第2話 魔族の訓練場
翌朝、五つの鐘が鳴るよりも前に目が覚めた。
床は硬く、寝心地はいいとは言えない。それでも、昨日の出来事を反芻するうちに、眠気はとうに吹き飛んでいた。
扉が開き、黒甲冑の兵が入ってくる。
「起きろ。訓練の刻だ」
声は低く、乾いている。だが昨日よりも刃のような警戒心は和らいでいた。
無言でついていくと、城の裏手に広がる石畳の広場に出る。そこにはすでに何十人もの魔族の兵士たちが整列していた。
赤い月明かりに照らされる鍛錬場は、熱気と殺気が渦を巻いている。
大剣を振るう巨漢、槍を操る女戦士、魔力をまとった獣人。いずれも人間社会では伝説に語られる存在ばかりだ。
(……やばいところに来ちまったな)
心臓の鼓動が早まる。
その時、背後から聞き慣れた声が響いた。
「遅くはなかったな、レイ」
振り返れば、アズがいた。昨夜と同じ外套姿、だがその雰囲気は一段と研ぎ澄まされている。
兵たちの視線が一斉に集まる。王の血を継ぐ者――次期魔王の登場だ。
「今日からこいつも共に学ぶ。名はレイ。外から来たヒトだ」
ざわめきが広がる。
「ヒトだと?」「敵ではないのか」
不信と敵意が混ざり合った空気が、肌を刺すように痛い。
「黙れ」
アズの一言で、ざわめきは収束した。
少年でありながら、その声には逆らえぬ威が宿っている。
「レイ。まずは剣を取れ」
黒甲冑の兵が一本の練習剣を投げてよこす。ずしりと重い鉄の感触。握った瞬間、手のひらに汗がにじんだ。
「……俺は剣なんて――」
言い訳を飲み込む間もなく、掛け声が響く。
「かかれ」
巨漢の兵が突進してくる。刃が唸りを上げ、頭上から振り下ろされた。
反射的に剣を掲げる。衝撃で腕が痺れ、膝が折れそうになる。
次の瞬間、蹴り飛ばされ、石畳に転がった。肺から空気が抜け、視界が白く霞む。
「ヒトに戦えるわけがない」「やはり足手まといか」
周囲の嘲笑が耳に刺さる。
だが、立ち上がった瞬間、アズが言った。
「倒れるな。立て、レイ。――親友ならば」
親友。
その言葉が、不思議な力を与えた。
巨漢が再び突進してくる。今度は踏み込みを外し、横へ飛ぶ。剣が石畳を砕き、破片が宙を舞う。
反撃は拙い。だが必死に食らいつく。何度も叩きつけられ、それでも立ち上がる。
気づけば、笑っていた。
恐怖も痛みも、全てを突き抜ける熱が胸にあった。
「いい目だな」
巨漢が口角を上げる。次の一撃は容赦がなかったが――それを受け止めた瞬間、確かに何かが通じ合った気がした。
訓練が終わる頃には、兵士たちの視線は変わっていた。
嘲笑ではなく、認めるような眼差し。
アズが小さく頷く。
「悪くない。お前は倒れても立ち上がった。――それで十分だ」
その言葉は、不思議と誇らしかった。
名も忘れた俺にとって、初めての“存在の証明”だったからだ。




