第7話 勇者の影
境界での小競り合いから数日。
魔王城には、人間との戦闘に関する報せが次々と舞い込んでいた。
「北方の砦が落ちた」
「勇者と名乗る者が先陣を切ったそうだ」
「人間の士気は、かつてないほど高まっている」
兵たちのざわめきは不安と怒りを孕み、城の空気を重くする。
その中心で、アズは冷静に耳を傾けていた。
「勇者、か……」
低く呟く声。
その言葉が、俺の胸に深く突き刺さった。
――勇者。
心臓が不規則に跳ねる。理由は分からない。だが、その名を聞いた瞬間、頭の奥で何かが疼いた。
かつての世界。白い蛍光灯の下で見た誰かの横顔。断片的な記憶が、霧の向こうから浮かんでは消える。
「レイ」
「……っ、ああ」
アズに呼ばれ、はっと顔を上げた。
「顔色が悪いな。勇者という言葉に、何か思うところがあるのか?」
「いや……分からない。ただ、妙に胸騒ぎがする」
アズはしばし俺を見つめ、やがて小さく頷いた。
「ならば用心しろ。胸騒ぎは時に兆しだ」
その夜、魔王城の高台から赤い月を眺めていると、黒甲冑の兵がやってきた。
「レイ。噂は本当らしい。勇者は若き男で、剣を握った瞬間に光を放ったと」
「光……?」
「ああ。人間どもは“神の加護を受けし者”と呼んでいる」
兵は肩をすくめて去っていった。
残された俺の耳には、“若き男”という言葉だけが焼き付いていた。
(もしかして――)
考えたくない予感が胸を掠める。
もし勇者が、俺と同じ“転生者”だったら。
もしあいつが、かつて俺の知っている誰かだったら。
赤い月が、いやに冷たく光っていた。




