あの光景
「相手はあのソラネさんでしょ?得意分野ってなんだ?」
「おねえちゃんはどんなジャンルでも歌いこなしますよ」
「うへぇ……。あの子ってやっぱ天才なんだねー」
ソラネのメッセージを受けて俺達は作戦会議を行っていた。領内で作業を行っていたリンネも呼び戻し、会議室にはケイトを除く中心メンバーがそろっていた。
「王道アイドルソング、ポップ調の曲、バラードもいけるな」
俺はソラネを調べ上げた時に聴いた曲を思い出しながらソラネの歌えそうなジャンルをピックアップしていく。
こうして考えてみるとやはりソラネの幅の広さには頭が上がらない。バラードで大人っぽい雰囲気を出したかと思えばポップス調の曲で元気な雰囲気も出すことができる。これ程まで幅広い引き出しを持っている歌手はあまり存在しない。
「まあ、ソラネの曲を気にしていてもしょうがないか。今は俺達の曲を決めることだな」
「そうですね。定石としては三曲のうちどこかにバラードを入れるべきですかね」
リンネの言うことは確かに正しい。バラードというのは人を感動させるという意味ではとても優れたジャンルだ。一曲目に盛り上がれるようなアップテンポな曲を入れるのも定石だろう。
「なにか考えはあるのか?」
雅人が問いかけてくる。
定石通りに行くのも良し。しかし、王道で攻めるのも大切なことだが裏をかくというのも勝つ上では大切な要素になってくる。俺が初めて路上ライブを行った時、一曲目を奄美民謡にしたようなことも大切ということだ。
「なにか意表をつけるようなものがあればいいんだけどな……」
「ゴスペル……」
「え?」
そこまで口を開くことのなかったリノにゃんが発した言葉に俺は聞き返す。俺の耳が間違いでなければそれは意表を突くには充分なものだ。
「リノにゃん。もう一回言ってくれるか?」
「え?だからゴスペル……」
「それだ!」
「え?え?」
リノにゃんは驚きの表情を浮かべている。
ゴスペル。元来はキリスト教プロテスタント系の宗教音楽であり、九十年代にとある映画がきっかけで日本でもブームが訪れたジャンルだ。ゴスペル音楽には黒人教会で歌われていたブラックゴスペルと白人アーティストが歌っていたホワイトゴスペルがあり、どちらも源流を辿れば同じものなのだが黒人と白人の教会がそれぞれ分離していた為音楽性は異なったものとなっている。
一般的にゴスペルとはブラックゴスペルを指し、現代ではジャズなどのジャンルと結びつき更なる発展をなお続けるジャンルである。アカペラやラップさまざまな歌唱法が取り入れられているのも特徴的だ。
「よし!一曲目決定!今回はアカペラスタイルのゴスペルで行く。ヒトマサと会長は授業があるからできるよな。リンネは?」
「コーラスくらいならできますけど……」
「充分だ!」
現代の日本では昔ほどの人気はなく意表を突くには充分。思わぬところからヒントが出てきてびっくりしたがすんなりと一曲目を決めることができた。
「でもなんでリノにゃんはゴスペルなんて口にしたんだ?」
一見ゴスペルとは無縁そうに見えるが何か思い入れがあるのだろうか?
「大学時代にゴスペルサークルに入っていたの。昔ほどの人気はないけどうちの大学では結構人気があったんだよ」
「へぇ……。今でも好きな人は好きなんだな」
聖唱に通っている俺達はゴスペルの授業があるためゴスペルの良さを知ってるし、触れる機会もある。しかし、現在の日本ではゴスペルに触れる機会が極端に少ない。昔は多く存在したゴスペル教室やゴスペルサークルも減少していた。その中でゴスペルに触れることのできたリノにゃんは幸運だったのかもしれない。
「ん?大学時代ってことはリノにゃんって二十歳以上!?」
おい雅人。反応するところはそこじゃないだろ……。
「あっれ~?リノにゃんは~!十七歳から歳をとらないんだにゃ~」
「あ、ああ。そうだったな。うん。なんでもないよ」
不思議だ。笑っているのに雅人が何かを感じ取って引き下がっていった。
「ま、まあ無事一曲目も決まったし。二曲目を考えようか……」
その後、会議は少し遅い時間まで続いた。
翌日の放課後、俺は生徒会室の扉の前に立っていた。
ここに来るのは久しぶりだ。二年生になり生徒会主催のイベントに参加しなくなったことで、ここへ足を運ぶこともなくなっていた。
ここに来た理由は、もちろんこの部屋の主と話をするためだ。
「ふぅ……」
俺は息を一回吐き扉を軽く叩く。
すると、扉の奥からどうぞーと聞きなれた声が聞こえてくる。
「失礼します」
扉を開けるとそこには見慣れた少女の姿があった。
「いらっしゃい楽斗君。ここにくるのは久しぶりだねー」
「そうですね」
「それで要件は?」
ここに来たのはほかでもない。昨日の会議で結局決まることのなかった三曲目についてだ。
昨日夜遅くまで話し合った結果、二曲目まで決めることができた。二曲目は盛り上がることのできるアップテンポな曲。定石ではあるが外れがない。という結論が出たためだ。
しかし、肝心の三曲目がその日のうちに決まることはなかった。定石通りにいくのであれば最後の曲はバラードだ。この件に関しては全員の意見が一致した。三曲目は変な小細工などせず定石通りに。これが俺達のだした結果だ。
「三曲目ですよ」
「だよねー。昨日の会議では方向が決まっただけ。どんな曲にするかは一つも決まっていない。だよね?」
「はい」
「それでー?私のところに来た理由は?」
そう。会長のところへ来た理由。それが一番大切なことだ。
「三曲目は会長と俺だけで演奏します」
「もしかして。あれを演奏するつもり?」
「はい」
会長は驚いたように目を見開き俺を見る。
ちょうど一年ほど前のことだ。生徒会主催のイベントが行われることになり、その時期は頻繁に参加していた俺はそのときも例外なく参加しようとしていた。
しかし、そのイベントの参加条件として二人一組というものがあった。雅人に頼めばいいかと思っていた矢先だった。彼女に呼び出されたのだ。
ある日、俺はある生徒に呼び出された。もちろん会長である。そのころはまだ会長ではなかったが、後に会長になる存在だけあって校内では有名人だった。そんな彼女に呼び出された俺は内心ドキドキしながら彼女の元へと向かった。
しかし、彼女の口から発せられたのは『私とーいっしょにイベントにでましょー』という言葉だった。
話を聞くとイベントに出たいのだがコンビを組む生徒がいないということだった。そこで前のイベントで俺を見ていたことを思い出し声をかけたのだという。すなわち前のイベントからこの奇妙な関係は始まっていたということだ。
何はともあれ俺もコンビを組む相手に困っていたこともあり会長の申し出をありがたく受けることにした。
その時に演奏したのはピアノバラード。
会長がピアノを弾き、俺が歌う。もともとピアノの名手である会長の音色に俺の歌が重なれば良いものになるのは目に見えていた。結果は大成功。俺と会長の名を校内に広げる結果となった。
「あの曲をやるの?」
「そう考えてます」
今回はバトルまでの日数が少ない。そのため、皆が知っているような既存の曲をカバーするしかない。オリジナルソングを歌うにしてもかなり歌いこんだものでなくてはならない。そういう点ではあの曲が現時点では一番なのだ。二人で作った曲。二人で歌いこんだ曲。俺はもう一度あの曲を歌いたいと思った。
「覚えてるの?」
「忘れるはずがありません」
あの光景は目を閉じれば浮かんでくる。あの曲は頭の中でいつでも再生できる。
「俺はもう一度あなたとあの曲を歌いたい」
「……わかったよ。もう一度あの光景が見れるんだよね」
「あれ以上の光景が見れますよ」
「ふふ、楽しみだー」
準備は整った。
ソラネ。俺の本気、見せてやるぜ。
どうもりょうさんです!
次回はソラネとのバトルに突入できるかと思います。次回をお楽しみに!




