彼女の動向
「いやー!まけたにゃ~!」
謁見の間にリノにゃんの幼い笑い声が響く。それはなんら問題はないのだが、本来見上げるべきはずであるリノにゃんを俺は見下ろしている。勝負に勝ったのだからそれは間違いではないのだが、俺としては違和感がぬぐいきれない。
「負けたのによく笑っていられるな」
俺の隣に立っているソラネが冷たい目でリノにゃんを睨み付ける。
しかし、その視線を受けてもなおリノにゃんは楽しそうに笑っている。
あの勝負の後、運営側から結果を伝えるメッセージが届いた。結果はもちろん俺達の勝利。その瞬間、リノにゃんの領地は俺のものとなったのだ。
その後はとんとん拍子で事が進んだ。領土バトル終了後、領内の人々は領内に残るか領土を出るかの選択を迫られる。領民には選択のメッセージが送信され、NOと答えればプロフィールの所属欄が空白となる。
結果、領民のほとんどがNOを選択。残ったのはほんの五十人ほど、これでも領土バトルでは妥当な数らしい。
そして、先程今回のメンバーで国主であるソラネ以外の所属が俺の領土となりすべて終わったと思われたのだが、問題が一つ残っていたのだ。それが今現在俺達の前で笑っている猫耳メイドだった。
本来領土バトルで負けた領主はその領土に所属せずフリーとなるのだが、目の前の少女はそれを拒んだ。俺の領土にそのまま所属する、そう言い出したのだ。
ぶっちゃけてしまうと勘弁願いたい。主にソラネがこいつと仲良くやれると思えない。今だってすんげえ形相でリノにゃんを睨んでるし。
「リノにゃんなら一から始めても領土は持てると思うけど?」
俺の言葉に嘘はない。一から始めるといったが領民のほとんどが現在フリーであり、全員がリノにゃんの信者。一から始めるどころか百から始めるのと等しいほどだ。
「別に自分の領土とかどうでもいいんだよにゃ~」
しかし、リノにゃんの答えは素っ気ない。もともと領土にこだわるタイプではないのか、それとも領土への興味を失くしたのかはわからない。リノにゃんはもう自分の領土を持ちたいという願望がないらしい。
「かつての仲間と対立することになるんだぞ?」
「そうだにゃ~。晶さんの信者に叩かれるだろうね~」
俺の領土に所属するということはすなわちアッキーと対立するということである。リノにゃんがアッキーの下に居たというのは周知の事実であり、アッキーの信者は裏切り行為とみなすだろう。それをわかっていてもリノにゃんはあっけらかんとした態度を崩さない。俺達と一緒に来ることにそれほどのメリットがあるのだろうか?
「それでも……。私はラク君、君についていくよ」
「……!」
リノにゃんから感じられたのは確固たる意志。先程まで見せていた外向きの態度はそこになく、俺達が初めて対面した時のような口調で俺にそう告げた。
「なんでそこまで?」
「音楽を楽しみたいって思ったんだよね」
「楽しむ?」
リノにゃんの言葉に冷たい視線を向けていたソラネも疑問の表情を浮かべる。
「もちろん、みんなの前で歌ったり踊ったりするのは楽しいよ?でも、それは人とのふれあいを楽しんでいるだけ。交流できる喜びを感じているだけ。音楽を楽しんでいるわけじゃないって思ったんだ。だから、純粋に音楽を楽しむ君達がうらやましくなった。君達についていきたいって思った。型は違うけど同じアイドルであるソラネちゃんが音楽を楽しんでいるのを見て、私もあんな風に音楽を奏でてみたいって思った。それが、君達についていく理由」
リノにゃんがこれ程までに音楽について考えていたことに俺は正直驚いていた。同時に嬉しくも思った。俺達の音楽を見て音楽を楽しみたいと、そう思ってくれたことに感動し嬉しくなったのだ。
「君も音楽好きだったんだな」
「愚問だよ、ラク君。MSLにいる以上音楽好きでないことはないんだから」
そうだった。俺は何をするためにここにいる?アッキーを倒すため?それもあるだろう。だが、最初はどうしてここに来た?決まってる。音楽を楽しむためだ。
「リノにゃん。君の領土所属を認めるよ」
「ありがとう。ご主人様」
「ご、ご主人様!?」
いきなりなんなんだ!?でも、なんかいい!
「領主様の方がいいかな?」
「ご主人様で!」
そっちもなんだかくるものがあるけど俺は断然こっち派だね!
「はぁ……。僕もご主人様って呼べばいいのかなぁ……」
「ラクは本当に馬鹿な奴だ」
「ラク君のばかー」
「はぁ……」
おっとデジャヴかな?ケイト?ため息はダメって言ったはずだぞ!それとリンネ?それはぜひともお願いするよ。
そんなこんなで俺達に仲間が一人加わったのだった。
「えっと……。たしかここらへんだったよな」
あれから数日が経ったある日、俺はある場所を目指して歩いていた。
株式会社ミリオンレコード。母さんが昔所属していたレコード会社であり、今現在ソラネが所属している会社だ。
ソラネとリンネを説得する方法として用いたお願いを聞くという約束を果たすためにやってきたのだ。
「それにしてもビルが増えたよな……」
俺は都会ならではの高層ビル群に圧倒されていた。会社の場所自体はわかるのだが、こう同じようなビルがたくさん並んでいては迷ってしまうのも仕方がない。昔、来たことがなければ確実にたどり着くことはできなかっただろう。
「お、ここか」
高層ビル群の中でも特に高いビル。この全てがミリオンレコードのビルだというのだから思わずため息が出てしまう。世界に羽ばたくアイドルであるソラネをはじめ、演歌歌手からポップス、オペラ歌手までを抱える大規模な会社。これを聞けばこのような高いビルになるのも納得できる。
「いざ入るとなると緊張するな……」
前回来たときは母さんも一緒だったため一人で来るのは初めてだ。普通の高校生が気軽に入っていける場所ではないため緊張度合も半端じゃない。
俺は意を決して大きな自動ドアをくぐる。
「ど、どうも……」
「アポイントメントはとっていらっしゃいますか?」
「あ、ソラネ……じゃなかった。空野音さんに呼ばれた有音楽斗と申します」
「確認いたしますので少々お待ちください」
「あ、はい」
なんとか受付のお姉さんに要件を伝える。お姉さんは口調は丁寧だがやさしい笑顔を向けてくれていたので、幾分か楽に話すことができた。
「確認いたしました。まずは社長室にとのことなのでご案内いたしますね」
「あ、お願いします」
受付からお姉さんが一人出てきて俺を先導してくれるようだ。
助かった。一人で行けと言われても迷う自信がある。それも考慮して上で井上さんが気を使ってくれたのだろう。
「こちらが社長室となります」
「ありがとうございました」
エレベーターから降りてすぐのところの大きな扉の前でお姉さんとは別れた。
扉をノックすると中から入ってくれと声がする。
「失礼します」
「やあ、楽斗君。久しぶりだね」
「音源の件ではお世話になりました」
「いやいや、どうってことないよ」
そういってやさしく笑うこの人物こそ、株式会社ミリオンレコード社長の井上さんだ。ソラネの音源の件ではお世話になった。
「まあ、空野君にはこっぴどく怒られたけどね」
「すみません……」
「ははは!構わんよ!それにしても、忙しい彼女の息抜きとしてMSLを勧めてみたが、まさか楽斗君と知り合いになるなんてね」
「僕もびっくりしましたよ」
そんなの俺自身が一番びっくりしている。MSLを始めた当初はソラネと知り合いになるなんて考えてもみなかったからな。
「これからも仲良くしてやってくれ。彼女には信頼できる音楽仲間が必要だからね」
「もちろんです」
「うむ。久しぶりに楽斗君の顔が見れて良かった。空野君はレッスン場に居ると思うから行ってみるといい。案内してくれる子を呼んであるからその子についていくといい」
「ありがとうございます。それではまた」
「ああ、いつでもおいで」
井上さんとの会話を終えると社長室を出る。すると一人の女性が立っていた。
「初めまして有音楽斗さん。私は空野音のマネージャーをしております立塚(たてづか)と申します。ご案内させていただきますね」
「あ、よろしくお願いします」
彼女が案内役をしてくれるようだ。マネージャーというよりは所属しているアイドルのような容姿をした可愛い女性だった。
「有音さんは聖唱の生徒さんなんですよね?」
「はい、そうですよ」
「実は私も聖唱の卒業生なんです」
「本当ですか!じゃあ、先輩なんですね」
「そうなりますね」
驚いた。聖唱の卒業生ということはこの人も音楽の才能を持つ人。じゃあなぜマネージャーをしているのだろうか。
「音楽にはさまざまな楽しみ方があるんですよ」
「え?」
「マネージャーもその一つ。成長していく音楽を間近で見ることができる。私はそういう方面で音楽を楽しみたかったんです。ふふ、どうしてマネージャーをしているのかって顔してましたよ」
「す、すみません!」
「いえ。聖唱の卒業生だと知った人はみんなそんな顔をしますから」
立塚さんは笑みを浮かべながらそう言った。その顔に後悔という文字はなく、今を全力で楽しんでいることが感じられた。
「天才と呼ばれるあなたは私の生き方どう思います?」
「俺のこと……」
「知ってますよ。私の友人には聖唱の職員もいますから。よく話を聞きますよ。今の聖唱には天才がいるって」
「恥ずかしいですね……」
まさか卒業生にまで噂が広まっているとは……。まあ、たしかに卒業生の先生も多くいるしこうなるのは必然だったのかもしれない。
「……立塚さんの生き方はアリだと思いますよ。僕も音楽の楽しみ方は自分で奏でるだけではないと思ってますし。僕の友人にも音楽評論家になるために聖唱に来たって奴もいます。要は、自分が楽しめるかどうかなんですよ。立塚さんを見る限り、楽しんでこの仕事をなさってると感じますし、いいと思いますよ。僕は」
音楽の楽しみ方は人それぞれだ。自分で奏でることに楽しみを覚える人もいれば、音楽を鑑賞することに楽しみを覚える人もいる。ならば、他人の成長を見ることに楽しみを覚えたっていいと思う。それがその人の楽しみで生き方ならば、俺はそれを尊重したい。
「……やっぱり天才はいうことが違いますね」
「まあ、天才ですから」
「ふふ。さあ、着きましたよ。ここがレッスン場です」
外からでも防音設備が整っていることがわかるレッスン場。ここにソラネがいる。
「どうぞ」
「はい」
俺はゆっくりと部屋の扉を開いた。
白い肌に大粒の汗を浮かべ、歯を食いしばりながら体を動かし、鮮やかな赤い髪を振り乱し踊る一人の女性がそこにいた。
俺はただ入り口で立ち止まることしかできなかった。
「……ふぅ。ははは」
深呼吸をして気持ちを落ち着かせても乾いた笑いが出てくるのみだった。それほどまでに彼女の放つ圧倒的な才能を感じさせるオーラは凄まじかった。
これが、世界に羽ばたくアイドル空野音。生での迫力は俺でさえも気圧されるほどだ。
「……すぅ、はぁ」
やがて鳴り響いていた音楽が止まりソラネ、いや空野音がこちらを向く。
「よくきたわね。ラク」
「……え?」
……あれ?なんかいつもと違うくね?
どうもりょうさんでございます!
ついに領土を手に入れた楽斗!そしてソラネとの邂逅!これからが楽しみですね!更新頑張ります!




