第五章
「一体どうしろと言うのだ」ーー既に怪しいお姉が二人、責任者という名目を傘に、これらデイケアを実効支配しているのである。僕が入りこむ余地はない。
実際、どちらのデイケアスペースでも、僕はそこに座っていても無視されていた。おそらくお姉から指示が出ていたのであろう。どのスタッフも僕を見て見ぬふりで、完全に無視している。
「あんたは黙ってりゃいいのよ」と無言の圧力が半端じゃない。
その日は半端ないストレスを抱えて仕事を終えた。
僕は、これは気分転換が必要だ、と思い海辺に向かった。
ちょうど夕暮れであった。夕日が海に映えて美しいことこの上なかった。
砂浜に腰掛け海を眺めていると、過去のいろんな記憶が脳裏に浮かびあがって来て、特に家族との楽しい思い出が蘇えってきて、なんとも切ない気持ちになった。
「あのカラスはどうして俺をこんなところに連れてきたのだろうか?」と、そんなことを考えていると、足元で突然、ミャーと言う声がした。
「ミミちゃん」それは二股しっぽの例の猫であった。
「そうか。俺のことが心配で慰めに来てくれたんだな」などと感傷にふけっているとミミは突然僕の膝の上にぴょんと飛び乗った。するとなんということだろう。ミミは突如、僕に向かって人間の言葉で話し始めた。
「こんなことでくじけていてはだめだよ。君には使命があるんだ。私は今、それをあなたに伝えにきたの」
僕が仰天した事は、読者の想像に余りあるであろう。
「やはりこの猫はバケネコであったか」そう思うと恐ろしくもあったが、次には、その猫は僕の膝の上で、またもやひっくり返ると腹を見せ、ごろごろうにゃうにゃしている。「これは空耳か」とも思ったが、すると、ミミは今度はあの、猫好きなら誰でも知っているスフィンクス座りをし、頭を上げて僕を見ると再び人間の言葉で話し出した。
「実は私はあなたにある人からのメッセージを伝えに来たの。ある人と言うのは、この島の王様マドドンパ大王よ」
僕は困惑した。このネコは王様の使いだったのかと、畏れもしたが、ともかく今は、彼女の言うことに耳を傾けようと思った。
「ドドンパ大王からのメッセージを伝えるわね。ーーニンニン先生、ご苦労様。つきましては、みんな家族だクリニックの院長が最近王の命令を巧みに無視、放置しては、自らのお気に入りスタッフを呼び寄せ、反乱の機会をうかがっているとのこと。事態を重く見たドドンパ大王が早速詳細を調査したところ、この院長とスタッフたちが実は妖怪であることが判明した。そこでこの院長を追放したいが、クリニックは彼のお気に入り妖怪スタッフで固められている。軍隊を送るのは簡単だが、流血の事態ともなりかねない。そこで、ニンニン先生が、クリニックの中から、院長に圧力をかけ、彼が自発的に辞任するようにしてほしい。そのあかつきにはあなたを次の院長に任命し、さらには我が王国の医療福祉担当大臣にも任じる所存である。よろしくお願いしたい。ーー以上よ、返事は明日聞くわ」
と言うと、ミミちゃんは、僕の膝から飛び降りた。そして砂の上で思い切り大きく伸びをすると、続いてこれも大きくあくびをし、前足で砂をがっがっと二、三度掘り返すと、魅惑的なお尻を見せながら森へと帰っていった。
後に残された僕は呆然とその場に座り込んだままでいたが、気がつくと夕陽は水平線の下に姿を消しつつあり、周囲は今にも闇に包まれそうである。
「まあ、明日のことは明日考えよう」と、明日からの本気心に期待を寄せ、その日はクリニック地下のマイルームに帰った。