シスコンを拗らせたマグリッド
読んで下さりありがとうございます。少し短めです。
「わたくし、職業訓練校へ行こうと思いますの。」
どばどばっと飲んでいたティーカップの中身をこぼしたのはネブラスカの母である。
ぶふぉっと飲んでいた中身をぶちまけたのは父だ。
にこやかに笑いながらも手元がやや震えて目が座っている兄と目を見開いて口も開いている弟。
そう、ここは麗らかな陽だまり溢れる王都の屋敷のサンルームである。
「どうしたの、ネブラスカ。急に職業訓練校だなんて。あなたつい先月王立メイデン学院を卒業したばかりでしょ。」
そう言って何事も無かったかのようにネブラスカに尋ねる母の傍で母付きの侍女達が速やかにドレスのシミを取り絨毯のこぼれを軽く拭き取ると、執事のエリオットがさっと新しいティーカップを持たせている。
「そ、そうだよネイビー、卒業したばかりなのにまた外へ出るのかい?もっと体を休めても良いのだよ?」
咳が落ち着いた父がそう繋げる。
ネブラスカは真面目さも相まって名門メイデン学院を首席とは行かないでも良い成績で卒業している。テストの点数は常にトップだったがネックはクラス内での協調性や積極性である。そこが原因で生徒会役員にも卒業式の挨拶の代表にも選ばれなかったのだ。
「お父様お母様、わたくし、シルヴィオ様のプロポーズを断ってしまいました。いえ、お父様に断腸の思いで断って頂きました。」
「いや、私はむしろ嬉し…」
「断られるならまだしも!わたくしの方から!断ってしまったのです。今思い出しても恐ろしいことを…わたくししてしまいました。これ以上ここに居ては皆様に、公爵家に迷惑をかけてしまいます。」
今のネブラスカにはお父様の声は聞こえていない。
「ネイビー…」
「なので色々考えたのですが職業訓練校できちんと技術を学び、ゆくゆくは市井で1人暮らしていこうと思います。」
孤児院で働いても良いかもしれません、とネブラスカが呟いた。
ガタン
「一人暮らしだなんて!」
いつも笑顔絶えない兄が必死の形相で立ち上がった。
「迷惑だなんてかからないさ。僕たちの可愛いネブラスカ。そんな悲しい荒唐無稽なことを急に言わないでおくれ。」
私の心臓が止まってしまうよ、そう言ってネブラスカの前に跪くと固く握られた小さな両手を優しく包み込んだ。
「そうですよ、お姉様。そんなことしたら誰が僕に絵本を読んでくれるのですか。」
弟も目にうるうる涙を貯めてネブラスカへ走りよる。
当の本人は滝涙である。
「でも…でもわたくし、これ以上ここに居てはただのお荷物なのだと気付いたのです。今までずっとずっと大切にしていただきました。一生分愛してくださいました。それなのに私はわたくしには、返すものがありません。無いのです…恩を仇で返所業をしてしまいました。」
と言うと静かに泣き出してしまった。
ここまで追い込まれていたとは思わなかった家族の面々並びに公爵家の者達は心がギューッと潰れるような悲しい気持ちになった。確かに皆が欲しがる優良株のシルヴィオのプロポーズを断ったのだ。だが、それくらいで揺らぐようなオールドネイ公爵では無い。
その晩、ネブラスカと弟が寝静まってから明け方近くまでみんなで話し合ったのは言うまでもない。
「えぇい、このままではネイビーが本当に市井へ降りてしまうでは無いか!」
「ほんとに、あの子ならやりかねないわね…」
「お母様、お父様、実は小耳に挟みましたところ、シルヴィオ様はまだ可愛いネブラスカの事を諦めてない様子です。まぁ、少し、少し!複雑ではありますが見る目はあります。可愛いネブラスカに惚れるとは、流石はシルヴィオ様です。良い目を持ってらっしゃる。」
「う、うむ…だがもう断りの手紙を出してしまったぞ?」
「まぁまぁ!まだ諦めてないのね!?やるじゃない。先日のプレゼントの内容もセンスがあったしちょっと認めてあげなくもないわね。」
「まぁ、少し!嫌ではありますがここはシルヴィオ殿に頑張って貰って、市井へ降りる前に嫁いだ方がこちらも安心かと。もちろんネブラスカの気持ちを第一として考えますが。」
「う、うぅむ。市井で一人暮らしか嫁に出すかなんて…む、いかん、胃が痛くなってきた。エリオットよ。」
「はい、こちらに。」
ローテーブルに水の入ったグラスと胃薬を置く。
「とにかくマグリッド!至急シルヴィオ様に連絡してみなさい。」
「はい。少し嫌ではありますが!そうしてみましょう。」
(マグリッド様…)
最近シスコンをこじらせ気味のマグリッドであった。