるし、建前でもある。ほら、俺面倒くさいこと嫌いだし?
「ありがとう、ラク」
「気にすんな」
こうして俺とソラネのバトルは幕を閉じた。
どうもりょうさんです!
ソラネとのバトル終了でございます!次回からも頑張ります!




