とびだせ!ちくわくん
「しまった」
冷蔵庫を開けた瞬間、俺はつい舌打ちした。
深夜残業で遅くに意識混濁して帰る日が続いており、中には残りわずかなマヨネーズとビールしかなかったのだ。
何か食べられるものは……と、チルド室の引き出しをあさると、中から出てきたのは四本入りの「活きちくわ」――ただし、期限は一週間前に切れている。
「いや、加工食品だし、いけるだろ」
パッケージに印刷された文字は「賞味期限」ではなく「消費期限」だったが、俺は気にしないことにした。今はもう他に食料がない。思い切って力いっぱい袋を破ると――
「ヤアアアアアアアア!!!!」
「わああああああああ!?!?」
開封されたパッケージから、一本のちくわが踊り出た。
比喩ではない。
本当に踊っている。
「は!? ……な、何……!?!?」
そのちくわには針金細工のような細い手足が生えていた。
そして目鼻口も生えていた。
イラストにでもすれば可愛いゆるキャラかもしれないが、現物を目の前にすると限りなく気持ち悪い。
「お願い、僕を食べないで」
「……いや……食いたくねえわ……」
もぞもぞと自立して動き回り、悲しそうに眉を寄せて懇願してくる謎の物体を食べようとするほど俺はチャレンジャーではない。そもそもこれは食い物なのか?
「おまえ、何なんだよ」
「知らないの? 僕、生きちくわだよ」
「そういう意味かよ!」
確かにパッケージには書いてあった、「活きちくわ」と。だが、それが「活きのいい生きたちくわ」だと思う消費者がどこにいる? 消費者センターにでも訴えればいいのか?
「ふんすふんす」
謎のちくわ生命体は、子供のような甲高い謎の掛け声とともに、テーブルの上でスクワットを始めた。
それを見ていて俺は強烈な頭痛に見舞われた。
「……夢か。夢なんだな。もう一度寝よう……」
今日は久々の休日なのだ。食べ物は何もないが、こうなったらもう一度布団にもぐりこんだ方が良いのかもしれない。生きちくわなんて馬鹿げた夢から一刻も早く醒めなければ。
「ふんす?」
「いいから黙ってろ!」
「ふんす~」
悲しそうな顔をするな。俺はもう忘れたいんだ。
「……そういやまだ残り三本あったな。他のも生きてるのか?」
「君がどうしても僕を食べると言うなら、何度でもよみがえるよ」
「残機かよ!」
「僕が死んでも代わりはいるもの」
「黙ってろ」
とにかくこの悪夢を断ち切ろう。包丁ではなく意志の力で。
まだ温もりのあるベッドに俺が再び横たわると、謎の生命体が布団の中にもぐり込んできた。
「どうしてもって言うなら……好きにしていいよ……?」
「勝手に入ってくんな!」
「……やさしくしてね?」
「うるせえ!」
「挿れるなら……はじめてはチーズがいいな……っ」
「アアアアアアアア!!!!」
これでは寝ようにも寝られない。悪夢が余計に悪化するではないか。
俺はベッドから飛び起き、財布とスマホをつかんで玄関を飛び出した。
きっとこれは疲労と空腹から来る幻覚に違いない。
早く何か別の食べ物を買ってこよう。それ以外に解決法が見当たらなかった。
エレベーターを待つ暇すら惜しみ、階段を駆け下りて俺は外に出た。目指すはすぐ近くのコンビニ。
――だが。
「ふんす! ふんす!」
聞き覚えのある、子供のような甲高い声。
それがいくつも重なって唱和する。
コンビニの店員も客も、
開店前のラーメン屋に並ぶ行列も、
道行く散歩中の犬も飼い主も、
すべてが同じ姿をしていた。
白くツヤのある肌に、少し焦げたような薄茶のまだら模様。
みずみずしい体の中央を貫く、風通しの良い一本の穴。
――世の中はすべてちくわに染まっていた。
俺は思わず膝から崩れ落ちた。
疲労で重かったはずの体は驚くほど風通しが良くなり、すり身のうっすらとした生臭さを自分の体に感じ取っていた。




