南方朱雀編 第三話「愛と罪と、朱の記憶」
夢を見ていた。
かつての戦。終わりの火。崩れ落ちる寺。
燃え盛るその中心で、少女が――笑っていた。
「これで、私の役目は終わるのね」
それが“前世”で最後に見た、紅林 小夜の表情だった。
──そして現在。
目を覚ました晴雅の目の前には、深く眠る小夜の姿があった。
学園の医務室ではなく、御門家の私邸――陰陽寮の医術部屋。
「身体の霊脈は安定してる。でも、魂の一部が“朱雀の記憶”に縛られてる」
そう言ったのは、御門 薫子。
彼女の冷静な眼差しの奥に、わずかに迷いが浮かんでいた。
「もし晴雅、あなたが彼女の“魂の底”に触れるつもりなら――」
「覚悟は、できてる」
──“朱雀の記憶”へ。晴雅は、術を使って小夜の魂へと潜る。
そこは朱の炎に包まれた空間だった。
“もう一つの前世”ともいえる場所。
小夜がいた。
ぼろぼろの巫女装束、腕には炎の紋様、目はうつろ。
「……また来たのね、晴雅くん」
「もう、逃げなくていい」
「ううん。私は、またあなたを“裏切る”かもしれない。
私の中の朱雀は、あなたを焼き尽くしたがってる」
「だったら……お前を守るために、俺が“焼かれてやる”」
その言葉に、小夜が初めて涙を流した。
「なんで、そんなふうに言えるの……? 私、あのときあなたを“信じなかった”のに」
「信じてたさ、あのときも今も。
ただ、お前が“自分を許すこと”だけができなかったんだ」
その瞬間、小夜の身体を包んでいた炎が、静かに“翼”に変わった。
もはやそれは“暴走する朱雀”ではなかった。
彼女が、自らの意思で向き合い、受け入れた力――《契約朱雀》。
「私……晴雅くんが好きだったの。
ずっと、ずっと言えなかったけど、前世からずっと」
「……知ってた」
世界が静かに溶ける。
目を覚ました小夜の瞳には、もう迷いはなかった。
「ごめんね。ありがとう。そして……これからも、傍にいていい?」
「もちろんだ。お前はもう、“守られるだけの存在”じゃない」
──その後日。
朱雀の力を完全に制御できるようになった小夜は、晴雅と共に学園へ復帰した。
だが、廊下の先には、いまだヒロインたちの“感情渋滞”が待っていた。
桜「しゅ、主君っ! あの、その、小夜殿とばかり……」
紗夜「晴雅、最近やけに柔らかくなったと思ったら、恋人ムーブ……なの?」
薫子「……ふーん。まあ、彼女が落ち着いたのは歓迎すべきことだけど……このまま全員で“並列婚姻結界”でも張る?」
「やめてくれ!!」
晴雅の叫びは、今日も学園の空に響いた――。
南方朱雀編 ―完―