第一王子ジュリアンは、弟を王位につけたい
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レイモンドはこのところ、自身が側近を務める第一王子ジュリアンの不穏な空気をビンビン察知していた。
頭がよく剣の腕が立ち、気さくで周囲に慕われる、出来のよい王子だ。
今は亡き王妃の忘れ形見で、次期国王になることが期待される、王位継承権第一位の王子。
少々素直で優しすぎる性格や、時に視野が狭くなる傾向はあるが、周囲がカバーできる程度の欠点だ。
と、みなが次代に安心と期待を持つ中、当のジュリアンだけが異を唱えていた。
国や民のためには、側妃の子である第二王子が王位に相応しい。
冷静沈着かつ公平で、王たる器を持っている。自分は彼を補佐する、と。
確かに、第二王子もジュリアンと同じくらい、素晴らしい王子である。
同じくらいならば、生まれ順に与えられるのが、継承権というものだ。それを覆そうと、彼は躍起になっている。
とはいえ、うまくいっているとは言い難い。
やたら素地があり頭が回るため、公務も執務も滞りなく、何なら改善とかもやっちゃう。
おまけに根が真面目なので、王子の役割をサボるなんて、思いつきもしない。
知恵を絞り、弟が王位に就いた際の国益予測を、簡潔明瞭かつ具体的なデータにして弟の優秀さを陛下に訴えるも、『先々の国益を見通す才こそ王に必要である』と一蹴されたこともある。
あれはもはや、ただの弟自慢と語り継がれている。
レイモンドの主は、つくづく不器用でどこか不憫な、憎めない人なのである。
ジュリアンの側近で乳兄弟でもあるレイモンドは、彼の婚約者サンドラや第二王子とも幼馴染だ。
なので、このあたりで二人にあれこれを相談した。
視野狭窄に陥っているジュリアンは、一心不乱に王位を弟に譲ろうとしているから、彼らとて他人事ではない。
「普通は、王位を争うものなんだけどね……」
苦笑する第二王子に、レイモンドは強く頷いた。何だ、弟を王にするための画策って。
ジュリアンは心底、この国と民を愛していて、だからこその熱意なのが厄介だ。
一方で、陛下は最愛の亡き王妃の忘れ形見に拘っている。
が、サンドラも第二王子もレイモンドも、どちらかと問われれば、もちろんやる気のある国王の方がいい。
次代を担うのは、陛下でなくレイモンドたちなのである。
なので、三人はジュリアンに先走らないよう忠告し、それぞれの家門に協力を仰ぎ、諸々の根回しに奔走して
……いる時に、ジュリアンがやらかした。
「公爵令嬢サンドラ! きみとの婚約を破棄しようと思う! 私は……真実の愛を見つけたいっ!」
社交シーズン真っ只中、王宮で開かれた夜会の場である。
王族の登場よりだいぶ先走って駆け込んできたジュリアンは、緊張の面持ちでそう叫んだ。
当然、周りは騒然。
今年こそ婚約者をゲットするため、今夜は子爵令息として先に入場していたレイモンドは、思わず目眩を堪えた。
「あぁんの馬鹿……っ!」
何だよ、見つけたいって! 見つけてから言えよせめて! 馬鹿正直者が!
レイモンドは走った。ジュリアンの傍にたどり着き、首根っこを捕まえたところで、ドレスの裾を捌きながらサンドラも到着した。
いや、最初に呼び出せよ! サンドラ様、息切れてんじゃねーか!
「ま……っ、まあ! 殿下もっ、素敵なっ、ご冗談をおっしゃいますのねっっ!!」
何とか声を絞り出したサンドラが、カッスカスに掠れながら高笑いをして見せる。
周りには、いつも通り凛として見えただろう。……見えたかな? 見えたらいいな……。
周囲がざわついている隙に、ほぼ引きずる勢いでジュリアンを会場から引きずり出し、第二王子が入れ替わりに場の収束を図る。
レイモンドは主君を引っ立てながら、毛を逆立てるサンドラの後ろを付いて、廊下を移動する。
扉の前で入場を待っていた陛下も、側妃と一緒に回れ右をして、執務室でお待ちだという。大変申し訳ない。
顔色の悪い騎士に取次ぎを頼み、全員で礼をとって許可と同時に執務室に入る。
途端、サンドラの扇子がジュリアンの腹に直撃した。
レイモンドは、即座に視線を逸らす。ボクは何も見てイマセン。
蹲ったジュリアンの前に、片足を立ててしゃがむドレス姿の令嬢は、右手で婚約者のクラバットをむんずと捕まえた。
おお、勇ましい……。さすがです、姉御。
「いいこと、ジュリアン。よくお聞きなさい」
ドスの効いたサンドラの声に、いつもそうしているようにジュリアンは素直に頷く。
ほんと、そういうとこなんだよなあ……。レイモンドは嘆息した。
「あなたが、どれだけ深く弟のことを想っていても、どれだけ真剣に国や民を愛していても、特定の人間や家門を貶めた時点で、すべてが虚構になるのよ」
「……でも、もう私自身の価値を落とすしか」
「馬鹿じゃないの。わたくしの大切な幼馴染に、なんてことをするのよ」
「…………」
「王子に婚約破棄された令嬢と、わたくしに瑕疵を負わせたいの?」
まさか! と叫ぶジュリアンは、サンドラでなく自身の有責になるよう、あの宣言の文句を考えたのだろう。
それはわかる。わかるが、やはり視野狭窄が末期だ。
「なら、そこで大人しくしてなさい。いいわね?」
扇子で指し示された壁際に、ジュリアンは素直にてくてく歩いて行った。お、おう……。
苦い顔の陛下と、困ったような笑みを浮かべる側妃に向き直ったサンドラは、凛と背筋を伸ばした。
「おじ様、大変失礼をいたしましたわ」
陛下の末妹を母に持つサンドラは、姪である。ここが私的な場であると示した上で。
「ジュリアンを王位継承者から外し、わたくしの婿にください。ついでに、伯爵位か子爵位もください」
さすがは豪胆苛烈なサンドラ姐さん、ついでに強請るもののスケールが違う。レイモンドは心の中で唸った。
「真実の愛を見つけたいんですって。まあ、それはおいおいやっていただくとして、婚約破棄はするべきではありません。あれは茶番、演し物として押し通すべきです」
「うむ……」
「それはそうとして、まあご覧になった通り、彼の視野狭窄は少々常軌を逸しておりますの。弟とこの国が大好きでたまらないんですわ。方向性はどうかと思いますが、気持ちだけは本物です」
「……ううむ」
「まったくこの子ったら、放っておいたらどこへ突っ走るかわかったものではありません。国王なんて、とてもとても……ご高名な賢王たるおじ様の跡を継ぐには、ちょっと心許ないのではありません?」
もはや母親的な目線である。
陛下を上げつつ、やんわり思考を誘導する見事な手腕を王妃として活かせないのは残念だなと、レイモンドはちょっとばかり思うのだが。
「わたくしとジュリアンは、第二王子殿下の最も忠実な臣下として、この国を支えてまいりますわ。おじ様、どうかご一考くださいませ」
「そうだな……」
「おじ様、会場に戻ったら驚かれると思いますわ。わたくしの予想ですが、きっと綺麗さっぱり茶番劇はネタになっていて、今シーズン最高潮の盛り上がりになっていることと存じます。第二王子殿下の手腕は確かですわ」
本人の預かり知らぬ場所で、第二王子へのハードルが爆上がりした。大丈夫だろうか。ちょっとそわっとしてしまう。
「ジュリアンは、本当はわたくしと婚約破棄なんてしたくないのです。ね?」
鋭い眼光で見据えられて、壁際のジュリアンはこくこくこくと高速で頷く。逆に嘘っぽくなるからやめろ。
幼馴染以上の情はなくとも、ジュリアンとサンドラの仲は至って良好だ。
破れ鍋に綴じ蓋というか、息ぴったりの熟年夫婦くらい自然に隣り合っている。男女の愛……きっとこれからだこれから。
結論は後日ということになり、この日はいったん会場に戻った。
サンドラの無茶ぶりにも関わらず、第二王子は文句なしのやり手だった。
一体どう言いくるめたのか、ジュリアンと婚約者の『流行りを取り入れた演し物』は、参加者たちに大層ウケており、本人たちの再登場に熱気は最高潮に達したのだった。
第二王子の頬がげっそりしている気がしたので、レイモンドはこっそり精力剤を差し入れた。
後日。
ジュリアンは、即日サンドラと婚姻。臣籍降下し、一代限りの侯爵位を賜った。
領地はなく、生涯王宮にて国王また王族の補佐を務めるのが役割だ。
水を得た魚とはこのこと。一転して生き生きと覇気が漲る様に、陛下は少し気落ちされていた。
サンドラは、年頃の淑女を集めて『誰もが妃級サロン』を設立。
元は第二王子の婚約者を選出し教育する場だったが、国中から希望者が殺到したため、場所を学園に移し教育枠の一つとなった。
婚約者が決定したあとも、淑女たちの能力向上により国力を上げると意気込んでいる。
第二王子は、無事に立太子され、次期国王として励んでいる。
兄への心配や後ろめたさがなくなったためか、こちらも生気に溢れガンガン改革に着手しているので、きっと我が国は安泰だ。
そして、レイモンドはなぜか宰相閣下に引き抜かれ、彼の下で日々熾烈な教育を受けている。
たかが子爵令息には荷が重い。爵位なんかどうとでもしてやるとか、やめてクダサイ。
でも、悔しいかな。やりがいだけはめちゃくちゃあるのだ。
婚約者? 聞かないで……。
お粗末様でございましたm(*_ _)m




