合併
「はふぅ……。おいしいです」
「よかったなリンネ」
「はい!」
あの後、着替えを終えたソラネに連れられ俺達は会社の近くにある喫茶店へと来ていた。もちろんソラネは変装済み。立塚さんも付き添っている。とはいっても、ソラネの変装は帽子を深くかぶり、大きな黒縁メガネをかけているだけであり、いささか不安だ。
俺は普通より少し砂糖多めのコーヒーを、ソラネと立塚さんはブラックコーヒーを、リンネはカフェオレをそれぞれ頼んだ。
「それにしても、大きく報道されたもんだな」
俺は手元のスマホを見ながら呟く。
俺が現在見ているのは前に親父が見ていたMSLのあらゆる情報を知ることのできるサイトだ。俺達がリノにゃんに勝った翌日、そのことが大きくサイトで報道されたのだ。
「私のことも書いてあったわね」
「ああ、親切に写真付きでな」
この報道にはソラネが俺の協力者であることも書かれていた。ソラネはこのことを気にする様子はないが、この報道が与える影響は大きく、徐々にこれからの動きに注目が集まりつつあった。
「領土への所属希望者が後を絶たないらしいじゃない」
「一応今は全部拒否ってんだけどなぁ……。その噂も広まってるはずなのに次から次へと申請が来るんだよ」
あのバトルの後、俺は晴れて領土を手にしたわけだが、その次の日から所属申請が次から次へと舞い込んできたのだ。今現在は何があるかわからないためすべて拒否しているのだが、それでも申請が止まることはなかった。
「いっそのこと全部受けてしまったら?」
「簡単に言うなよ……。そんなことしたらどんな奴が入ってくるかわかんねえぞ……」
「冗談よ。まあ、面白半分で申請してきている人達もいるわけだし迂闊なことはできないわね」
「まったくだよ……」
ソラネの言う通り面白半分で申請を送ってきている者も必ず存在している。そこの見極めができればいいのだが、一人一人見極めていては時間がいくらあっても足りない。
「気苦労が絶えないわね。……人のこと言えた義理じゃないけど」
ソラネは額に手を当て溜息を吐き重い雰囲気を漂わせている。
「何かあったのか?」
「あの報道のせいで私がラクに協力していることがばれたわよね」
「そうだな。そりゃもうMSL内じゃ知らないやつはいないって程にな」
「それを知ったうちの幹部達が大揉めしてね。私に判断を迫ってきているのよ」
「判断?」
やはり協力的な奴もいればそうでない奴もいるってことか。そりゃそうだよな。いくら相手が嫌いな奴でも大きな影響力を持った奴に逆らうのはためらわれる。ましてや自分の崇拝しているソラネに悪いことが起こる可能性もある。協力的でないものがいるのも当たり前だ。
「うん。合併するのか、しないのかってね」
「そうか合併ね。……はぁ!?が、合併!?」
「そうよ。ラクへの協力に反対する声はあるにはあったけど少数だったし、その少数派は私が黙らせておいたわ。そこで浮上したのが合併問題。MSL内ではあまり行われない侵略目的の同盟を組むのか、いっそのこと合併して獲得した領土問題っていう後顧の憂いを絶つか。合併するならするで国主はどちらがなるのか。そういった判断を迫られているわ」
意味が解らん……。協力してくれるのはわかった。けど、どうしてそこで合併やら同盟やらの話になる?話の展開が意味不明すぎる……。
「スズの領土も合併したし私としてはすぐにでも合併したいんだけど」
あの戦いの後、会長の領土と俺の領土は合併した。会長自身領土を持つことにそれほどの興味はなく、何かと面倒くさいことになる前に合併しておきたいということでそういう結果となった。
しかし、それは小さな領土同士の話であってソラネの話は規模が違いすぎる。会長の領土からも脱退者が多く出たのだ。ソラネの国ともなれば暴動が起きる可能性だってある。
「といってもこの問題に関しては反対派の方が多いからなんとも言えないんだけどね」
「当たり前だろ。自分の所属している国がいきなりどこの馬とも知れない奴の領土と合併するとか反対意見が出ないほうがおかしい」
「でもメリットがないわけじゃないのよ?」
確かにソラネの言うこともわかる。ソラネの説得により協力関係を持つことが決まった今、普通ならば同盟を組むことになるだろう。営利目的ではなく侵略目的の同盟を組むということは必ず獲得領土問題が浮上してくる。別に俺は獲得した領土をソラネの国へ横流ししても良いのだが、ソラネはそれを許さないだろう。そういう面では合併というのはソラネの言う通り後顧の憂いを絶つことができる。
「わかってるよ。でも、それでも国民は納得できないだろう」
「そうね。だから私考えたの」
「何を?」
「納得させればいいのよ。バトルで」
「バトルって……」
「私とラクでバトルをするのよ。バトルで私が負ければ国民も納得するでしょ?」
確かにバトルで俺が勝てば国民も納得するほかないがそれこそ事が大きすぎる。
「もちろん私も手加減なんてしないわよ。全力でぶつからないと国民も納得しないからね。ついでに周りの野次馬達もね」
「事が大きすぎるだろ」
「アッキーに宣戦布告してる時点で充分大きすぎてるわよ」
言い返せないのが悔しい。
アッキーに宣戦布告をしているのも勿論大きなことだが、協力者にソラネが時点でMSL内の注目を釘づけにしている。
「師匠。バトルしちゃえばいいじゃないですか」
「簡単に言ってくれるなよ、リンネ……」
「ラクは私に勝つ自信がないの?」
「ん?あるよ?いくら相手がソラネでも負けるとはこれっぽっちも思ってないよ」
ソラネの挑発に当たり前のように答える。
確かにソラネはアイドル界の天才と呼ばれるにふさわしいポテンシャルと歌唱力を持っている。しかし、それが必ずしも無敵というわけでもない。俺自身ソラネに劣っているとは微塵も思っていないし勝負すれば必ず勝てると確信している。
「言い方がとてもうざいわね……」
「事実だからな!」
「まあいいわ。じゃあバトルするってことでいいわね?」
うーん。ソラネは引き下がるつもりなんてないだろうしこのまま押し問答してても仕方ないか。
「わかった。それで国民は納得するんだな?」
「もちろんよ」
「……最後に一つ聞いておく」
「なに?」
最後に一つ。これは一番重要なことで必ず聞いておかなければならないことだ。
「ソラネは自分の国が俺のものになってもいいんだな?」
ソラネの気持ちだ。
まだバトルはしていないが万が一のことがない限りソラネの国は俺のものになるだろう。国民はそれで納得するかもしれない。しかし、ここまで国を大きくしてきたのはソラネ本人であり、国の持ち主はソラネだ。ソラネ自身が納得しないのであればこのバトルを受けることはできない。
「勝ったつもりでいるのが少し気に食わないけど、私のことなら大丈夫よ。合併したほうが楽なのもわかってる。何よりも私はラクに託したい」
「そうか」
ソラネが納得しているなら俺がとやかく言うのも変だ。俺も覚悟を決めるとしよう。
「それに……」
「それに?」
ソラネは口角を上げ心底楽しそうに続けた。
「私はラクと本気で戦ってみたい。天才と呼ばれるラクに私の歌がどれほど通用するのか試してみたい。このままだと私は今の現状に満足してしまいそうだから」
ソラネの口から満足という言葉が出たことに俺は驚いた。
世界でも大きな人気を集め、多くの者達からもてはやされてもソラネはひたすら前進を続けていた。先程のレッスンを見ていてもそう感じることができた。女性ならば運動でも中多少なりとも身なりを気にしてしまうと思う。しかしソラネは額に大粒の汗を浮かべ、髪型が崩れようとも、音を追い続け踊り続けていた。そんなソラネが満足してしまいそうなどと口にしたことに俺は驚きを覚えたのだ。
「時々思うわ。もう立ち止まってもいいんじゃない?周りは満足して笑顔を向けてくれているじゃない。努力なんてもう必要ないでしょ?私は天才なんだからってね」
目標を持って努力をした人間は目標を達成した時、目標を達成したことに満足しその先に進む気力を失くしてしまうことがある。聖唱にもそんな生徒が多く存在している。コンクールに向けて努力をして金賞を獲得したことに満足してしまい、前に進めなくなってしまった生徒を俺は何人も見てきた。
ソラネがアイドルとして活動し始めた頃どんな目標を持ったのかはわからない。CDランキング一位?全国ツアー?世界進出?ソラネはそのすべてを達成してしまっている。天才が故の悩みか。
「だから、周りから天才と呼ばれようとどんな高みに登ろうと前に進むことをやめないラクと戦ってみたい。全力で、私のすべてをぶつけてみたいの」
俺と勝負できることへの楽しみ、自分の力を思い知る不安、ソラネの瞳には様々な感情がこもっていた。
そんな瞳を向けられては決心するしかない。
不安なら俺が背中を押してやろう。実力を知りたいなら完膚なきまでに叩きのめしてやろう。勝負を楽しみたいなら楽しませてやろう。
「任せろ……」
「え?」
「俺がソラネの背中を押してやる。なんなら引っ張ってやる。ソラネが立ち止まらないよう無理やりにでもな。この天才に任せておけ!」
俺はソラネの眼鏡の奥にある瞳をまっすぐ見つめ笑顔を向けた。
「……うん」
ソラネの向けてくれた笑顔はMSL内では見ることのできない優しくあたたかな笑みだった。
どうもりょうさんです!
またまた更新間隔があいてしまいましたね。いろいろと忙しいですが頑張ります!これからもよろしくです!




