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懸想

異性に思いをかけること。恋い慕うこと。求婚すること。けしょう。<広辞苑・第六版より>

「青、ちょっと頼みたいんだけど」

配膳から戻って来た青に、狐面の青年こと白は珍しく改まった様子で声をかけて来た。

出雲に来てからずっと一人で行動していた青だが、最近はいつの間にか三人でいる事が多い。

青の後ろで、台拭き用の手ぬぐいを持った紅も話を聞いていた。

「どうかしたのですか?」

青の代わりに紅が尋ねる。

「青龍宮の最上階に、宇迦様っていう神様がいるのは知ってるか?」

「ああ、お狐さまのことですね」

青としては名に覚えはなかったが、紅の言葉で閃く物があった。

「稲荷の姫様?」

「そうそう」

頷く白は少し嬉しそうだった。

面の横から覗く耳もほんのり赤い。

後ろで紅が「まあ」と小さく呟き、こちらも頬を押さえて耳を赤くした。

どうかしたのだろうか。

「で、その神様が何か?」

「それなんだけどさ」

白は思い出したように袖口をあさり始め、青に向き直った。

「甘味を作って渡したいんだ。協力してくれないか?」

(買えばいいじゃないか)

そう言って断ろうとしたが、意思に反していつのまにか首を縦に振っていた。

青の手の上には、今日の男官の昼餉に出された甘納豆の袋がある。

(なんて単純な生き物だろう)

青は自分の甘味好きを疎んだが、改める気はさらさらなかった。

「よし、じゃあ買い出しに行くか」

面の下で満面の笑みを浮かべているであろう白に反して仏頂面の青は、午後から休みを貰い出雲国の町へ下りることになった。



翠麟が厨房を訪れたのは、紅を含めた三人が王宮を後にして間もなくのことであった。



***



よくよく考えてみると、青が城下町に降りるのはこれが初めてであった。

慣れたようすで軽快に石畳の上を行く白とは違い、色々と珍しいものに視線が行く。

イモリや蛙を軒先にぶら下げた乾物屋があった。怪しげな香の香りがする風水の露天があり、その脇にどう見ても人間用ではない大きさの下駄を扱う履き物屋があった。

脇道を見つけたので覗いてみようとすると、「その先は花街だ」と言って白に止められた。

黙って青の後ろについて来ていた紅が顔を真っ赤に染め、「あっちに素敵な反物屋がありますよ」と言って無理やりその道から引き離した。

昼間なので道の脇に一定の間隔で立てられた灯篭に灯は無く、恐らく今は蛍灯虫の寝床になっているのだろう。

すれ違う者たちもほとんどが人型をしておらず、その景色は青が知る田舎の風景や、一度だけ見た人間の国の城下町ともまるで違っていた。


「着いたぞ。ここだ」

王宮から出て大きな鳥居の下を三回潜り、丹塗りの橋を渡ってすぐのところで白が足を止めた。

そこは城下町の中でも一段と立派な構えの老舗で、店先で見覚えのある顔が掃き掃除をしていた。

「ああお嬢さん、先日はどうも。おかげで助かりました」

ぺこりと頭を下げた人の良さそうな人型の妖怪は、先日副料理長に怒鳴りつけられていた出入り業者のおじさんである。

青の作った神在餅で昼餉は事無きを得たので、夕餉用の果実だけを頼んで帰されていた。

もし青がいなければ大量のヨモギ大福を一刻で用意するという無理難題を押し付けられ、大損害を被っていたらしい。

「いいえ。私が勝手にやったことですから」

特に感慨もなく表情を変えずにそう言うと、おじさんはまるで神様を見るような目で青を見、その後に慌てた様子で店の中に誘い入れた。


店の中には、なじみ深い米や粟、稗などの穀物が並ぶ一方で、見た事もないような色の瓜や、何か奇妙な生き物が漬かった酒が普通に並んでいる。

季節外れの花が綺麗なまま塩浸けにされて置いてあるのにも目を奪われた。

「で、何を作ろうと思っているのですか?」

青は勝手に彷徨う視線を無理やり白のほうにむける。この調子では今日中に甘味が出来あがらない。

「悪い、考えてなかった」

その言葉を聞いて、帰ろうとしたが、縋るように腕を掴まれて動けなかった。

「いや、待ってくれ! 練り切りにしよう。綺麗だし」

適当すぎる、と思ったが、好きなように形を作れる練り切りは嫌いじゃなかった。

材料費を出すのは白であり、余った材料はもらえる約束なので文句はない。

「何がいるのか分からないから、後頼んでいいか?」

他力本願な白の言葉にも快く頷いておいた。

この調子ならたとえ多少材料を買いすぎたとしてもばれるまい。

贈り物でも買うのか「他の店を見てくる」と言って出て行った白を後目に、青は材料選びに没頭した。

練り切りといえば、白餡。

白金時豆に、砂糖は出来る限り不純物を取り出した白に近いものを。

後は餅粉、上新粉。

飾りはどうしようか、と店内を眺めた時、立ち尽くしている紅の姿が目に入った。

「どうしました?」

と声をかけると、こちらが驚くほど動揺した紅は何かを背中に隠そうとして、逆に足元に落としてしまった。

「……イモリの黒焼き?」

袋には確かにそう書いてある。

実在していたのか。たしか媚薬の類だったはず。

「ち、違うんです。これを白さんの甘味に入れたらいいんじゃないかと思って……」

「媚薬を?」

慌てる意味も言葉の意図も掴めずに首を傾げる。

予想していない反応だったのか、紅の方もあっけにとられたようにぽかんとした。

「え、だって……。白さん、お狐さまに……その…………懸想をしているのではないですか?」

紅の耳が少しずつ赤くなる。

「……ああ、そういうことでしたか」

ようやく我点のいった青であったが、紅は信じられないというように首を振った。

どうにも興味がないことには疎いようで、「やはり鈍感なのですね……」としみじみ言われた言葉にも反論できなかった。

しかし、“やはり”とはなんだ。まるで私が白の件意外にも何か見落としているような言い方ではないか。

気にはなったが、このままでは日が暮れるので再び視線を落とし、忘れかけていた材料選びに戻る。

そこでふと、綺麗にならべられたビン詰が目に入った。

(良い事を思いついた)

青はそこそこ値がはるビン詰を迷わず選び、染料に紅花を選んだ。

王宮に戻った後、白に店でつけてもらった額を教えると、白は顔を真っ青にしていたが知ったことではなかった。




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