第6話 境界の火種
魔王城に仕える日々が続き、ようやく「側近」として周囲に認められ始めた頃。
俺とアズに、初めての“本格的な任務”が与えられた。
目的地は魔王領の北境。
人間の領地と接する森で、最近ヒトの偵察隊が度々目撃されているという。
「人間か……」
馬に似た魔獣に跨りながら、俺は息を吐いた。
魔王領で暮らすようになってから、ずっと耳にしていた言葉――“ヒトは敵”。
だが俺自身もヒトのはずなのに、いまや魔族の鎧を身にまとい、剣を腰に下げている。
「顔が曇っているぞ、レイ」
隣でアズが言った。
「いや、ちょっと考えてただけだ」
「ならば剣を振れ。迷いは剣先を鈍らせる」
短く言い放つアズの言葉に、苦笑がこぼれた。いつも通り、真っ直ぐすぎる。
やがて境界の森に入ると、焦げ臭い匂いが漂ってきた。
斥候の魔族兵が駆け寄る。
「アズ様! 村が――襲われています!」
急いで駆けつけると、森の中の小さな集落が燃えていた。
村人たちが逃げ惑い、矢が降り注いでいる。矢羽は人間のものだった。
「くそっ、もう始まってやがる!」
黒い甲冑の兵が叫び、剣を抜く。
木立の影から人影が現れる。鎧に身を包んだ兵士たち――間違いなくヒトだ。
「退け! ここは我らの領だ!」
「ふざけるな! この地はもともと人間のものだ!」
罵声が飛び交い、剣と槍が火花を散らす。
俺は咄嗟に村人を庇い、剣を振るった。
初陣の魔獣よりも恐ろしい。相手は“人間”だ。俺と同じ、かつていたはずの存在。
迷いが生じる。
だが、その一瞬で鋭い刃が迫った。
「レイッ!」
アズの魔法が閃き、敵兵を吹き飛ばす。
その背を見ながら、俺は歯を食いしばった。
今さら迷っている場合じゃない。
「俺は……俺はアズの側近だ!」
声を上げ、剣を振るう。
血が飛び散り、敵兵が倒れる。胃の奥が軋むように痛むが、足は止まらなかった。
やがて人間兵は撤退していった。
炎の残る村で、アズは静かに呟く。
「境界は揺れている。……近いうちに、大きな戦が来る」
その横顔は、まだ幼さを残しているのに、どこか冷たい影を落としていた。
そして俺の耳に、村人の声が届いた。
「最近、人間の国で“勇者”が現れたと噂されています……」
勇者――。
その言葉は、胸の奥に冷たい刃を突き立てた。
ただの噂にすぎないはずなのに、なぜか心がざわついてならなかった。




