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下舂の鶉衣  作者: 古井雅
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盥漱-2

スランプ中に書くって大変ですね。凄い手抜きになってもできるだけ続けていきたいと思います。

どうでもいいですが今回の部分の大きさなんと7.77KBなんですよ、本当にどうでもいい。



 ベンチに座っていた水沢が目の前に現れた黒いモヤの塊に気がついたのはそのモヤの声だった。


「君は……何者なの?」


 その黒いモヤは、人間の輪郭を持ち、陽炎のように揺らめき実体の持たない黒色の雲のようなもので、大きさは水沢の背丈よりも少し大きいくらいのもので、成人の身長よりも少し小さく感じるほどのものだった。

 不気味過ぎる見た目なのだが、水沢はその黒いモヤから悪いものは感じず、むしろ自分と似たようなものを感じ、殆ど警戒せずに話しかけてくるモヤに言葉を返した。 

 

「え……えっと、僕はこの本を読んでたら成り行きで……」


 水沢はそう言いながら、ベンチに置いてあった白紙の絵本をモヤに向かって高らかに持ち上げた。

 今ひとつ意図の掴めない質問であったため、水沢はあえて言葉を濁してすべては語らなかった。とは言っても絵本を読んで、成り行きでこの場所に来たのは間違っていないわけで、何者かなど聞かれても自己紹介をするくらいしか言えることがなかった。

 そもそも何者という質問もおかしかった。見た目としては完全に普通の人間であるはずの水沢が、しゃべる黒いモヤに対して何者かを尋ねることはあっても、その逆は考えづらい。

 例えばこの異世界のような場所の生物で、人間という存在をよく認識していないのならばその可能性は十分にあるが、声色や口調からしてそのようなことも考えづらい。だから水沢は、悪意こそ感じなかったのだが反応に困った。


「本? この絵本? 君が描いた本じゃ……ないよね」

「学校の図書館にあった不思議な本なの! モヤさんは何者なの?」

「モヤさんって……僕のこと?」

「そうだよ! 何処からどう見ても真っ黒いモヤじゃん! だからモヤさん!」

「……僕は高峯准、信じられないと思うけど、僕も君と同じで人間だ」

「そう、なんだ」


 黒いモヤこと高峯准が人間だということを知っても、水沢は特に驚くことはなかった。それは水沢が感受性豊かの少年だったからなのかもしれない。高峯がどのような経緯でこの場所にいて、黒いモヤのようなものに変化してしまったのかは水沢には分からないが、それでも水沢は高峯のことを不審に思わなかった。

 昔から人の見る目には自信のある水沢は、高峯が悪い人間とは到底思えず、高峯の話について真剣に耳を傾けた。


「そうなんだって……君は僕の話を信じてくれるの!?」

「信じるよ。僕だって鏡に手を翳してこの場所に来たんだから、この際高峰さんが人間であったとしても不思議じゃないでしょ?」

「ま、まぁ……ていうか鏡って、この絵本の?」

「そうそう、その鏡に手をかざして、気が付いたらここにきてたの。本当にそれしか今わからないの」

「僕は全然違うんだ。僕はこの場所を何度も夢でみて、何十回も同じ夢を見ていたらこの場所から抜け出せなくなったんだ」

「夢から抜け出せなくなったって、これは夢ってこと? でもそれじゃあなんで僕はここにいるの?」

「僕が知るわけ無いだろ。ただでさえこの状況は意味不明なんだから」


 高峯はそういいながら、黒色の躰を水沢の横に腰掛けて小さく項垂れた。何処か哀愁の漂ってくるその姿に苦笑する水沢は、高峯を励ますように実体の存在しない彼の肩をぽんと叩き、彼に見えるように笑みを零した。

 その笑みについて水沢は何も語らなかったが、高峯は水沢の言いたいことを察したのか、項垂れた首を真正面に正し、話を水沢の持っている絵本に移した。


「その絵本、君の学校にあったんだよね?」

「うん。もともと読書が好きだったから、図書館にいることが多くてね、それでこの本を見つけたんだ」

「そっか……それで君はこの本に従ってこの場所に来た、そういうことか。君は……えっと....名前教えてくれる?」

「あ、僕は水沢涼平。東紅葉小学校の5年生だよ」

「東紅葉小ってことは、僕の住んでる所とは比較的近いね。僕は紅葉中だから、ひょっとしたらどこかで会ってるかもしれない」


 水沢が通っている東紅葉小学校のすぐ近くに紅葉中学校があり、一部通学路もかぶっているため、高峯の言うとおりどこかで会っているかもしれないという親近感が湧くと同時に、水沢と高峯は自分たちの住んでいる地域に着目した。

 水沢は絵本にかかれた行動をしてこの奇怪な世界にやってきて、高峯はこの場所をさまよい続ける夢を見続けた結果この場所から抜け出せなくなった、その二つには共通点はまるでなく、何故今この場所で会話出来ているのかすらも謎だった。

 その唯一関係の有りそうなものが住んでいる場所だった。


「じゃあ……僕らが住んでいる町に何かあるってこと?」

「今考えられることはそれぐらいだなぁ……なにせ僕がここまで来た経緯と、君がこの場所に来た経緯があまりにも違いすぎる。つまり、この絵本や夢以外の所で何か共通点がある可能性がある」

「高峯さんはこの場所にきてどのくらい時間が経つの? 僕はさっき来たばっかりなんだけど」

「准でいいよ。そうだなぁ……うーん……」


 高峯は水沢の問に対して、黒い輪郭の手を顔に当てながら言葉を濁した。

 そのあとすこし間を置いて、この世界のことを話しだした。


「実は、僕にもわからない。結構時間が経っていることは確かなんだけど……」

「どういうこと?」

「そっか、水沢君はここに来たばかりだから知らないのか。それなら僕の知る限り君にこの世界のことを教えるよ」

「この世界が何かを知っているの?」

「具体的には僕にもわからない。だけどこの世界は僕らが元いた世界とは大分勝手が違う。まずこの世界では昼夜という概念が存在しない。この世界は常に日暮れ、黄昏時なんだ」

「それって、夕方からずっと動かないの?」

「そうだ。この場所はずっと夕方、薄気味悪い色の夕焼けしか僕はみたことがない。僕がこの場所にきてどのくらい経ったのかわからないのはそれが原因なんだ。いくら時間が経過していても、この世界の景色はいつまでも変わらない。少なからず、時間感覚が壊れてきていることは確かだ」

「この場所と僕らのいた場所は全く別物なんだ……」

「そう考える方が妥当だろうね。それに、僕以外にもここに来たヒトはいるみたいだし」

「僕ら以外にも人がいるの?」

「あぁ、だけど皆、僕のように黒いモヤみたいになっているけどね」

「准さん、もっと詳しく聞かせてくれない?」

「詳しくって言われてもなぁ……」

「准さんの知っていることをまとめたものを教えて欲しいの!」

「分かった。僕がこの世界で知っていることはね、この世界には二つの生物がいることなんだ。一つは僕みたいにこっちの世界に来た人間、もう一つは元からこの世界にいた存在だ」

「元からいた存在?」

「君はまだ出会っていないかな。この世界には気味の悪い人型の生物が徘徊している。その存在は、何を聞いても話すことは一つだけなんだ。というよりも、個体によって話すことはひとつしかないんだ」

「それってどういうことなの?」

「君もあれと話すことがあれば理解するよ。ただひとつ言えることは、この世界の存在はひとつの個体に一つしか行動も言葉も与えられていないように感じる」


 高峯が言うにこの世界の存在は、一つの個体に一つの役割があてられているだけで、それ以外は何もしてこないものだという。水沢は高峯の言葉の意味を半分程度しか理解できていなかったが、なんとなく彼の言いたいことは理解できていた。

 非常に曖昧な存在であるこの世界と絵本、そして水沢と高峯の共通点、水沢は薄っすらとこの場所に来た要因が浮かんでいて、少し笑みを零した。本当に薄っすらとしかわからないが、本能的に水沢はこの世界の意義について理解し始めていた。


「僕の知っていることはこれくらいかな……って、何かおかしいことでもあったのか?」

「いや、なんか、楽しいの。理由はないけどね」

「……楽しい、か」


 無邪気な笑みを零しながらそう言った水沢に反応したのか、高峯は少し声のトーンを落としながら項垂れた。

 あからさまに気落ちし始めた高峯の様子を気遣うように、水沢は高峯の顔を覗きこもうとしたが、そこに映っているのは相変わらず黒色のモヤだけで、高峯の表情を見ることは出来なかった。


「どうしたの?」

「……いや、ここ最近楽しいって思えることがなかったなぁって想ってね」

「准さんさ、ここに来る前に何かなかった?」

「どうして?」

「僕さ、なんとなく分かるんだ。僕がここに来た意味とか、准さんがこの場所にいる意味とか。だけどすごく、曖昧でさ、僕もどうやって説明していいかわからないんだ。だから、准さんのことも聞きたいんだ」

「……今は、言いたくないかな」

「そっか。なら今はいいと思うよ。いつか僕に話して欲しいなぁ」


 水沢は、言葉を濁した高峯を咎めることはせず、彼の気持ちを汲んで何も聞こうとはしなかった。その水沢に感謝するように、黒いモヤの姿をした高峯は躰を水沢の方に向けて、水沢の顔を見つめた。

 その表情が水沢に届くことはなかったが、その表情が醸し出す切なげなものは水沢も感じ取ることが出来た。


「水沢君は、立派なオトナになるね、きっと」

「ん……そうかな……」

「どうしたんだ? そんなに目を擦って……」

「いや、なんかすごく眠くて」


 今まで会話を交わしていた水沢だったが、とある時期を境に強い眠気が水沢を襲った。

 先ほどまでは覚めきっていたはずの視界が徐々にかすれてきて、起きていられないほどの強い眠気に、水沢はそっと躰を横に倒して瞳を閉じた。


「え……水沢君? なんで唐突に寝るの?」

「ん、眠たい……ちょっと寝る」

「えー……」

 


 


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