ルームメイトが寝言で異世界冒険を語っている件について
『第6回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』作品です。寝言って怖いですよね……
マンションの扉を音を立てないようにそっと開ける。仕事は終わりの見えない残業続き。体は鉛のように重く、唯一の救いは洗面所と部屋が少し離れていること。メイクを落とさないと明日に響くし……
扉を音を立てないように開けたのは、ルームメイトの麻衣に気遣ってのこと。麻衣は「規則正しい生活が健康の秘訣」と信じて疑わず、毎晩23時には欠かさず眠りにつく。一応私も女性だから、セキュリティの高いワンルームに住みたいと思ったけれど、SEの安月給では一人暮らしは無理。そこで、生活の安定を求めて保育園で働く麻衣とのルームシェアが現実的な選択だった。
さっさと寝てしまう麻衣にイラっとすることもあったけど、最近は許せるようになった。彼女の寝言が私の新しい楽しみになったからだ。初めて聞いたときは「これって読み聞かせ?」って思ったが、どうも違うらしい。麻衣の寝言はまるで冒険譚のようで、彼女が勇者として魔物を倒すシーンがしばしば登場する。耳を傾けていると、まるで異世界にいるかのような気分になって、面白い。
朝食を一緒に食べているとき、「ファンタジーものとか好きなの?」と軽く尋ねてみた。麻衣は少し照れた様子で頷く。「どうして、そんなこと聞くの?」と逆に聞かれたけど、寝言のことは黙っておいた。寝言の続きが楽しみだから……
これまでの寝言を整理すると、麻衣は魔王を倒す旅に出ているらしい。本当に異世界にいるような感じだ。夢とはいえ、彼女が別の人生を歩んでいる事が羨ましく感じる。寝言で「僕」という言葉が気になるが、夢の中ではボクっ娘なのだろうか……
麻衣の物語は終わりに近づいていた。彼女は激戦の末、ついに魔王を倒した。寝言だけでは戦いの様子は詳細にはわからなかったが、断片的なセリフからその壮絶さを想像することができた。多くの仲間に支えられて戦う麻衣の姿が浮かび、本当に良い話だと思っていた。その時までは……
王国で祝賀会が盛大に行われ、その後、夜の激戦が幕を開けた。そう、麻衣は夢の中では男だったのだ。夜の激戦の様子はあまりにも生々しく、私には到底表現できない言葉が飛び交っていた……しかし、その瞬間、私はある事に気づいてしまった。一筋の冷たい汗が私の背中を伝い落ちる……
次の日の朝、私は恐る恐る麻衣に尋ねた。「麻衣って、もしかして女の子が好きだったりする?」
すると、麻衣の顔が一瞬で真っ赤になった。やばい、これは私の身が危ない……
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茂木多弥