赤の国
「相変わらずここは凄いな……」
俺達の前に広がるのは真っ赤な門。ここをくぐれば今回の対戦相手の国へと入る。いつもは開け放たれている門が閉まっているのはソラネなりの演出だろう。粋なことをする。
「緊張してるか?」
隣に立つ雅人がにやにやしながらのぞき込んでくる。
「バカ言え。楽しみすぎて吐きそうだよ」
「それって緊張してるんじゃないですか?」
「そうともいうな」
俺の軽口に苦笑いを浮かべながら雅人とは反対の隣に立つリンネ。
「まあ、ご主人様が負けるはずないでしょー」
「うんうん。ラク君は負けないよー。だって私達がついてるんだもんねー」
まるで緊張の色を見せないリノにゃんと会長。
「今回私は力になれなかったけど信じてるよ」
何も力になれなかったといっているケイトだがそんなことはない。三曲目に使うピアノはケイトが用意できうる中でも最高のものを用意してくれた。
そして、今回はこいつらだけじゃない。
「みんなもよろしくな」
俺は体の向きを反転させ後ろを向く。
そこには八十人の仲間の姿があった。
今回のバトルには領民全員に協力を要請した。一曲目に演奏するゴスペルは多くの人数で演奏すればするほど厚みが増す。今回は全勢力をもってソラネに挑むことにしたのだ。
俺達六人に領民八十人を加えたこのメンバーでソラネを必ず倒す。
俺は領民の前でそう宣言した。あとはみんなを信じて最高の演奏をするのみだ。
「さあ、行くぞ!」
俺が準備完了のメッセージをソラネに送るとゆっくりと門が開いていく。
門をくぐった俺達を待っていたのは真っ赤な街と真っ赤な人々だった。その赤は人々の声によってまるで燃え盛る炎のように見えた。
俺達はその炎をかき分けるように門から続く一本道を歩いていく。前方にはまるで城のような王宮が見える。王宮に近づくにつれ人々の声は大きくなっていき、俺達の気分を高揚させていく。
「ソラネ」
「よく来たな。ラク」
長い一本道を歩き終え王宮にたどり着いた俺達を迎えたのは勿論この国の国主であるソラネだ。アバターだとわかっていてもその赤い髪には惹かれてしまう。その髪と同じ真っ赤な衣装に身を包んだソラネはこの国を統べるにふさわしい佇まいをしていた。
「こんな出迎えをしてくれるなんて俺達歓迎されてるな」
「協力関係を結ぶことに関しては歓迎されてるぞ。合併に関しては知らんがな」
「嬉しいのか嬉しくないのかよくわからんな……」
キャラを作ったソラネとの会話はなぜか弾んでしまう。バトル前にあまり話してしまうのも良くないのだがまあいいだろう。
「今日の為にこの国のほとんどの国民が集まってくれたんだ。喜べラク」
「この状況を見て喜べると思えるか?見ろ。リンネなんか固まって動かないぞ」
ソラネは面白そうに笑って冗談交じりの言葉を吐くが、こっちの連中はもう放心状態の奴がほとんどだ。リンネを除く中心メンバーは比較的落ち着いているが八十人の仲間達は一歩も動けないでいた。ここまで歩いてくるのにすべての労力を使い果たしたようだ。
「この状況で楽しそうに話してる師匠達がおかしいんですよー!」
「お、戻ってきたな」
「おかえりリンネ。夢の世界は楽しかったかい?」
「ちゃんと意識はあったよー!」
声を荒げるリンネも可愛い。
まあ、そろそろ冗談を言い合うのも終わりにしよう。ここからは本気と本気のぶつかり合いだ。
俺が目つきを変えるとソラネも先程までとは打って変わって本気の目をぶつけてきた。それに気づいたリンネは少し肩を震わせたがなんとか持ち直しソラネを見つめていた。
そんな俺達の状況がわかったのか一歩後ろに下がっていた中心メンバーが俺の隣へ並ぶ。
「ソラネ。俺達はお前にバトルを申し込む。領土バトルだ」
「その申請を受けよう。本気でラク達と戦うことをここに全国民の前で誓う」
俺達が握手を交わすと街中から割れんばかりの歓声が上がった。
握手を交わした俺達はひとまず王宮の中へと招かれた。
「それでソラネ。バトルはどこでやるんだ?やっぱ闘技場か?」
「いや。今回は闘技場は使わない」
「え?じゃあどこを使うんだ?」
闘技場を使わないということはどこか広場的な場所で行うのだろうか。アッキーの国のような広場があってもおかしくないしな。
「ここだよ」
「は?」
ソラネの言葉に俺をはじめとするこちら側の人間の目は驚きと困惑に染まった。
「この王宮を使う」
「はぁ!?どういうことだよそれ!」
「正確には王宮前に特設のステージを作り、街へ向けて歌うということだ。街のどこへいても聴こえるように至る所にスピーカーを設置している。そして、バトルの模様はあれで中継する」
「あれって……」
ソラネが指さす先には空があるだけ。俺達は首をかしげるしかなかった。
「ああ、出すの忘れてた」
「おい……」
こいつ本当は俺より年上なんだよな?ところどころ抜けてんだよな……。
「ほいっと」
ソラネが少し操作するが変わった様子はない。しかし、次の瞬間俺達は目を疑った。
「おいあれって……」
「空を丸ごとスクリーン化した」
先程まで青い海のような景色が広がっていた空にはソラネの新曲PVが流れている。それは国内であればどこからでも見れるほどのものだった。
「国内の空であればこんなこともできちゃうんだよ」
「ぱねえ……」
「これなら国内のどこにいても中継を見ることができるからな。この首都だけじゃなく、その他の都市でも見ることができる。だから今回の審査員は国の全国民。首都じゃない都市も入れたすべての国民さ」
「スケールでかすぎだろ……」
「国の合併がかかっているんだ。このくらいするのが普通だろう」
確かに国の合併というのは大きいどころの話じゃない。最重要事項だ。一体ここの国民何人いるんだよ……。全く見当つかないぞ……。
「さあ、そろそろステージ裏に行こうか」
「わかった」
俺が答えた瞬間後ろの八十人の顔がこわばるのが見なくてもわかった。このような状況でも落ち着いていられる中心メンバーはさすがだと感じる。まあ、俺もそれほど緊張はしていないし例外ではないのだが。聖唱に通っているから落ち着いているわけではない。実際、後ろにいる八十人のうち二十人程は聖唱の生徒なのだから。
「ラクは本当に緊張しないんだな」
「別にしてないわけじゃないさ。でも、今は楽しみの方が勝っているだけだよ」
「実にラクらしい答えだな」
並んで歩きながらソラネとそんな話をする。今から国の行く先を決める勝負をするとは思えない程リラックスした会話だ。だがそれでいい。それがいいのだ。折角ソラネとバトルできるのだ。楽しまなければ損だしな。
「さあ、見えてきたぞ」
一歩、また一歩と出口へと近づいていく。あの光の向こうには多くの人々が待っている。そのすべてが俺の、俺達のお客さんだ。
「楽しませてやろうじゃねえか。天才の本気を見せてやる」
「うわぁ……。想像はしてたけど、すげえなこりゃ」
光の先にあったのは想像以上の光景だった。
ただでさえ赤い街がさらに赤く染まっていた。民衆の身に着けている服はすべて赤。建物の屋根の上にまで人がいる。空には俺達の姿がデカデカと映し出されている。
いや、屋根の上って。まあ、MSLだからできることだよな……。
「うわわ……!わわっ!はうわぁ……」
リンネなんかもうまともに喋れてないし。
「どうだい?うちの国民は皆ユニークだろう?」
「これはユニークと呼べるものなのか?」
「あはは!最高だな!なあラク。面白い国だなここ!」
「お前の感性を疑うよ……」
この光景を目の当たりにして面白いと言える雅人はおかしいと思う。
そういえばこいつって生徒会主催のイベントに毎回参加するようなお祭り男だったな。もとよりこのような雰囲気が好きなのだろう。イベントとは桁が違うけどな……。
「さて。そろそろ始めようか、ラク」
「了解」
本気の音と音のぶつかり合いが始まる。
どうもりょうさんです!
バトルに入るといったな。あれは嘘だ。次回からは入りますね。それでは!




