戦いの始まり
「でけぇ……」
俺達は目の前にたたずむ闘技場を前に動揺を隠せない。
アッキーに宣戦布告をしたあの広場と同じあるいはそれ以上の広さを誇り、それを囲むように観客席が用意されている。今にも闘牛や戦士同士の闘いが始まりそうだ。
このような闘技場はどの国でも存在し、国の力を見せつける大きな材料らしい。この規模からみて、アッキーの国の中でもこの領土は大きな力を持っているようだ。
「さすが大国。一領土でもこの大きさか。まあ、私の国のほうが大きいがな」
ソラネは威張るように胸を張る。
えぇ……。ここよりでかいの?改めて思うけど、巻き込んじゃいけない人を巻き込んでないか?俺。
「ふはは!でけえ!すげえ!この客席全部埋まるんだろ?やべえ!高まってきたー!」
一人だけ明らかにテンションの違う雅人。
なんでこいつはこんなに呑気なんだ……。いや、俺が言えた義理じゃないけど。俺も実はわくわくしている。しすぎて今にも発狂してしまいそうだ。
「し、し、師匠!帰っていいですか!?僕無理です!絶対無理です!」
いかん。リンネが緊張しすぎておかしくなってしまった。ここでリンネに脱落されては困る。よし!ここは師匠としてリンネを励ましてやるとするか!
「リンネ」
「ふぇ?師匠?」
俺の真面目な顔に少し驚きながら少しだけ落ち着きを取り戻す。
それを確認した俺はリンネをそっと抱き寄せる。
「し、師匠!?」
「大丈夫だ。お前の後ろには俺がいる。ソラネだって他の仲間もいる。みんなお前に期待してるんだぞ?その期待、リンネは裏切れるのか?」
なるべくやさしい声でリンネに言い聞かせる。
「できません……」
「だよな。そんなんじゃ俺の弟子失格だ。期待以上のものを見せてやれ!いいな!」
「はい!」
よかった。リンネの表情が明るくなった。これでひとまずは安心かな。
「まあ、歌うのは電波ソングだけどな」
「師匠のバカー!」
あ、やべえ。つい余計なことを口走ってしまった。
あーあ……。リンネの顔が一気に赤くなってしまった。こりゃ大変だ……。
その後、なんとかリンネを落ち着かせた俺達は控室へと通された。
もちろん控室の内装も大変凝っていて自分の持つ力の主張がうかがえる。
「もうそろそろだな」
ピンと張りつめていた静寂を切り裂くように俺のつぶやきが部屋に響く。さすがにここまで来ると全員緊張を隠せていない。先程まで騒いでいた雅人でさえ黙っていた。
「リンネ、いけそうか?」
「だ、大丈夫です。みなさんの期待には必ず応えます」
リンネは緊張を隠せないでいるがその目は闘志に満ち溢れていた。
「ラク、三曲目のことだが」
俺とリンネの会話が終わったのを見計らってソラネが口を開く。
「ああ、あいつが何かを仕掛けてくるとしたらおそらく三曲目だ」
今回バトルする相手はこれまでの一般プレイヤーとは格が違う。大国の下にある一領土とはいえ領主だ。安易に事を進ませるわけがない。俺もソラネもこのバトルでリノにゃんは何かしら仕掛けてくると考えている。それが何か解れば一番早いのだがぶっちゃけ想像もつかない。そのため、何か仕掛けてくると思われる三曲目について何も決めていない。
「最後はソラネに任せる。これに変わりはないよ」
「わかった。その時は頼んだぞ」
「任せておけ。ここにいる奴らはそんじょそこらの奴等とは違うからな!どんな状況でも何とかして見せるさ!」
俺の言葉に全員がうなずく。
三曲目についてはすべてソラネに一任してある。俺達はそれに必ず合わせると、そう決めたのだ。そしてこれは、ここにいる連中ならそれが必ずできるという俺の信頼の証でもある。
「演奏の名手と言われた俺に任せときなって」
どんな楽器でも自在に使いこなす校内一の演奏の名手が。
「私なら一人でも勝てるくらいだよー。まあ、任せておいてー」
音楽の女神と称される少女が。
「僕はおねえちゃんを信頼してるよ」
その幼い性格や声からは想像もできない表現力をもつ少女が。
「どんな楽器でも出してあげるよ!必要なら遠慮せずに言ってね!」
その独自の伝手を用い、良質な楽器を多く所有する少女が。
「この天才に任せれば万事解決さ。ソラネは前だけ向いていればいい」
全てにおいて天才である俺が。
「ああ、任せたぞ仲間達!」
そして、アイドル界に現れた天才少女が。
今、一つになる。
「会場にお集まりの皆様!盛り上がる準備はできているかー!」
闘技場の中心に立つ司会の煽りに超満員の観客は怒号のような歓声をもって応える。会場は揺れ、聞いている者の耳を破壊しようかという程の破壊力だった。
「ははは!元気だな!その元気を最後まで保ってくれよ!それじゃあいよいよ演者のみんなを呼んじゃうぜー!まずはみなさんご存じ!わが領土の領主であるリノにゃんだあー!」
司会の言葉に発狂を始める観客達。各々がリノにゃんへの愛を叫び、顔を真っ赤に腫らす。
「みんなー!今日は集まってくれてありがとにゃーん!」
その叫び声を包み込むような甘い声。その幼く、甘い声は会場のボルテージを更に上げるには充分な材料だった。
「リノにゃーん!愛してるぅぅ!」
「今日も可愛すぎるぜリノにゃん!」
「うおおおおお!拙者の愛を受け取ってほしいでござるぅ!」
さまざまな声が控えている俺達にも聞こえてくる。おい、最後の奴アイテム投げんな。なんか指輪っぽいぞ?そこまでするか……。
「続いて!挑戦者!謎のローブ集団!」
司会の言葉にざわつく観客達。
まあ、そりゃそうだよな。挑戦者が全員同じローブをかぶっているんだもんな。気持ち悪いことこの上ない。
「それではバトルの内容を説明いたします!曲数は三曲、ジャンルは自由です!今回のバトルは領土バトルとなっております!勝敗は観客の反応オンリーです!バトル開始の宣言をもって審査も開始されます!皆様、大いに盛り上がりください!説明は以上!それでは、バトル……開始!」
バトル開始のエフェクトが表示された瞬間、観客のボルテージは最高潮までに跳ね上がる。ここにいる全員がリノにゃんの勝利を確信して疑うことをしていない。そりゃそうだよな、ここにいるのはリノにゃんの領民なのだから。
「先行はリノにゃん!どうぞ!」
「いっくよーみんなー!みんなに最高の時間をお届けするにゃんっ!」
リノにゃんの一曲目が始まる。
一曲目は予想通り電波ソング。メイド服を揺らしながら歌い、踊る姿は多くの男性達の目線を奪う。
やべえ、超可愛い。アイドルや萌えという文化に疎い俺でも純粋に可愛いと思ってしまう程に彼女は可愛かった。すべての動きが男を刺激する。アップテンポな電波ソングに合う元気な少女のような声も耳をくすぐる。
「ヒトマサ……。いいな……」
「まったくだ……」
リノにゃんが一曲歌い終わる頃には俺と雅人はリノにゃんに釘付けになってしまっていた。
「男って単純だな」
「そうだねー」
「師匠……」
「はぁ……」
女性陣にはジト目で見られてしまった。
ケイトさん?溜息って地味に傷つくんだよ?覚えておこうね?
「さあ!続いてはローブ集団の演奏だ!」
最高潮まで盛り上がった会場が少しばかり落ち着いたように感じられた。観客の目線がこちらに集まっているのがわかる。期待か憐みか、その視線に何が含まれているのかはわからない。しかし、俺達にそんなものは関係ない。ただこいつらを楽しませることだけ考えれば良いのだ。
お前ならできるだろう?ソラネ。
俺達はローブを一斉に脱ぎ去る。
「みんなぁ~!今日は盛り上がっていってねぇ~!」
「よ、よろしくお願いしまーす!」
観客のざわめきは驚きへと変わる。
赤い髪に少しつり気味の目、髪の色と同じの赤い衣装にはリボンやフリルがたくさんついている。そんな彼女を知らないものなどいないだろう。
観客が驚くのも無理ない。そこにはアイドル界の頂点に君臨する一人の少女が立っているのだから。
「いくよぉ~!」
「ばんばん☆みらくるです!」
電波ソング界では知らない者がいないという伝説の電波ソング。それをいとも簡単に歌いこなす二人。しかもキャラを崩さずにだ。本当にすげえ奴らだわ……。
てか、ソラネの垢抜け具合がすげえ……。別人じゃん。
二人を見ながら俺は手元のギターに集中した。
俺達の編成は、ボーカルにソラネとリンネ、ギターに俺と雅人、シンセサイザーに会長、電波ソングに必要な電子音はケイトが担当している。ケイトは楽器や歌の才能はないが、機械にはめっぽう強いらしく打ち込みを自ら買って出てくれたのだ。ケイト曰く音を出すタイミングや楽器がわかっていれば楽勝らしい。ゲームと同じ感覚のようだ。今はノイズなどの音をタイミングに合わせて出してくれている。
会場は若干の戸惑いを見せているものの、体を揺らしてリズムをとっている者や手拍子で盛り上げようとする者もいる。タイプは違えどここにいる全員が音楽好きである。こうなることは必然だったのかもしれない。
「ふ~ん……」
ふとリノにゃんの方を見るとにやにやとどこか妖艶さを混じらせた笑みを浮かべていた。心底楽しいといった感情が伝わってくるようだった。
そうこうしているうちにこちらの一曲目も終了する。
観客の反応はまずまずといったところか。一曲目としては良い出来と言える。だが足りない。この程度ではリノにゃんに勝つことはできない。
「それじゃあ!二曲目いくにゃー!」
満面の笑みを浮かべたリノにゃんが腕を上げるとメイド服に身を包んだバックダンサーが出てきた。
すると、明らかに電波ソングとは違う曲調の音楽が流れだす。この曲は聴いたことがある。ソラネのことを調べているときに見つけた一人のアイドルが歌っていた曲だ。たしかこの曲は……。
「うおお!」
観客の大きな歓声と共に俺達の視線に飛び込んできたのはステージ上で激しいダンスを踊るリノにゃんの姿だった。
そう、この曲はあるアイドルがライブの見せ場として自分の得意分野であるダンスを披露するために使われていた曲だ。激しいアップテンポな曲調に低音から高音までの広い音域を必要とする難曲であり、それに加え激しいダンスを踊らなければならないという常人では考えるだけでも息切れしてしまう曲だ。そんな曲をリノにゃんは俺達の目の前で堂々と歌いこなしている。
おいおい……。二曲目から仕掛けてきてんじゃねえかよ……。二曲目は当初の予定じゃ電波ソングになっているけど……。どうする、ソラネ。
俺は少しの焦りを感じながらソラネへと視線を送る。
しかし、そこには焦りを浮かべるどころかまるで嘲笑うような笑みを浮かべたソラネがいた。俺達は忘れていたのだ。俺達の前に立つこの少女はとんでもない天才だということを。
そしてリノにゃんの二曲目は終了した。リアルで体を動かすわけではないが、それ相応の疲れのようなものを感じるはずなのだが、リノにゃんの佇まいからはそんなもの一つも感じられない。
俺達は改めてリノにゃんという人物の凄さを知ったのだ。
続いて俺達の二曲目だ。当初の予定と変わりなく電波ソングを奏で始める。しかし、目の前の天才少女は予定通りとはいかなかった。
「いっくよ~!」
先程までと雰囲気は同じ。しかし、そのパフォーマンスはまったく違ったものだった。
「お、おい。なんだあの動き」
「これって電波ソングだよな?」
「ああ、しかも踊りのないやつ」
そんなざわめきが立ち始める。皆一様に驚きを隠せないようだ。先程まで薄ら笑いを浮かべていたリノにゃんも顔を驚愕に染めている。
それもそのはず。この曲は間違いなく電波ソングであり踊りのない一ゲームの主題歌だ。そんな曲のはずなのに少女は踊っているのだ。しかも先程のリノにゃんと同等、あるいはそれ以上の激しい動きをしている。
ソラネはアイドルだ。それ故、歌だけではなくダンスも一級品。そんじょそこらのストリートダンサーなど目の端にも写らないほどだ。曲の後半になってもその激しい動きはとどまることをしらず疲れた様子を見せることもない。それもそのはず、普段のソラネはこのクオリティのダンスを三時間近く踊り続けるのだから。もちろんバラード曲などで体を動かすことのないこともあるが、それでも半分以上は動き続けている。彼女にとって一曲踊りきることなど造作もないことなのだ。
そして俺達の二曲目が終了する。
ハッキリ言ってソラネの独壇場だった。リノにゃんのダンスを最終的には薄めるほどにソラネのダンスはすさまじかった。その上キャラを壊さず、甘い雰囲気を残したままで歌も歌い切った。まさに完璧と言えるパフォーマンスだった。
「ありがとー!」
「うおお!ソラネー!」
「すげえ!すげぇ!」
ソラネの言葉に沸く観客。観客の心もがっしりと掴んでいた。ここだけ見ればソラネの大勝利だろう。改めて俺達はソラネの才能を再認識したのだった。
「僕、霞んじゃいましたね」
俺の隣へとやってきたリンネが苦笑いを浮かべている。
一応リンネも歌ってはいたのだがアイドルとしてのソラネが隣にいてはどうしても霞んでしまっていた。それでもリンネはそのことを理解して即興でコーラスへと回る機転の良さは素直に感心した。コーラスが有るのと無いのとでは全く厚みが違うのだ。
そのことを伝えるとリンネは照れたように頬を掻くのだった。
くそう。可愛いじゃねえかこの野郎。あ、リンネは野郎じゃなかったな。
「さて。問題の三曲目か」
そして問題の三曲目。二曲目から仕掛けてきたのだ、三曲目で仕掛けてこないということはないだろう。問題はどんなことを仕掛けてくるのかということだ。ふとリノにゃんを見ると先程まで驚きの表情だったのだが、今は不敵な笑みを浮かべている。
「来るな」
「ああ」
ソラネも何かを感じ取ったらしい。
「さあ!リノにゃんの三曲目だ!どうぞ!」
「いくにゃ」
語尾は変わらないのになぜか違和感を感じる。なんなのだろうこの違和感は。雰囲気が変わったといえばよいのだろうか、上手く言い表すことができない。何が起ころうとしているんだ?
「……これは」
ステージ上にはリノにゃんとピアノ奏者のみ。ピアノのやさしい旋律が闘技場を包み込む。ゆったりとした曲調に美しいメロディライン、そしてすべてを魅了するようなやさしい歌声。そこには完璧なバラードがあった。
バラード調のラブソング。ありがちだが外れのない選曲。だからこそ浮き彫りになる歌唱力。本気のリノにゃんが姿を現したのだ。
おいおい……。こんなのギャップ萌えどころじゃねえぞ……。
割とおとなしめなAメロが終わり徐々に盛り上がっていくBメロ。ピアノも鍵盤を叩く回数が増えていく。それにつれ俺達の心の奥底にある何かが湧き上がってくる。
そしてBメロが終了しサビへと突入した瞬間、俺の何かはそこで弾けてしまった。
弾けた何かは水滴となり俺の目からあふれてくる。なぜこんなにもあふれてくるのかわからない。止めようとしてもとめどなく流れてくる。感情表現が素直なMSLだからではない。たぶん現実世界でも俺は涙を流しているだろう。悲恋をテーマにしたこの曲に乗せた彼女のなんらかの気持ちが俺達に触れてくる。それに涙しているのは俺だけじゃない。会場全体が涙を流していた。
そして最後のロングトーンを歌い切ったリノにゃんは深々と頭を下げた。
それからたっぷり十秒の間の後、まるで地面を割るかのような歓声が巻き起こった。その歓声の中には俺をはじめとするこちらのメンバーの声も含まれていた。それと同時に俺は迷っていた。これに勝つにはどうすればいい?何を歌えばいい?まったく見当もつかなかった。ふとソラネに視線を向けてみると、そこには柔らかな笑みを浮かべたソラネがいた。そして、口を開き声を発する。
ソラネの口から発せられた歌詞には覚えがある。日本では知らない者がいないといわれるドラマの主題歌。曲のすべてがアカペラで構成されている主題歌としては珍しい曲。ほかの者にとってはそれほどの認識かもしれない。だが、俺には特別な思い入れがあった。
作詞作曲歌、有音美律(ゆうねみのり)。そう、この曲は母さんの作った曲だ。そして、俺が初めてコーラスとして参加した曲。
俺はすぐさま歌詞ファイルを呼び出し全員に転送した。ケイトを除いたこのメンバーなら即興でコーラスをつけることなど簡単なことだ。ケイトはこちらを一瞥すると一歩後ろに下がっていった。それを確認すると全メンバーの目線が俺に集まる。そして、サビに入る瞬間俺は皆に合図を送る。
闘技場内は静まり返って俺達を見ている。涙など流す暇もなく、ただひたすら俺達を見ているだけ。そんな異様な空間が広がっていた。だが、それを不快とは思わない。皆の表情が先程ソラネが浮かべていたようなやさしい笑みだったから。
演奏が終了し俺達が頭を下げたあとも拍手が鳴りやむことはなかった。
どうもりょうさんでございます!
今回は私の中では長いほうのお話でございます!切る場所が見つかりませんでした。次回は事後話というかそんな感じのお話でございます!お楽しみに!




