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二人の少女

 「どうしたの?」

 「えっと……」

 大粒の汗を額に浮かべながら首をかしげるソラネ。その口調はいつもと違っていて、初めて俺達が会った時のようなものだった。

 「ソラネ……だよな?」

 「リアルでは空野音だけどね」

 「むむむ……」

 俺は思わずうなってしまう。ソラネの口調はいつものクールな女性!のような感じの口調ではなく、THE女の子!みたいな口調でこちらの調子が狂ってしまう。

 「あ、なるほど」

 ソラネは合点がいったように手をポンと叩くと改めてこちらを向く。

 「ラクはこっちの私の方がお好みかい?」

 ゆっくり口を開いた彼女の口調はいつも通りのもので胸のつっかえがストンと落ちたような感覚に襲われた。

 「いや、お好みとかそういう問題じゃなくてビックリしてただけだよ。どっちが本当のソラネなんだ?」

 「こちらの方よ。言ったでしょ?この業界では殆どの人がキャラを作ってるって」

 「まさかソラネまで作ってるとは思わなかったんだよ」

 普段俺と話しているときでもあの口調だったからな。ソラネはキャラ作りなんてしていないのかと思っていた。

 「じゃあ、初めて会ったとき口調が崩れてたのは?」

 あの時は確か女性らしい口調だった気がする。あの頃はキャラ作りしていなかったのだろうか?

 「己を賭けた戦いにギターが欲しい!って割り込んでくる人を前にキャラなんて作っていられると思う?」

 無理ですね、はい。

 「それは置いといて」

 え?置いとくの?もっと聞きたいよ?その話。

 「大人気アイドルを目の前にして感想の一つも言えないの?」

 「ああ……汗凄いな」

 グーで殴られましたとさ。いてぇ……。こいつMSLと同じ感覚で殴りやがった!

 「真面目に答えて」

 「殴ることねえのに……。可愛いよ。正直びっくりした。テレビで見ていても可愛いのは充分わかったけど、生で見るとやっぱ全然違うな。赤い髪が綺麗だ。意外と身長低くて可愛い。アイドルってやっぱすげえ可愛いんだな」

 「可愛いって連呼しすぎじゃない?」

 「実際思ったことを言ったまでだよ。可愛いと思ったんだからしょうがないだろ。あ、ちょっと赤くなってるのも可愛いな」

 「も、もういいから!」

 別に嘘を言っているわけじゃない。本当にソラネは可愛いし、最高に可愛い。大事なことなので二回言ったよ?

 「随分と大胆なお友達だねぇ」

 若干楽しみつつソラネを褒めていると、いかにもダンサーって感じのお姉さんがにやにやしながら話しかけてくる。

 「おっと、私は踊野(おどりの)。この子のダンスレッスンをしている先生だよ」

 「有音楽斗です。ソラ……空野さんとはMSL内でフレンド同士です」

 「君の話は音ちゃんからよーくよーく!毎日のよーに聞かされてるよ」

 「せ、先生!」

 ソラネは顔を赤くして踊野さんに詰め寄っている。

 え?ソラネってばどんな話をしてるの?変なこと言ってないよね?

 「安心しなよ。別に君の印象を悪くするようなことは聞いてないから。むしろ好印象になるように洗脳されてる気分だよ」

 「ふふふ。一理ありますね」

 「マネージャーまで!」

 なるほど。ここまでの会話を見るに、ソラネはこの三人の中ではかなりのいじられキャラのようだ。普段の凛としたソラネからは想像できないな。

 「それにしても……。顔はそうでもないね!」

 「ぐはっ……」

 踊野さん……。あんたストレートすぎるぜ……。俺の心を槍で突き刺すどころかハンマーでぶっ壊してきやがった!

 「先生。そんなことはどうでもいいんですよ。ラクの良さは顔とかそんなんじゃないですから」

 ソラネさん?それフォローになってないからね?遠まわしに顔は悪いって言ってるようなもんだからね?

 女性三人の顔だのなんだのとなんとも姦しい会話を時々心を痛めながら聞いているといつの間にか閉まっていた扉が開く。

 「あのぉ……。おねえちゃんいますか……?」

 扉から顔を出したソラネによく似た黒髪の少女が発した声を聞いた瞬間、俺の胸が大きく鳴るのが聞こえた。

 あれ?なんだこの感じ。無性に彼女の声が俺の胸を刺激してくる。いや、忘れるはずがない。幼い少年のような可愛い声。あのオドオドした態度。そしてこの胸の高鳴り。

 「あ、凛音。来たのね」

 「うん。あ、この人が?」

 彼女は俺を目で捉えるとソラネへと確認の目線を送る。

 「そうだよ。この人がラクだよ」

 「だよね。リアルでは初めまして。赤月凛音(あかつきりんね)といいます。会えてうれしいです。師匠」

 恥ずかしそうに身をよじりながら自己紹介をする凛音と名乗る少女。俺を師匠と呼ぶのはあいつしかいない。

 「リンネ!」

 「し、師匠!?」

 俺は思わずリンネを力一杯抱きしめてしまった。

 「うおおおお!生リンネだ!やべえ!超可愛い!リンネ。もう一回師匠って呼んでくれないか?」

 「うぇぇ!?し、師匠?」

 「なんだリンネぇ!お菓子か?お菓子が欲しいんだな!よし、今すぐ買ってくるからな!」

 「落ち着きなさい。馬鹿ラク」

 「いてぇ!」

 いや、調子に乗りすぎたのは悪いと思うけどスリッパで叩くのはどうかと思いますよ?どこから持ってきたの?それ。

 「もう……。一歩間違えれば犯罪よ?わかってる?」

 「お、おう。わかってるつもりなんだが、どうにも抑えられなくて」

 「師匠。わかってるならそろそろ解放していただけませんか?」

 「あ、悪い」

 そこでようやく俺はリンネを開放する。

 あぁ、リンネが行ってしまった……。

 「凛音ちゃんを溺愛してるとは聞いていたけど、まさかここまでとはね」

 「仲がよさそうですね」

 「いくらなんでも溺愛しすぎでしょ……」

 踊野さんと立塚さんが何か話しているようだが、そんなのは耳に入っていないことにしよう。

 それにしてもこの二人よく似ている。従姉妹同士ってこんなに似るものだったっけ?リンネを赤髪にすればどちらがどちらかわからないんじゃないか?身長はリンネの方が全然小さいのだが。

 「しっかし、中学生に師匠と呼ばせるなんて君もなかなか上級者だね」

 「上級者って人聞きの悪い……。ってリンネは中学生だったのか」

 「そうですよ先輩っ」

 え、なにそれ超可愛い。特に語尾上げると同時に手を後ろで組むのが超可愛い。

 「中学三年生になりました」

 「へぇ。受験生じゃないか。大変じゃないか?」

 「ばっちりです!師匠と遊ぶ時間を作っても充分受かります」

 なにこの子健気すぎてお兄さんニヤけちゃうよ。

 でも、受験生をアッキー討伐に巻き込んでしまったのは少々まずかったか。まあ、命がかかっているわけでもないし大丈夫か。最悪リンネの受験が終わるまで待ってもいいな。

 「ちなみにソラネは?」

 「二十歳だよ」

 「え?」

 「何?」

 俺は驚きのあまりマヌケな声を出してしまった。

 「まじで?」

 「嘘はつかないよ。ラクより全然お姉さんだよ?」

 おいおいウソだろ。いや、俺もハッキリと年齢を聞いたわけじゃないけどさ話している感じでは同い年位だと思ってたんだけど。二十歳って全然年上じゃん!

 「ラクはちゃんと確認することを覚えないとだめだよ?あと、私のこと調べたんならこれくらい知ってて普通でしょうに」

 「まあ、それはもっともなんだけど、調べたのは音楽関係のことだけだからさ。そういう個人情報は手つかずで……」

 「師匠らしいですね」

 「ふふ、そうだね」

 何がおかしいのかソラネとリンネは笑いあっていた。

 「そういえばソラネ。今日は仕事いいのか?」

 ソラネは大人気アイドルであり、超がつくほど忙しい身であるはずだ。俺とのんびり話していていいのだろうか?俺は少しの空いた時間だけ話せるくらいだと思っていたのだが。

 「何を言ってるの?ラクが来るっていうのに仕事なんて入れるわけないじゃない。二週間前から今日はオフって決めてたの。まあ、そこんとこの調整はマネージャーが頑張ってくれたんだけどね」

 「結構大変でしたよ。でも、音さんがオフを作ってくれなんて言うのは初めてだったので頑張りました」

 「まあでも、体を動かしてないと落ち着かないって音ちゃんが言うからさっきまでレッスンしてたってわけ」

 「そうだったのか。せっかくのオフなら休めばいいのに」

 「少しでも体を動かしてないと落ち着かなくて」

 ソラネは生粋のアイドルなのだと俺は感じた。俺が音楽に触れていないと落ち着かないのと同じのようだ。

 「そんなこと言って、有音君にいいところ見せたいからっていつも以上に気合入れてたくせに」

 「せ、先生!そういうことは言わなくていいんですよ!」

 「ごっめーん」

 全然反省してないな。

 でも、これは良好な関係だと思う。少なくともソラネは踊野さんと立塚さんを信頼している。俺にはそう感じられた。

 「ほら。レッスンはここまでにして早く着替えてきなさい。遊びに行くんでしょ?」

 「そうね。ラク、着替えてくるから少し待っててね」

 「了解。そんなに急がなくても大丈夫だぞ」

 「うん!」

 ソラネは元気に返事をすると走って更衣室へと向かっていった。

 急がなくてもいいって言ってるのに……。

 

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