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【連載版を始めました!】妹の引き立て役の私、実は天才魔女でした〜出来損ないと罵った家族は後悔してももう遅い~

たくさんの方に読んでいただけて嬉しかったので、連載版を始めました……!

↓に連載版のリンクが貼ってありますので、ぜひよろしくお願いします!

 

「喜べメロリー。お前のような出来損ないに縁談の話が来た」


 シュテルダム邸の一室。

 高圧的な態度でそう言ったのは、ここシュテルダム伯爵家の当主──メロリーの父だった。


「因みにお相手はどなたでしょう?」

「国防の要を担っている辺境伯──ロイド・カインバーク辺境伯様だ! 約三年にも渡る隣国との戦争の勝利の立役者がお前なんぞに縁談を申し込むとは。魔女のお前には勿体ないお方だ」


 どうしてそんな方が私に縁談を? 

 メロリーが疑問に思っていると、妹のラリアが「まあっ!」と言って笑い始めた。


「確か、その方には数年前にこんな噂が流れていたはずよ? 幼子しか愛せず、幼女を囲っている『変態辺境伯』だって! メロリーお姉様がさすがにお気の毒だわぁ。可哀想に〜」


 ふわりとしたロングヘアーのプラチナロンド。

 ぱっちりとした大きな目に、睫毛なんて落ちてしまいそうなほどに長い。

 実の姉であるメロリーから見ても、ラリアは美しかった。

 その見た目と、できそこない魔女であるメロリーにさえ心優しく接するという様子から、ラリアは社交界で『麗しの天使』だなんて呼ぼれている。


(まあ、ラリアが私に優しいっていうのは、ただのふりなんだけどね)


 可哀想に、とラリアは言うが、蔑む瞳を隠し切れていない。

 しかし両親はラリアのことを溺愛しているので、そんなことに気が付かないようだった。


「なぜ私に、辺境伯様からの縁談が?」

「書状には天使のようなメロリー嬢と是非結婚したいと書いてある」

「え? 天使?」

「ふはははっ! 馬鹿なお方だ! お前が天使などと、どうやらラリアと勘違いしているらしい! ラリアの引き立て役のお前がっ、天使だと……! ぶぶぶっ!」


 つばを撒き散らすような汚らしい笑い方をする父に続いて、ラリアもクスクスと笑みを零す。


 対してメロリーは、言われ慣れた誹りには一切反応せず、ケロッとしていた。


(私とラリアを勘違いをするだなんて、辺境伯様はおっちょこちょいなのね。……でも、このまま勘違いをさせたままで大丈夫なのかな?)


 いくら相手の間違いだとはいえ、勘違いを指摘しなかったことを問題にされるかもしれない。

 もしも慰謝料を請求されても、払えっこないのは目に見えている。


「勘違いだとはお伝えしないのですか?」

「当たり前だ。メロリーというのがお前だと知らせたら、この縁談はなかったことにされるだろうが。せっかく支度金が不要と書いてあるのに」


 つまり、メロリーに余計な金を使いたくない、ということらしい。


「でも、求婚相手が本当はラリアだと正直にお伝えしたほうが、問題は起こらないと思いますが」

「馬鹿者! 『変態辺境伯』と噂の男の元へ可愛いラリアを嫁がせられるわけないだろう! ハァ……なんと冷たい魔女だ……お前は妹を思いやることさえできないのか?」


 メロリーならばどんな男の元に嫁いでも構わないということなのか。

 一切愛されていないことは分かっていたけれど、それでもメロリーの心はチクリと痛んだ。


 せめて家のために嫁いでくれと、その一言があったならば、気持ちの持ちようは違ったはずなのに。


(けれど、仕方がないのかも)


 メロリーは両親とラリアに向かって、できるだけ笑みを浮かべた。


「分かりました。私メロリー・シュテルダムは、ロイド・カインバーク辺境伯様のもとへ嫁ぎます。今までお世話になりました」


 頭を下げれば、さらり、と白い髪が揺れる。

 この真っ白な髪の毛と、ルビーを埋め込まれたような真っ赤で不気味な瞳は、数百年前に絶滅したはずの魔女特有のものだった。


 メロリーは、そんな魔女の唯一の先祖返りだ。


 この国では、魔女は大の嫌われである。

 そんな魔女がいる家など評判が落ちるのは明らかなので、案の定、メロリーは数年前まで人に会うことがないよう離れに隔離されていた。


 その一方で、魔女にしか作れない魔女の秘薬という存在が一部の文献に残されており、両親はそれに目をつけた。

 そして、メロリーは調合器具を与えられた。


 両親は、魔女の秘薬=『不老不死の薬』『惚れ薬』『呪い薬』という考えだったようだ。しかし、メロリーにはそんな薬は作れなかった。


 両親の求めるような効果の薬ではない上に副作用まであることから、メロリーには『出来損ないの魔女』という異名までついた。


 しかも、数年前に屋敷の者が偶然メロリーの姿を見てしまい、魔女の存在が外に露見するという事件が起こった。

 それならいっそのこと、ラリアの引き立て役としてメロリーを表に出そうと両親は考えた。美しいものの隣に醜いものを並べたら、美しいものがより輝くと考えたらしい。


 つまり、今メロリーが家のためにできることは、妹の引き立て役だけだ。


 ここまでくると、色々と諦めもつくというもの。


 (──さて、と。落ち込むのはこれで終わり! 色々準備しなくちゃ!)


 いくら相手が『変態辺境伯』と呼ばれていようと、幼子が好みなら自分は専門外だろう。

 魔女の時点でどこへ行っても厄介者扱いされるのだろうし、それならこの家から出られる方が良い。


 だって、『出来損ないの魔女』メロリーは薬を調合、新薬を開発することが大好きだったから。


(調合は外でもできるし、新たな土地に行けば違った素材が集められる! 今度はどんな薬を作ろうかな。鼻が痒くなるけど視力が良くなる薬とか、あくびが出るけれどお腹が痛くならない薬なんかはもう作ったし、次は何にしよう! ……とにかく楽しみ!)



 ──十日後。

 メロリーは髪の毛や顔を隠すためのフード付きの羽織を纏い、最低限の身の回りのもの、乳鉢や空の小瓶、草木の辞典に、今まで書き留めた薬のレシピ集、既に作成済みの薬を持って、辺境領へ来ていた。


「着いた……けど」


 伯爵邸よりも三倍はありそうな広くて立派な屋敷だ。

 目的のカインバーク辺境伯邸を塀越しに見つめながら、メロリーはごくりと唾を呑み込んだ。


(噂が本当ならここに女の子たちが囲われているかもしれないってことよね?)


 やっと家から抜け出せた喜びや、新たな素材のことで頭がいっぱいで、完全に子どもたちのことが頭から抜けていた。


 屋敷の近くには、離れが見える。

 人の気配は感じないため、倉庫のような使い方をしているのかもしれないが……。


(あの離れ、人を囲うのにぴったりじゃない……!? もしあそこに女の子たちがいたとしたら……どうやって助けよう)


 とはいっても、今手元にあるのは、少しだけ足が速くなる薬に、トイレの間隔が長くなる薬、美声になる薬などなど……。

 確実に子どもたちを救い出せるような画期的なものはなく、しかも薬には多少の副作用がある。


 自分は本当に出来損ないなのだなぁ、と改めて思い知らされたが、メロリーは案外楽観的だった。


(ま、噂が嘘の可能性も十分あるしね。警戒だけしつつ、早速潜入しましょう)


 幸い、現在門に警備の者はいない。


「それなら、少しの時間だけお猿さんの動きができるようになる薬の出番ね! 副作用で少しだけ小指の爪が伸びるけれど、大した事ないものね」


 メロリーは鞄から薬の入った小瓶を取り出し、それを一気に飲み干した。


「相変わらず独特で癖になる味ね……。さて、行こう!」


 直ぐそこの木に猿のような動きで登ると、ぴょんっと塀を飛び越え、敷地内への侵入に成功する。

 離れまで急いで走れば、薬の効果が切れていくのを感じた。薬によって効果時間はまちまちだが、この薬はほんの短時間しか効かないのだ。


「……よし、入ろう」


 緊張しながらも、メロリーは意を決して扉を開いた。


「あれ?」


 しかし離れの中には子どもどころか人一人もいなかった。


 良かったと安堵すると同時に、メロリーは離れに置かれているそれらに驚きを隠せなかった。


「どうしてここに、乳鉢やすり鉢、漉し器に瓶──薬を調合する道具が揃ってるの?」

「誰だ」

「!?」


 疑問を口にした瞬間、背後から冷たく鋭い男性の声が聞こえた。

 まずいことをしている自覚はあるメロリーは、全身にじんわりと汗をかきながら、急いで振り向いて深く頭を下げた。


「申し訳ありません! その、これには理由が……」

「メロリー嬢?」

「え?」 


 名前を呼ばれたことに驚いて顔を上げれば、目の前の男性は愛おしいものをみるような眼差しで微笑んでいた。


「驚かせてすまない。私の名前はロイド・カインバーク。君に婚約を申し込んだ男だ」

「あ、貴方が辺境伯様なのですか……!?」

「ああ、そうだよ」


 スッキリとした輪郭に切れ長のサファイアのような瞳、漆黒の髪に、整った鼻と形の良い口。

 紡ぎ出された声は心地の良い低いもので威圧感はなく、穏やかさが滲み出ている。

 仕事着なのか、黒い軍服のような装いに身を包んだロイドの肩幅は広く、がっしりしており、反対に足は長くすらりとしていた。


(こ、こんなに格好良い人、見たことがない……!)


 ラリアの引き立て役として何度も社交に参加したことはあるが、こんなに目が離せなくなる人に会うのは初めてだ。


 目を丸くするメロリーに、ロイドはふっと微笑む。

 そして、メロリーの目の前にまで行くと、床に片膝をつけるように跪いた。


「メロリー嬢。ようこそ、辺境伯領へ」


 そう言って、ロイドはメロリーの片手をそっと取り、彼女の手の甲に唇を近付けた。


「え!?」


 社交に参加していたものの、これまで貴族の男性たちにこのような挨拶をされたことがなかったメロリーは驚いた。

 当然だ。誰も魔女のメロリーにわざわざ触れるものなどいない。


(もしや、私が魔女だって気付いてない……!?)


 フードで白い髪は多少隠れているが、赤い瞳はしっかりと見えているはず。ロイドはあまり魔女について詳しくないのだろうか。


 メロリーが頭を捻っていると、ロイドは立ち上がった。


「君が到着したとの知らせを受けて出迎えにいこうとしたんだが、この離れから気配を感じて寄ったんだ。メロリー嬢はどうしてここに?」


 そうだ、まずはその説明をしなければならない。

 メロリーは先程までとは一転して、さあっと顔を青ざめさせた。


(貴方が幼い子を囲っていないか確認するために侵入しました……なんて、言えない!)


 きょろきょろと、メロリーの視線は宙を泳ぐ。


(言い訳が上手くなる薬を作っておけば……!)


 後悔してももう遅い。

 メロリーは内心慌てふためきながらも、できるだけ冷静を装い、カーテシーを披露した。


「は、初めまして。メロリー・シュテルダムと申します。この度は婚約の申し出、馬車の手配等々、まことにありがとうございます。ここにいたのは、えーっと……」


 魔女のメロリーに、処世術などない。


(ど、どうしよう)


 誰の目から見ても動揺しているメロリーの様子に、ロイドは困ったように笑い、腰を屈めた。


「大丈夫。何を言っても受け止めるから。考えてること教えてくれないか?」

「……!」


 いくら書面上では婚約者になったとはいえ、初対面の不審な自分に対してロイドは優しすぎやしないか。


(何か理由があるのかな?)


 メロリーはそんな疑問を持ったものの、ここ数年人の優しさに触れていなかった彼女にはロイドの優しさが心にじんわりと染み込んだ。

 彼の優しさを無下にしたくないと考えたメロリーは、本音を話し始めた。


「実は──……」


 噂の件で疑っていたことを告げると、ロイドは片手で目を押さえて天井を仰いだ。


「なりふり構わず子どもを助けようとするなんて……メロリー嬢は天使か……?」

「はい?」


 自分に似合わない言葉に、メロリーは目を白黒とさせる。


(天使って言った? ……いや、聞き間違いよね)


 そう自己完結を済ませたメロリーは、「失礼なことを言って申し訳ありません」と頭を下げた。


 そんなメロリーの肩に優しく触れたロイドは、「顔を上げてくれ」と優しい声色で伝えた。


「私が一部で『変態辺境伯』だと噂されているのは知っている。だが……どうか信じてほしい。その噂は全くの嘘なんだ」

「!」


 それからロイドは、自分が『変態辺境伯』と言われるようになった所以を話してくれた。


 ロイドは以前から、度々国境を守るために前線に出ていた。


 その度に武功をあげるロイドを国王がえらく気に入り、武功の褒美に自分の娘である王女を婚約者にと勧めたらしい。……そして、その王女というのが現在八歳。 

 二十一歳のロイドは幼い王女との婚約を断ったのだが、国王は自身が若い妻を娶ったこともあって、良かれと思って何度もロイドに婚約の話を勧めてくるらしい。


 しかし、その話が歪曲し、ロイドが幼女しか愛せず、更に幼女を囲っているという噂が流れたようだ。


「そんなことだとは知らず……本当に申し訳ありません!」

「気にしていないから大丈夫だ。それに、周りにどう思われても構わないからと、噂をそのままにしていた私の責任でもあるから」


(許してくれるだけじゃなく、私が気に病まないようにそんなに優しい言葉をかけてくれるなんて……!)


 ロイドの懐の深さに感動していると「どうやって離れに入ったんだい?」と彼に問いかけられた。

 正門には鍵がかかっていたため、どのように屋敷の敷地内に侵入したのかを気にしているのだろう。


(それはそうよね。でも、そもそも……)


 ロイドはまだ、メロリーが魔女だということに気付いていないのだろうか。


 そんな疑問に駆られたメロリーだったが、打ち明けるなら早いほうが良いだろうと、フードを取り、顔周り完全に晒した。


「もしかしたらご存じないかもしれませんが、私は魔女です。過去に私が作ったとある薬を使って、敷地内に侵入しました……。申し訳ありません」


 ロイドは一体どういう反応を見せるだろう。

 魔女だと分かって恐れるのか、嫌悪するのか、それともラリアではないことに驚くのか。


(何にせよ、優しそうな人だし、いきなり殴られたりはしない、はず)


 メロリーがそう思っていると、ロイドは自身の口元を手で覆い隠した。

 びっくりするくらいに、顔を真っ赤に染めながら。


「や、やはり天使だ……!」

「は、い?」


 さすがに二回目の天使は、聞き間違いとは思えなかった。


(辺境伯様は独特な天使の概念を持ってるのかな? ……きっとそうね!)


 今回もまた自己完結したメロリーは、「あ!」と声を上げた。

 一番大切なことを言うのを、忘れていたからだ。


「あの、辺境伯様──」

「ロイドと、そう呼んでくれないか? 私もメロリーと呼んでも?」

「それはもちろんなのですが……。あの、ロイド様」

「なんだい、メロリー。ああ、メロリー……。君に名前を呼ばれる日が来るなんて……」


 感極まるロイドの姿を不思議だなぁと思いつつ、メロリーは疑問を口にした。


「私の妹にラリアという子がいます。美しく、社交界では『麗しの天使』と呼ばれています。確認なのですが、ロイド様はラリアに婚姻を申し込みたかったのではないのですか?」


 ロイドは一瞬口をぽかんと開けてから、目をカッと見開いた。


「それはない! 私はメロリーが良くて……君に妻になってほしくて、結婚を申し込んだんだ!」

「えっ」

「三年前からそう望んでいたが、先の戦争に出陣することになってそれは叶わなかった……! 断じて、勘違いなどではない!」

「分かりました! きちんと分かりました……!」


 ロイドのあまりの勢いにメロリーはコクコクと首を縦に振った。


「あの三年前って……?」


 思い当たることがなかったため、メロリーは問いかけた。


「私が戦争に向かう少し前、とある夜会でメロリーに出会ったんだ。体調を崩し、会場の外で休んでいた私に、メロリーが声をかけ、更に薬をくれたんだよ」

「あっ」

「思い出したかい?」


 そう、あれはいつものようにラリアの引き立て役として参加した夜会だった。

 引き立て役の役目を全うしたメロリーは少し休もうと会場の外に出た際、目の下に色濃い隈を作り、ふらふらと歩く男性を見つけたのだ。


 メロリーはその男性──ロイドのことを放っておけず、魔女であることで嫌悪されるかもと思いつつも、話しかけた。


 そして、体調不良の原因は寝不足と疲労によるものだと話すロイドに、メロリーは手持ちの『一時的に肘がガサガサになるが、寝不足を少しの間忘れる薬』と『疲労は軽くなるが、しばらく声が高くなる薬』を渡したのだ。


 魔女が作った薬は怖いだろうから、無理に飲まなくても構わないからと一言添えて、その場を立ち去ったはず……。


「メロリー、あの時は本当にありがとう。君の薬のおかげで、本当に助かった」

「いえ、だって、私の薬は完全に体調を良くするものではないですし……! 副作用だって」

「そうだね。側近に声の高さを笑われたり、肘のガサつきには驚いたりもしたが……」

「……も、申し訳ありま──」


 余計なことをしてしまったかもしれない。

 謝罪しようとしたメロリーだったが、その声はロイドに遮られた。


「だが、辺境伯として貴族たちの前で倒れるわけにはいかなかった私には、メロリーの作る薬や、思いやりの気持ちが本当に有り難かった。……まるで奇跡の薬だったよ。名乗もせず、見返りも求めず去っていくメロリーは、心優しき魔女であり、清らかな天使に見えたんだ」

「!」


 当時のことをきっかけに、ロイドはメロリーに結婚を申し込んだのだという。

 出征が迫っていたことと、戦争前後の領地の仕事が多忙を極めていたことから、このタイミングでの縁談になったらしい。


「あの時、薬のことを説明するメロリーの目はとてもキラキラしていた。だから、薬を調合する部屋があったら喜んでくれるかもしれないと思って、この離れを用意したんだ」

「そ、そうだったんですね……」


 好意的な瞳と信じられないほどの好待遇。

 そして目の前にいるのは、変態ではない眉目秀麗の辺境伯。


 まるで夢でも見ているのかという状況にメロリーは理解が追いつかないながらも、嬉しいという感情だけは、徐々に胸に広がっていく。


 魔女である自分を受け入れたことはもちろん……。


(薬が役に立ったんだ! 私の作った秘薬が人の役に立っただなんて、嬉しい……!)


 メロリーは調合で、両親の期待には添えられなかった。そこから調合を何度繰り返しても、両親が望むような薬は作れなかった。

 文句を言われ、時に目の前で折角作った薬を捨てられたことだってある。


 それでもメロリーが薬を作ることを辞めなかったのは、自分が作った薬で人を喜ばせたいという思いが強かったからだ。


(私の作った薬で誰かの役に立てることが、こんなに嬉しいなんて……! あれ、でも……)


 高い位置からじっと見つめてくるロイドの顔を、メロリーはじっと見つめ返す。

 あまりの情報の多さと、ロイドの容姿の美しさから気付いていなかったが、彼の顔色は悪く、目の下に隈ができている気がする。


 見たところ大きな怪我をしている様子はなく、三年前の姿を彷彿とさせた。


「あの、もしかして今日もお疲れでしょうか?」


 失礼かとも思ったが、メロリーは思ったことをそのままに口にする。

 ロイドは苦笑を浮かべた。


「戦争から戻ってきたばかりで、なかなか忙しくてな。部下たちも頑張ってくれているから、私はそれ以上に頑張らないといけない。……だから多少は仕方がな──」

「っ、でしたら!」


 出会ったばかりのメロリーに、ロイドの仕事状況を四の五の言うことはできない。

 ロイドの仕事を直接手伝えるような手腕がないことも自覚している。


 けれどメロリーは、自分が作った秘薬に初めてありがとうと言ってくれたロイドの助けになりたかったのだ。


「今手持ちに『いっとき眉毛が薄くなるけれど、眠る時間が半分でも睡眠が確保できる薬』や『空腹になりやすくなるけれど、目の疲れをとる薬』がありますので、良ければどうぞ!」


 満面の笑みで手持ちの鞄から取り出した薬を手渡してくるメロリーに、ロイドは蕩けるように微笑んだ。


「やはり君は天使だ」

「えっ、いや、あのっ、私は魔女……」

「ちなみに、この薬は部下たちに飲ませても構わないか? 君の凄さを皆にも知ってほしいんだ」

「それはもちろんです! もし皆さんがよければ、お屋敷の使用人の方たちのためにも調合させてください!」



 ◇◇◇



 その後、メロリーが嫁いでからのシュテルダム邸では、怒号が鳴り響いていた。


「メロリーお姉様が作る魔女の秘薬が社交界……今や国中で話題になっているみたいじゃない! どういうことなの!? お父様、お母様! このままじゃあ……」


 きっかけは、辺境伯であるロイドが国王に魔女の秘薬を献上したことだった。国王はそれを大層気に入り、国中にメロリーが作る魔女の効果の偉大さや、彼女が善人であることを広めた。

 魔女のイメージもかなり回復しつつある。


『麗しの天使』とは思えぬ歪んだ顔で憤るラリアに、両親はおろおろとしかできなかった。


「わ、分からないんだ……! あいつが作れるのは、全て役立たずの薬だったはず……。だが、問題はそれよりも」

「ええ……。メロリーを『出来損ないの魔女』と、あの子が作る薬を『役立たずの薬』と言っていた我が家の評判が、どんどん落ちてしまっている……」


 今や、メロリーの作る薬は痒いところに手が届くと大人気だ。

 その薬を、その薬を作る本人を蔑ろにした家族に批判が向かうのは当然の流れだった。


「家の評判なんてどうでもいいのよ!」


 ラリアは近くにあった花瓶を床に投げつける。

 陶器の割れる甲高い音に、両親は両耳を手で覆い隠した。


「私の……私の人気が……」


 みすぼらしい格好のメロリーを隣に置くことで、華やかなラリアはより美しさを引き立てられていた。

 そんな姉が傍からいなくなったことで、ラリアに近付いてくる令息の数は減ってしまった。


 その上、メロリーの作る薬が人気で、最近彼女の評判は良くなる一方。

 そんなメロリーに、みすぼらしい格好をさせていたのは、「ラリアの引き立て役にするためなのでは?」という噂まで流れてしまった。


 昨日参加した社交界では、ラリアに近付いてくる令息は一人もおらず、主に聞こえてくるのは令嬢たちの嘲笑。そして、姉であるメロリーを褒め讃える声だ。


「私より、お姉様が求められるなんて嘘でしょう……?」


 割れた花瓶のせいで濡れた床。

 ラリアは信じられないといった表情で、そこに力なく崩れ落ちた。



 ◇◇◇



 一方、メロリーは多くの依頼により調合で多忙を極めていたが、終始笑顔だった。

 これまで誰も求めてくれなかった薬が、ようやく多くの人に必要とされるようになったのだ。

 望みが叶ったメロリーは、毎日が楽しくて仕方がなかった。


「ロイド様、次はこちらをお願いします。……あの、本当によろしいのですか?」


 新薬の開発には、毒見がつきもの。

 その毒見役にとかってでたのはロイドだった。


『メロリーが初めて作る薬はどうしても私が一番に飲みたい!』と言って聞かなかったのだ。


(魔女である私の瞳には、人体に有害な成分が入っているか否かを見分ける能力が備わっている。だから安全性の問題はクリアできているけれど、なんだか悪いなぁ……)


 メロリーが新薬を開発しながら、ロイドが効果と副作用の確認のために毒見役をする。

 非常に効率が良くなるためありがたいが、なぜ彼はここまでしてくれるのだろう?


「もちろんだ。むしろ、メロリーが作った新薬を私以外が一番に飲むことなど考えられない。この役目、私が断固死守する」

「そ、そういうものですか……?」

「ああ。戸惑っている君も天使のように可愛らしいな。それで、どれを飲めばいい?」


 そう話すロイドに、新薬が入った瓶を一本手渡した。

 彼がそれを飲み干したところで、メロリーはハッとした。


(そっか! ロイド様は私が()()()()()()()()結婚を申し出てくださったくらいなんだから、新薬にも並々ならぬ興味があるのね!)


 答えが解けれると、なんだかスッキリした。


 メロリーは微笑みながら、ロイドの観察を始める。

彼の腕の筋肉は、服の上からでも分かるほどに膨れ上がっていた。


「メロリー、今回の新薬は腕の筋肉が急激に増えるというもだと思うぴよ! ぴよだと!? ぴよ」

「ありがとうございます、ロイド様! どうやら副作用は、語尾にぴよがつく、というものみたいです!」

「メロリーのぴよ、最高に可愛いぴよ……」

「すっ、凄い! もう服が破れそうです! どこまで筋肉が増強されるのか、ぜひ近くで観察させてください!」

「くっ、メロリーが、近いぴよ……」



 ──魔女の秘薬ではなく、メロリー自身に惹かれてロイドが縁談を申し込んだこと。

 この鈍感で調合オタクの魔女、メロリーがそのことに気付くのは、まだ少し先になりそうだ。

読了ありがとうございました! 

楽しかった、もっと色んな薬を知りたい、こんな薬がほしい! と思っていただけたら、読了のしるしにブクマや、↓の☆☆☆☆☆を押して(最大★5)評価をいただけると嬉しいです!ランキングが上がると、沢山の方に読んでいただけるので、反抗期とイヤイヤ期を迎えた息子たちを育てる作者のやる気と元気がアップします(๑˙❥˙๑)♡なにとぞよろしくお願いします……!


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