100年後の断捨離
「今回は、どうしようかな……『のこぎり女』も大好きだけど『魔法回線』という手もあるな……『デーモン殺しの鈍器』は鉄板だけど……」
男は独り言を呟きながら、目の前のディスプレイに表示されている作品名が書かれたアイコンをドラッグして、次々にゴミ箱へと放り込んでいきます。その度に警告ウィンドウが開き『この操作は取り消すことができません。本当に消去してよろしいですか?』と確認されていますが、鬱陶しそうにYESを押して作業を続けます。
「よし、OK! さてと、10分後が楽しみだ!」
満足そうに頷いた男は、筐体から伸びるケーブルに繋がれたヘルメットのようなものを頭に装着し、目を瞑り椅子に深く腰掛けました。しばらく時間が経つとアラームが鳴り響き、男は装置を外して立ち上がり、山ほど漫画が収められている本棚の前へと移動しました。
「おっ……今日は『のこぎり女』……『魔法回線』……『デーモン殺しの鈍器』か! タイトルだけでも最高にそそられるな!……よいっ……しょっと……やっぱり電子版より、この紙のざらざらとした手触りが堪らない……」
男は数十冊の漫画本を抱えてベッドに寝転び、早速一冊目を読み始めました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
人工知能が高度に発展し、人間が仕事をする必要がなくなった世界。人類は日々自由に、怠惰に、気の向くままに娯楽に耽るようになったのですが、それまで小説家、漫画家、映画監督など創作物に携わっていた人間まで働くことを辞めてしまったため、新しい作品への飢えを感じる人々が現れ始めました。
無論、それらの職業もAIが取って代わり、人間が創っていたものと遜色ない、あるいはそれ以上の見事な名作を次々と生み出していたのですが(だからこそ多くの創作者は筆を折ってしまったのですが)、それらに拒否反応を示すものたちもまた多くいました。彼らに言わせれば、人工知能に創り出された創作物は魂が籠っていない紛い物に過ぎないとのことです。
そこで、そんな我儘な人間の要望に応え、AIによって開発されたのが「記憶断捨離装置」です。この機械を使えば、入力した作品に関する記憶だけを除去し、再びまっさらな状態で名作に出会うことができるのです。この偉大な発明には、AI創作者アンチの人間達も大喜びしました。
作品に関する記憶だけをピンポイントに消去するため、普段の生活には何一つ影響しないところも利点です。ただ、なぜか装置の使用者の中に、それまで毛嫌いしていた人工知能をひたすら称えだすものや、突然不審死を遂げるものが複数現れたことは、まだ誰にも知られていませんでした。