ファーストライブ!
「さてと……」
俺の目の前にある机の上には、『ミュージックランド』と書かれたゲームディスクと専用の機器がある。CDプレイヤーのようなものにディスクを挿入し、メガネのようなものをプレイヤーに繋ぎ、そのメガネをかけてプレイするらしいのだが、いざプレイするとなると緊張してしまう。俺は、MSLどころかVRMMO自体初めてプレイするのだ。初体験というものは総じて緊張するものだ。いや、変な意味じゃなくて。
「まあ、緊張してても仕方がないか……。ものは試しだ!」
俺はプレイヤーにディスクを挿入し、メガネを繋ぎ、ベットに横になる。
「さあ!こい!」
メガネとプレイヤーの電源をONにすると、徐々にまぶたが下がってくる。
おおお……、なんかすげえ変な感じ。
浮遊感というかなんというか、なんとも言い表せない不思議な感覚が俺を襲う。次の瞬間、視界がぱっと開け、目の前には真っ白の空間が広がっていた。
「おお!なんかすげえぞ!……ん?ああ、アバターってやつを作るのか」
ここでアバターメイキングをするらしい。
ぶっちゃけてしまうと、俺はアバターメイキングを面倒くさいと感じてしまう。この工程に何時間もかけるような人もいるだろうが、俺はいつも適当に済ませてしまう。
「ん~。でも、VRMMOでは本当に自分の分身って感じだもんな……。いっちょ真剣に考えてみるか!」
現実の俺はそれほど格好良くない。自分で言っていても虚しくなってくるが、彼女がいたこともないし、告白されたこともない。おっかしいな~?仮にも天才と呼ばれているはずなんだが、そういう奴ってモテるんじゃないの?
まあ、それは置いといて。仮想空間くらい格好良くてもいいだろうと考えた俺は、少し真面目にアバターメイキングをすることにした。
「髪は黒だよな。日本男児たるもの黒髪じゃないと。あと、背はちょい高めで、肌は普通に日本人風。目はキリっとしてるほうがいいよな……。よし!こんな感じでいっか!」
普段は全てパターン1にしてしまう俺だが、今回は割と考えてみた方だ。本当ならば細部にまでこだわるのだろうが、普段が普段なのでこれでもこだわった方だ。
「さて!俺のMSLライフの始まりだぜ!」
「うおおおおおお!すげえ!なんだこれ!」
俺が初めに転送されたのは、会社のロビーのようなところだった。そこには多くの人がいて、賑わっていた。
「えっと、あそこにいる人に聞けばいいんだな」
俺が立っている場所のちょうど真正面に受付のような場所がある。まずはそこでこのゲームについての説明を聞くことから始まるらしい。説明書に書いてあった。
「どうも……」
「初めまして!ミュージックランドの世界へようこそ!初めての方ですよね?」
「はい。そうです」
「それでは、まずプレイヤーネームを決めてください!」
「プレイヤーネーム……」
そういえばまだ決めていなかった。
この世界での俺の名前だ。そうだな……。
「Rakuで」
「Raku様ですね!わかりました!それではこのゲームの説明を行いますね!」
俺のプレイヤーネームは『Raku』だ。楽斗の楽から取った。単純とか言うな!俺は意外と気に入ってるんだ。
「このゲームでは、音楽が全てを決めます。領土を奪うのにも、お金を稼ぐのにも全て音楽が関わってきます。最初のうちは資金がほとんどありません。まずは資金集めを始めることから行うのが良いかと思います」
「資金はどうやって集めるんだ?」
「最初のうちは路上ライブが主流でしょう。路上でライブをし、その演奏が客に響けばおひねりを貰うことができます。そのおひねりはそのまま自分の資金になります。おひねりは客が自分で決めるので、客の心に響けばその額は大きくなるでしょう。路上ライブの他には楽曲提供、楽器提供、バトル報酬といった方法もあります」
「なるほど。バトルとは?」
俺は受付嬢が言った言葉の中で引っかかった用語について聞いてみた。
「バトルとはプレイヤー同士で行う音楽バトルのことです。観客コンピューターの盛り上がりで勝敗を決めます。バトルには領土バトルとプレイヤーバトルがあります。領土バトルは中立地区のボスや領土のリーダーと行うものです。勝てば領土が手に入ります。プレイヤーバトルはプレイヤーとプレイヤーが行うバトルで、買った方には一定の報酬と、それとは別に双方が提示したものを相手から奪うことができます」
なるほど。プレイヤーバトルに勝てば勝利報酬とは別に、相手の楽器を奪ったりしたりもできるということか。
「あと、あまりオススメはできませんが……」
「ん?」
受付嬢の顔が少し曇る。
何か言いにくいことでもあるのだろうか?
「プレイヤーが領土を持っていたり、国主だったりすると、その領土内や国内にいる人間を奪うことができます」
「人……?」
「はい。倫理的にもあまり推奨はされていません。具体例を挙げるとすれば、奪った人間を奴隷のように扱ったりなどがあります」
そういうことか。
そりゃ推奨なんかされないわな。そんなことは、日本の常識的に考えてもありえない。
「Rakuさんもあまりされない方がよろしいかと」
「わかった」
もとよりそんなことするつもりはない。もともとソロで活動しようとしていたのだ、そんなこと考えもしなかった。でも、実際するような奴もいるんだろうな。こうやって説明するくらいだし。
「あとは説明を聞くより、実際に行動して慣れていったほうがよろしいでしょう」
「ありがとう。最後に一つ聞いていいいか?」
「なんでしょう」
「この世界の音楽は、胸に響くか?」
受付嬢はしばし考え込む。
俺は、音楽は耳で聴くと同時に心で聴くものだと思っている。耳に響き、心に響く。そんな音楽が俺は聴きたい。
やがて受付嬢は顔を上げると、口を開く。
「響きますよ。この世界の音楽の可能性は無限大です!」
「そうか!なら安心だ!」
楽しいMSLライフが送れそうだ。
「まずは路上ライブだっけな」
俺はロビーのような場所、『はじめの場所』をあとにすると街をフラフラしていた。この街は運営が管理しているらしく、誰も侵略することはできないらしい。さすが運営が管理しているだけあって、だいぶ栄えている。楽器や演奏CPUも売っている。
「ギターくらいは買えるかな?」
俺は近くにあった楽器店へと入る。
今の所持金は千G。多いのか少ないのかは定かでないが、たぶん少ないのだろう。この程度で買える楽器があるのだろうか?なかったら最悪アカペラでいいか。
「お?」
一本のギターが目に入る。
値段は九百G。残り百Gかぁ……。心許ないが、何故かそのギターから目が離せなくなった俺は、気づけばそのギターを手に取っていた。
「あれ~?お兄さん、そのギター買うの?」
「ん?」
俺がギターをジッと見つめていると、一人のプレイヤーが話しかけてくる。
「まだ決めたわけじゃないけど」
「安くしとくよ?見たところお兄さん初心者みたいだし」
「あれ?ここの店員?」
「そうだよ!ケイト楽器店の店主!ケイトだよ!」
そう言うと、青い髪をしたツリ目の元気そうな少女は親指を突き立てる。
そうか、ここはプレイヤーショップだったのか。
「それで?そのギター買うの?もともと安いけど、安くするよ?そうだね、六百Gでどう?」
「いいのか!?じゃあ買うよ!」
三百Gの値下げはこちらとしてもありがたい。今回はケイトの厚意に甘えることにした。
「毎度有り!路上ライブするんでしょ?店の前使いなよ。結構人通りあるから実力があれば稼げると思うよ?」
「そんなことまでしてもらっていいのか?」
「構わないよ。初心者には優しくするのが、私のモットーだからね!えっと、お兄さんの名前は?」
「ああ、ラクだ。よろしくケイトさん」
「ケイトでいいよ!よろしくねラク!」
俺とケイトは固く握手をする。初めて入った店がここで良かった。ケイトとは長い付き合いになりそうだな。
「さて……」
「楽しみにしてるね、ラク」
「期待に応えられるといいけどね」
さて、俺のMSL初ライブだ!ここは何で行くかな?ギターはアコギ。……よし!まずは!
「――――――すぅっ」
息を吸い込み、俺は歌いだす。
「ぶふっ!?」
後ろのケイトが勢いよく吹き出す。周りの客も吹き出す。よし、掴みはバッチリだ。
俺が、歌ったのは奄美民謡。奄美群島で歌われる民謡で、島唄とも呼ばれるものだ。島唄とは本来奄美民謡を指すのだ。グィンという独特のこぶしの一種を用い、ファルセットを多用し、音域が広いなどの特徴を持つ。
今回は奄美民謡に用いられる楽器がないため、ギターで代用している。いわば、奄美民謡とギターのコラボレーションといったところか。
「……ふぅ」
久しぶりに歌った為、不安もあったが、なんとか歌いきることができた。
「ラク、今の何?」
「奄美民謡だよ」
ケイトが目を丸くして質問してくるが、俺は平然と答える。
「ラクって奄美出身?」
「違うよ?」
「じゃあなんで奄美民謡!?」
「好きだから!」
「なんやねん!」
おーいケイトさん?関西弁出てますよ?関西出身なのかな?
まあ、いきなり奄美民謡を歌えばびっくりするか。
「まあまあ、次は違うの歌うから」
「はぁ、もうええわ……」
諦めたのかケイトは小さく肩を落とす。
それにしても、本当に関西出身なんだろうか?関西弁が抜けていない。
さて、気を取り直して。ここからが本番さ。コンサートはこれからさ!
「……ふ~!気持ちよかった!」
その後は、ポップスのアコギアレンジや、趣向を変えてギターの四つ打ちなんかもやってみた。
久しぶりに思いっきり歌ったり演奏でき、とても気持ちよかった。やっぱり音楽はいい!
「ラク……」
「おーケイト。どうだった?」
「どうだったじゃあらへん!あんた何もんや!」
「何もんって……。そんな化物みたいに」
目を見開いて俺に詰め寄るケイト。
ひぇぇ……。ケイトちゃんこわいよぉ……。
「あんたは天才や!国をつくりぃ!」
「おいおいケイト!どうしたんだ?国とか作るのにも条件があるんだろ?そう簡単に……」
「あんたならできる!」
「お、おうありがとう……?」
あまりの剣幕に押されてしまう。
「ん?」
ふと耳を澄ますと、ちゃりんという音がする。
すると、目の前にメッセージが現れる。
「おひねりをもらいました?」
「観客がおひねりをくれたんだよ」
「これがおひねりか……。なあケイト。相場ってどのくらいだ?」
「大体、二十Gくらいかな」
ほう、二十G。
おいおいおい!なんだよ!百G単位で増えていくんだが!?止まらないんだけど!?これは、黙っておいたほうがいいな……。
結局、四百Gだった所持金は五千Gまで増えた。なんか申し訳ないんだが……。
でも、嬉しいな。これだけの人が評価してくれたんだ。
俺は評価してもらうことが好きだ。酷評でも、いい評価でもだ。評価してもらうという事実が俺は嬉しいのだ。
「ひとまず、中立地区をめざすといいよ」
「そうだな。ひとまずはそうしてみるよ」
「頑張ってね。いつでも待ってるよ」
「おう!そのときは頼むぜ」
ケイトに別れを告げると、俺は五年経っても無くなっていないという中立地区を目指し歩き出した。聞くところによると、ワープゾーンというものがあるらしいが、ひとまずは歩いてみることにした。歩くこともゲームの醍醐味だと思う。
「と、その前に。一旦ログアウトして飯食ってこよう」
ログインしてから結構な時間が経ってしまった。
俺はひとまず宿屋でログアウトした。
「おう!おかえり!」
「親父……。いつの間に帰ってたんだよ」
ログアウトして、飯を食おうと一階に降りると、リビングのソファーに親父が寝転がっていた。その頭は母さんの膝の上だ。
「さっき!もうプレイしたか?」
「ああ、さっきまでしてたよ」
「どうだ?」
はん!そんなの決まってんだろ!
「面白すぎんだろ」
「ははは!だろ?」
どうもりょうさんでございます!
今回は、楽斗のファーストライブのおはなしでした!作中に出てきた奄美民謡は僕も大好きです!皆さんもぜひ聞いてみてくださいね!
それでは、また次回お会いしましょうね!




