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アイドルの頂点

 「ふぅ……」

 ステージの後ろへと下がり一息つく。

 長い長い拍手もソラネが前へ出ていくとゆっくりと収まっていく。

 「つかみは上々か?」

 「ああ。あれだけの反応が得られれば充分だ」

 ソラネが二曲目の王道アイドルソングを歌い始める後ろで雅人が話しかけてくる。

 結果論でいえばつかみは充分すぎるものだった。

 完全アウェーの状態であれだけの反応を得ることができたのだ。これ以上言うことはないだろう。

 「みんなもありがとう。緊張しただろ?お疲れ様」

 俺は今回無理を言って協力してもらった八十人の仲間達に礼の言葉を述べる。仲間達はまだ顔が少しこわばっているが笑顔で応えてくれた。

 今回の演奏での八十人の功績は非常に大きい。

 俺達中心メンバーだけではあれだけ厚みのある演奏はできなかっただろう。特にアカペラという誤魔化しの効かない演奏方法であるがために八十人の必要性は大きなものだった。

 「二曲目は王道アイドルソングか」

 「ああ。ソラネの持ち曲の中でも一番アイドルアイドルしてる曲だな」

 ステージでは依然ソラネの演奏が続いている。

 跳ねるような曲調に可愛い歌詞、曲調に合わせた歌とダンスはどう見ても完璧なアイドルだ。いや、アイドルなんだけどね。

 人々からはアイドルのライブ特有のコールが飛び交っている。これだけの人数になると凄まじいどころの話ではない。それでいて統制がとれているあたり完璧に調教されている。

 「演者本人が一流ならファンも一流ってか?」

 「言えてるなそれ」

 大体人気のあるアイドルのファンは統制がとれていることが多い。ソラネを調べるうえで見てきたアイドルも人気であればあるほどに統制がとれていた。その法則から言えばこの状況も納得ができる。

 「何せソラネは現時点でアイドルの頂点に君臨する奴だからな」

 「まだまだいけるだろーみんなー!」

 ソラネの煽りに全力で応える人々。その姿はむさくるしいものであるはずなのに何故か爽快感を覚えるほどに輝いていた。

 「まあ、あれだけ演者本人が楽しんでいればファンも乗せられるか」

 「そうだな。さて!場を盛り上げてくれたことだし、この雰囲気を利用させてもらおうか!」

 俺は雅人やリンネ達を見ながら言った。

 「はい!師匠!」

 「おうよ!」

 雅人とリンネは元気よく返事をしてくれる。一歩後ろにいたリノにゃんや会長、ケイトも微笑んでうなずいてくれた。

 「みんなありがとう!」

 決めポーズを決め感謝の言葉を叫んでいるソラネの邪魔をしないように俺達中心メンバーはステージの前へと進んだ。



 歓声が少しずつ落ち着きを見せたのを見計らい俺達は楽器を出す。

 二曲目はバンドスタイルで挑むことにしたのだ。

 今回は俺がエレキギターを持ち、リンネにはベース、雅人にはドラムを任せ、会長にキーボード、リノにゃんにコーラスというわりとありがちな編成だ。

 だが、スタンダードだからこそ他とのクオリティの差というものを見せつけることができる。そう考えての編成だ。

 俺は軽くエレキギターの音を鳴らし人々を見る。

 先程の興奮冷めやらぬといった感じで期待に満ち溢れた顔をした人々が多くいる。

いいねえその顔。早く聴かせてくれっていう熱い思いが伝わってくるぜ。

 「行くぜー!」

 ギターのピックを高く掲げ叫ぶ。

 人々からはそれに呼応するように歓声が上がる。もうこの会場に敵味方の境界なんてものはない。俺達は今純粋に音楽を楽しんでいる。

 俺はドラムの雅人へ視線を送る。

 それを確認した雅人がスティックを軽く打ち付け合いリズムをとる。

 そして、俺達はそれに合わせて各々の楽器を鳴らし始める。

 「敵味方なんて関係ねぇ」

 そんな歌詞から始まるこの曲。今の状況にぴったりのアップテンポな曲。曲が始まった瞬間人々の盛り上がりは更に熱くなる。

 流石はソラネの国民といったところか。音楽に対しての思いが他のアイドルファンより数段強くて熱い。音楽をこよなく愛し、さまざまなジャンルを歌いわけるソラネを見ているからこそこの国民の型があるのだろう。

 その国主本人が一番楽しんでいるしな。今なんか飛び跳ねてるし。まさに敵味方なんて関係ねぇを体で表しているようだ。

 あ、今度は凄く悔しそうな顔してる。おおよそここに自分がいないことに疎外感でも覚えたのだろう。実際俺も少し物足りなさを感じる。ソラネがいたならば間違いなく俺の隣にいるのはソラネだろうしな。それだけ俺はソラネに信頼を置いているということに今気づいた。

 演奏の方は完璧といってもいい。

 雅人のリズムは完璧で一切の乱れが見えない。リンネもあまり前面にでることのないベースという立ち位置でありながら存在感を消すことなく全体を支えている。会長は自分の得意分野である鍵盤楽器ということで強い存在感を放ちながら俺をぐいぐいと押してくる。リノにゃんも不協和音にならない完璧なコーラスをつけてくれている。

 その存在感のぶつかり合いの上で歌う俺も勿論激しい存在感を放っている。

 存在感の暴走は時にその演奏をぶち壊しにする。だが、俺はそんなことさせない。後ろの仲間達が放つ強大な存在感を背に受けそれをまとめ上げ放出する。それが俺の役目であり、ボーカルの役目だ。

 だが、それは全ての存在感を御するだけの存在感を持っていなければならない。だからこそ、その役目は俺にしかできない。これだけの存在感を背に受け、それでも押しつぶされることなく前に行ける強大な存在感を持った俺にしか。

 そして、曲はラスサビへと入る。

 ラスサビ前のギターソロを終えた俺はギターから手を離しマイクを握る。ここからは少し優しく甘く歌うサビ部分。リンネの優しい低音と雅人の静かなリズムの中で俺は口を開く。

 抑えめの声の中に迸る感情を詰め込み解き放つ。この次に待っているラスサビへ向けて感情の爆弾を作る。ラスサビが近づくにつれて俺は閉じていた目を開いていく。それと同じように声にも力強さを乗せる。

 そして、一瞬の間をおいてラスサビへと突入する。

 キーを一つ上げる転調。激しさ増す演奏。背に受けていた存在感が一層強くなる。

 俺はそのすべてを受け止め、尚且つ起爆剤として感情の爆弾を爆発させる。今感じている楽しさ、後ろにいる仲間と演奏できる嬉しさ、俺達の演奏を聴いていてくれている人々への感謝。そのすべての感情をこの歌にのせて放出した。

 腕を高く上げてジャンプしてくれている人もいれば、ソラネのように一緒に歌ってくれている人もいる。だが、その全員に共通していることがあった。

 全員が全員楽しそうな笑顔を浮かべていたのだ。もちろん俺達もだ。

 心の底から笑みがこみ上げてくる。これ程の高揚感を感じたのは久しぶりだ。

 これまでのバトルでも高揚感を感じることはできた。だが、それはどこかバトルという燃える要素が後押しをしていたからだと感じる。だが、今は純粋に楽しむことができている。一体感というべきか、そんなものを今この時感じている。ただ楽しい。それだけでこれ程までに熱くなれるのだ。

 まあ、これも一応バトルなんだけどな。俺も忘れかけていたし……。

 そして、最後のフレーズを歌い終え、アウトロも終わり演奏が終了した。

 それと同時に人々からは体の芯を揺らすような歓声が上がった。ソラネに至っては腕を振り回しながら歓声を上げている。

 ソラネさん?隣にいる人を殴りそうだから少し抑えようね?隣の人苦笑いしながら君のことみてるからね?

 俺達はその歓声に応えるように頭を下げると楽器をおさめ後ろへと下がった。



 「楽しかったな!ラク!」

 「おう!すさまじくな!」

 未だ興奮冷めやらぬといった感じで話しかけてくる雅人に俺も少し興奮気味で返す。

 「もー。男の子は単純だねー」

 「会長だって顔がニヤけてますよ」

 「そ、そんなことないよー。何をいってるのかなーヒトマサ君は」

 少し恥ずかしそうにそっぽを向く会長も興奮を隠しきれていない。

 「スズも可愛いとこあるんだね~。楽しかったならそういえばいいのに」

 「リノにゃんまでー!?」

 思わぬ伏兵に驚く会長。

 そういうリノにゃんも先程は楽しそうな笑顔を浮かべていたのを俺はバッチリ見ているけどな。

 「よかったよみんな!あそこに混ざれなかったのが残念だけど、それすらも忘れさせてくれる素晴らしい演奏だった!」

 「ありがとうケイト。お前の用意してくれた楽器も最高だったぜ」

 今回は後ろで見守っていたケイトも笑顔で演奏を褒めてくれる。

 ケイトは毎回質の良い楽器を用意してくれる。このことに関しては俺達全員がケイトに感謝している。ケイトも俺達にとって欠かすことのできない心強い仲間なのだ。

 「さて。ここまで一曲目、二曲目とかぶることはなかったけど、次はかぶりそうだな」

 「ああ、そうだな」

 雅人の言葉に俺はうなずく。

 ここまでスタイルがかぶることはなかったが、ソラネの準備を見る限りかぶってしまうことがわかる。

 ステージ中央にはピアノ。そこに座る先程からソラネの隣にいた女性。おそらく立塚さんだろう。そして、ピアノの前に立つソラネ。まさかここまでかぶるとは思わなかった。

 「まさかの展開だねー」

 「まさかピアノまでかぶるとは……」

 おそらくソラネが演奏するのはピアノバラード。俺達が三曲目に演奏しようとしているジャンルだ。同じだけに比べやすい。

 「燃えちゃうー?」

 会長が首をかしげながら尋ねてくる。

 「当たり前ですよ。負けないですよ」

 「おうよー」

 見せてもらおうか。ソラネの本気を。



 ステージにはソラネとピアノ奏者である女性だけ。

 人々は先程の喧騒がまるで嘘のように静まり返っている。ソラネのライブではバラード前は必ずこのような雰囲気になる。何度も見返したライブ映像でも同じ現象が見られた。

 先程まで赤く輝いていたサイリウムもぽつぽつとその色を落としていく。これもソラネのライブでは恒例だ。

 そしてソラネは一つのアイテムを使用する。

 「ブルーパウダー……か」

 雅人が小さく呟く。

 MSLには演出アイテムというものが存在する。レーザーやスモーク、火柱なんてものもある。

 そして、今回ソラネが使ったのはブルーパウダー。まるで青い雪が降っているような現象を起こすアイテムだ。パウダー系のアイテムは他にも存在し、赤いものや白いものも存在している。

 「流石ソラネさん。演出にもこだわるねぇ。うちの領主殿とは大違いだ」

 「うるせぇな。俺だって最近演出アイテムのこと知ったんだし、しょうがないだろ」

 俺はつい最近まで演出アイテムの存在を知らなかった。

 思えば、最初に出会ったエセメタルバンドも目が痛くなるようなレーザーを使用していた。あれもステージについてくるものだと思っていたのだ。

 ちなみに、俺のステージは相変わらずの初期ステージである。あまり変える必要性も感じない為そのままだ。

 「ほらほらー。ケンカしないのー。演奏始まるよー?」

 そうこうしているうちにソラネの準備が完了したらしい。

 「……」

 ソラネがこっちを見る。

 まるで見ていろといっっているようだった。その目は力強く、気高く、輝いていた。

 見ていてやる。だから見せてみろ。お前の本気を。俺がすべて受け止めてやる。

 気づいた時にはソラネの視線は俺には向いていなかった。

 ソラネの合図もなしにピアノの伴奏が始まる。すべてを悟ったように完璧なタイミングは多分あの二人の信頼関係の強さを表しているのだろう。

 そして、青い光の中でソラネは口を開く。

 噛みしめるような出だし。声を最低限まで抑えているのに心を掴んで離さない。第一声で俺達はソラネの世界へと引きずり込まれてしまった。

 「すげぇ……」

 雅人からは思わずそんな声が漏れる。

 会長もリノにゃんもリンネも全員がソラネを見つめることしかできない。

 これまで多くの優れた音楽を聴いてきた雅人や会長をここまで引き込むソラネは、凄いの言葉では安っぽいくらいだ。

 柔らかい雰囲気なのにちゃんと芯が通っている歌声は、俺達だけではなく人々の心をも掴んでしまう。ソラネの前にいるすべての人々がソラネだけを見ていた。

 曲はBメロへと入り抑えていた声が大きさを増していく。それに呼応するように青い光が上空へと上がっていく。俺達は呆然とそれを見上げる。

 そして、サビへと入る瞬間光が弾ける。

 弾けた光はソラネを映す空を駆け巡っていく。

 サビへと入ったソラネの歌声は光と共に弾け、抑えの効かなくなった声は俺達を突き刺していく。その圧倒的な抑揚に俺は全身が震える。

 そして驚くべきことに、ソラネはサビの中でも抑揚をつけていた。声量は落とさず、力強さを表したいときにはがなりを入れたり、あえてファルセットを使ったりなど様々なテクニックを混ぜ込んでいた。その表現力はアイドルの域を超えている。

 誰かに見てもらいたい、誰かに認めてもらいたい。そういった女の子をテーマにした曲。その悲痛で強い思いが伝わってくる。

 この曲を一番理解しているのはソラネだろう。この曲を作詞したのはソラネ自身なのだから。この曲をどのように歌えばいいのかソラネはそのすべてを熟知している。

 まったく、とんでもない曲を最後に持ってきやがったな、ソラネの奴……。

 そしてサビが終わり、Aメロを繰り返すと曲は間奏へと入る。しかし、ソラネは止まらない。力強く、重いフェイク。『あ』という一文字を叫んでいるだけなのに俺の体はまたも震える。荒々しく語尾を切ったソラネの瞳には涙が浮かんでいた。ソラネに応えるように荒々しい演奏を続けていたピアノ奏者の女性も目に涙を浮かべている。この瞬間、この女性が立塚さんだと確信できた。

 間奏が終わると荒々しかった演奏が落ち着き、Cメロを奏で始める。流れ続ける涙を拭うこともせずソラネは歌い続ける。

 それが終わるとピアノの、タン・タン・タンというリズムの後にラスサビへと突入する。

 落ち着いていたソラネの声も演奏も力強さを取り戻していく。ソラネの顔は涙でぐちゃぐちゃだ。感情表現が大袈裟なMSLの力もあるだろうが、俺はそれ以上の何かを感じた。

 曲が終盤になるにつれて人々の元へと散らばっていた青い光がソラネの元へと集まっていく。集まった光をソラネは掴む。それをそっと胸に抱くと最後のワンフレーズを歌う。

 「ありがとう」

 その光が何を表しているのか、それは光がどこから集まったのかを考えれば一目瞭然だろう。

 この曲はソラネが年一度開くファン感謝イベントで毎回最後の曲として使われる。

 ステージ上で涙を流すソラネを見つめるのは、ソラネと同じように涙を流し、拍手を送るファン達だ。

 

 ソラネは今、これだけの人に認められている。

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