部屋決まり!
別に家を出たかった訳では無いが成り行き上、大阪の大学に通う事になり奈良の実家を離れた。母さんには
「あんたには一人暮らしなんて無理やって」
なんて言われ続けた事も癪だったからという理由もあった。小さい頃から考えが楽観的で能天気、そんな俺のアダ名はのんちゃんだった。本名は高奥准なんだけど、どうしてかずっとこう呼ばれて来た。そんな俺が一人暮らしか…。
受験も終わった三月中旬、春休みということで遊びまくっている連中もいる中、まぁ俺もそれなりには遊びまくっていたのだが今日は一人パソコンの前に座っていた。そう、エロ動画を見るために…ではなく、下宿するアパートを探すために。数日前から探してはいるのだが、親の援助は一切受けられない中なのでバイトは必須になってくる。そんな中で食費なんかを考えると、やっぱり家賃は最小限に抑えたい。気分転換に黒髪ロングで、目がクリッとしてる俺の超タイプのアイドル、芽衣ちゃんのブログを見ていると、ブログ広告に目に留まるものがあった。
「理由あり物件!大阪市内格安アパート!至急入居者募集!」
何とも不思議な募集広告に惹きつけられた。俺は別に幽霊とかそんなのは信じないから、家賃が安ければそれで良かった。詳細はお電話にてなんて書いてあるから、とりあえず怪しいなとは思いつつも電話をかけてみることにした。
「あっ、もしもし? ネット広告を見たんですけど…」
すると、低めの声で、
「君もあの広告が見えてしまったか…」
と三十後半くらいの男の人の声が聞こえた。
「すいません、中原さんですよね? で、そのアパートやっぱ何か出るんですか?」
俺は全くそんな話に興味がないから適当に流してみた。すると向こうは
「はい、私がここの管理人の中原ですよ! まぁうちのアパート軽く三十人くらい人死んでますからね〜、どうでも良いって訳にはいきませんよ〜、まぁ嘘ですけどね、あはは」
と何だかヘラヘラした感じで返してきた。ほんとに大丈夫かこの人?
「で、どこが理由ありなんですか?」
「ああ、理由ね、そう! うちのアパートでは必ずアパート内の人と近所付き合いをしなければならないという決まりがあるの、ただそれだけ」
「どうしてですか?」
「うーん…、まぁ、あった方が楽しいからかな?」
理由をしばらく考えて、小さく答えた。何か大切な事を意図も簡単に流されたような感じがした。それに何だこのブロークンな感じは…。
「まぁ、とにかく部屋や土地条件は絶対に気に入ると思うから一回見に来てみてよ!」
と中原さんは念押して来るから仕方なく三日後、部屋を見に行く事にした。
この日は生憎の雨だった。警報寸前の大豪雨。行くのをやめようと思ったが、もう入学式まで時間も無いし、それまでに決めたいと思っていたから行くことにした。天王寺駅から徒歩十分もかからないとこに、その二階建てアパートは住宅に並んで建っていた。築何年とかはよく分からないけど、とりあえず薄黄色の外装とかはとても綺麗だった。一階の大家さんの家のインターホンを押そうとすると、後ろから濡れた傘でお尻を叩かれた。
「え、どゆこと?」
と後ろを振り返るとランドセルを背負ったツインテールの女の子が、ちょっと恐い目付きでこっちを見ていた。
「若いのに悪質商法とは、なかなか苦労してんねんな!」
その女の子の第一声がこれだったので俺は思わず笑って
「こんなボロボロのジーパン履いてセールスする人なんていないよ、もしかして大家さんの娘さん?」
と言うと、女の子の表情が少し柔らかくなり首を傾げて
「あれ? 新しい住人さん? もうここに決まったん?」
何故か不思議そうにそう尋ねられた。
「いや、まだ部屋を見に来ただけだよ、大家さんを紹介して」
と答えると、
「ここはやめた方がええで!」
柔らかくなった表情がまた固くなり、彼女はそう言った。どうしてかを聞こうとすると、また後ろから手を掴まれた。
「誰だ? うちの娘に手を出すにはダメな年齢だろ?」
と三十後半ぐらいのオッさんの声。後ろを振り返るとツーブロックにヒゲを生やした、声より若く見えるオッさんが立っていた。
「いや、三日前に連絡させてもらって、部屋を見に来る約束をしてた高奥ですよ」
そう冷静に答えると、
「何だ娘を狙いに来た、とんでもないロリコン野郎じゃ無かったのか、安心安心」
と笑いながら俺の肩をポンポンと叩いた。内心は誰がロリコン野郎やねん! と少しイラっとしたことは内緒で…。
「初めまして! 私がこの此花荘の管理人、中原です。これから世話になります」
「いや、世話になるのは僕の方でしょ? それにまだ決まってないし」
「ナイスツッコミ! さすが関西人やね! そう世話になるのは高奥君の方だね、でも多分ここに決めると思うよ!」
中原さんのヘラヘラ感は電話そのものだった。いやリアルの方が増しているかも…。そして、その変な自信はどこから来てるのか…。
「とりあえず部屋を見せてもらえますか?」
別に急かしてる訳では無かったが、とにかく部屋が見たかったので、そう答えた。気付けばランドセルの女の子は部屋の中に入っていた。
「分かった、とっておきの部屋を用意するよ」
と言われて案内された二階の部屋。開けた第一印象は、とにかく綺麗の一言だった。俺が呆然とその部屋を眺めていると
「どう気に入ったでしょ? 一人暮らしにはもったいないくらいの部屋」
「すいません、家賃はどんくらいなんですか?」
ウキウキを抑えられなかったのか、ちょっと声を張り上げ聞くと
「最初の三ヶ月間を一万五千円、四ヶ月目からは二万で敷金無し、これでどうかな?」
「本当にそんな安くで良いんすか? こんな綺麗な部屋」
「もちろん、そん代わり必ず守ってもらわないとあかん約束が…」
「ご近所付き合いですよね? それは任せてください!」
俺は部屋の設備などの良さに虜になってしまった。契約書にも近所付き合いに関する規定が書かれてあった。ここにどんな事を意味するのかを俺は知らないままサインした。