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翠の憂鬱


時刻は昼過ぎ。午の三つ。

翠麟は、珪を連れて青龍宮をうろついていた。

丁度昼餉の刻でいつもは比較的静かな頃合いだが、今日はどうにも様子が異なる。

各部屋どうしはかなりの距離があるのに、それでも宮一帯からざわざわと騒がしい気配がするのだ。

何かあったのだろうかと、それとなく周りを気にかけながら歩いていると、突然後ろから勢いよく扉が開く音がした。

「翠、丁度よかったわ!」

控えた侍女を押しのけ、狐の耳をつけた神がひょこっと顔を出す。

宇迦うか様? どうされました」

上級神であり古参の稲荷はまるで子供のように目を輝かせ、侍女に何かを持って来させた。

それは金で牡丹の細工が入った汁椀であり、いつも青龍宮で使われている物であった。

「これがどうかしましたか?」

なんの変哲もない器。

そう思って受け取ると、その中身はこげ茶色の液体で満たされていた。

いくつかヨモギ色の草団子のような物体が浮かび、ほのかに甘い匂いがする。

「これは……甘味でしょうか?」

基本翠麟はいつも青龍宮の物と同じ食事をとるが、今までこのような品が出た事は無い。

(そういえば、今日の昼餉は宮を見回るから要らないと言って下げさせたな)

あの時に確認しておけばよかった。

何か不備があったのだろうかと宇迦を見ると、今度は洗った箸を持って来ていた。

「少し食べてみて」

怪訝に思いながらも促されるままに箸をとり、汁を啜る。

少し口に含んだところで、皆が騒いでいる理由がわかった。

「ね、美味しいでしょう?」

確かに美味だ。

いつものように、餡の味を堪能できる大福餅や羊羹もいいが、この甘味は小豆の風味を存分に味わう事ができる。

ヨモギの風味も殺さず、この素朴な味わいは王宮の甘味というより農村で村人が少しの贅沢として食べるような物に近い。

しかし王宮の上質な食材を使用し、それを生かしてここまでの味に仕上げ、なおかつこの寒い日に折り良く温かいものを用意したとなれば、主のちょっとした趣向としてまかり通る。

料理長の不在時に、粋な事をする者がいたようだ。

不意に、今朝少しの悪戯心でからかった無愛想な人間の少女の顔が浮かんだ。

かなり強引な手だったが、今夜の約束は結んだのだ。

(これも用意しておくか)

甘味が嫌いな女はそういない。

翠麟の美しい顔には、神をも惑わせるような蠱惑的な頬笑みが浮かんでいた。




***



最近、我が主人はどうにも気が立っているらしい。

今日もまた一段と大量に群がって来た女官や神々の相手をする翠麟を遠目に眺めながら、珪は重たいため息をついた。

「翠麟様、今日はどちらへ行かれるのですか?」

「少し大国主様のところへ」

大国主の宮がある朱雀宮へは部外者の立ち入りを禁止しているからと言って、毎回この理由で取り巻きを追い払う。

さすがにこう何日も同じ理由で邪険にされていては、いつか相手方が苦情を言いださないとも限らない。

神無月、大国主が各地の神を出雲に集めるのは、一年の『えにし』について話し合うためである。

伴侶の縁、子の縁、友の縁。それだけでなく、巡り合わせが関わる事柄の全てを決定し、縁を結ぶために各地の神を集めるのだ。

ひと月がかりの大仕事であり、その分負担も大きい。

日が沈んでから行われる会議に快く参加していただくために、神々の相手をするのも我々の大切な仕事である。

口を酸っぱくして再三言い聞かせているにも関わらず、それをないがしろにしている翠麟であるわけだが、

「もうしわけない」

と言いつつ、小さく微笑むだけで取り巻き達が頬を染めて離れていくのを見ると、珪としては複雑な気分なのである。

「で、今日はどちらへ?」

取り巻きたちがいなくなり、ようやく近づける段になって尋ねると、翠麟はあからさまに嫌そうな顔をした。

「厨房へ行く」

(ようやくか)

珪は何も口に出していないのに、翠麟は何故か睨むような視線をこちらに向けた。

神在餅が夕餉に加えられるようになって、もう三日が経っている。

その初日に例の人間の少女と約束を取り付けたが、その後彼女が麗宮を訪れる事はなく、何の音沙汰もないらしい。

頼んでもないのに色々な者から押しかけられていた翠麟としては、その理由を尋ねにわざわざ少女に会いにいくことをプライドが許さなかったのだろう。

これが主人の不機嫌の原因だ。

(特に害もないのだから、放っておけばいいものを)

最初は彼女に秘密事項を知られた恐れがあったために近づいたのだが、どうやら杞憂であったというのは三日前に確認がとれている。

しかし少女は、主人の気を引いてしまう何事かをやらかしてしまったようだ。

(仕事に障りがなければいいのだが)

心配になりながらも、真面目な従者である珪は翠麟の言葉に

「はい」

とだけ返し、寡黙であることに努めたのだった。





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