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手巻きパーティー、デザートはスイカ!

「だだいまー」

「お邪魔します」


 瑠花るかと共に、浦木家の玄関をくぐる。

 雑貨屋に寄ってラッピング用品を選んだ後、瑠花をサントノーレまで送って行こうとしたらタイミング良く飛鳥あすかからメッセージが届いた。


『ケーキが完売したので本日は閉店しました。瑠花は家まで送って貰えませんか?ついでに夕飯食べていって。桃莉とうりちゃんとあんちゃんもいます』


 今日は色々ともらってばかりで更に夕飯までとは思ったものの、バイト仲間である桃莉と杏もいるのなら、まぁいいかと思い直す。

 メッセージに了承りょうしょうの返事を返し、夕飯をごちそうになるならと最寄りのスーパーで手土産にスイカを買って、帰ってきたのだ。


「瑠花ちゃん、おかえりなさい!葉汰ようたさんはいらっしゃいー」

「杏ちゃん!ただいまー」


 2人を出迎えてくれたのは北森 杏(きたもり あん)。ストレートの黒髪を前下がりのショートボブにした少女で、オレンジ色のオーバーサイズのTシャツとブラックデニムのショートパンツが活発な印象を抱かせる高校2年生だ。

 「飛鳥さんは?」と訊ねれば、キッチンだと教えてくれた。

 廊下を抜け、リビングダイニングに続く扉を開ける。入ってすぐのアイランドキッチンに飛鳥はいた。マキシ丈の白のベルト付きワンピースにネイビー地に白のストライプ柄のエプロンをつけている。隣では紅坂 桃莉(こうさか とうり)が何か手伝っているようだ。

 桃莉はインナーカラーにピーチピンクを入れた緩く巻かれたキャラメルブラウンの髪を低い位置でツインテールにした女性で、音大4年生。Vネックで膝下辺りからスリットの入ったモノトーンのバイカラーロングタイトワンピースがスタイルの良さを際立たせていた。


「おかえりなさい、瑠花。葉汰君、送ってくれてありがとう」

「ただいまー」

「飛鳥さん、俺も手伝います」


 カフェでも葉汰はキッチン担当だ。手土産のスイカを渡しながらそう申し出る。


「ありがとう。でも葉汰君はあっち」


 にっこりと笑いながら飛鳥が示したのはリビングの壁一面の大きな窓で、開け放たれたそこから続くウッドデッキでは男性がスマホ片手に話しているのが、その先の広い庭では2人の少年がサッカーをしているのが見えた。デッキには丸いガラス板のテーブルセットがあり、その上にワインクーラーとグラスセットが置かれている。庭には両端にミニゴールが、リビングからは見えにくい奥には小屋型の収納庫があった。


「あれ、多分呼び出しだから。拓巳たくみと変わってあげて」


 拓巳はデッキで電話中の男性で飛鳥の夫、つまり瑠花の父親にあたる。職業は産婦人科医らしく、休日であっても呼び出されることがしばしばあると聞く。葉汰とはフットサルサークルで知りあい、サントノーレに葉汰を連れてきたのも拓巳だ。そこで飛鳥の淹れるコーヒーに惚れ込んでバイトを始めるに至ったのだ。


「わかりました」

「ごめん飛鳥!俺クリニック行ってくるわ」


 葉汰の返事と男性の声が重なる。


「いってらっしゃい。夕飯、残しておくわね」

「ありがとう」


 柔らかく微笑む飛鳥に拓巳も笑顔を返す。それからリビングにいた瑠花と葉汰に目を向けた。


「瑠花、帰ってたのか。おかえり。葉汰もいらっしゃい。悪いな、入れ違いになって」

「いえ、お仕事なら仕方ないです」

「今度、時間あるときにでもゆっくり飲もうな」

「はい、是非」


 デッキからリビングに入り、葉汰の隣に来ると、背中をポンポンと叩いていく。リビングを出ていく拓巳と、玄関まで送っていく飛鳥を見送り、庭へと向き直る。丁度、少年たちもボールを蹴る足を止めて、デッキで休んでいた。テーブルの上のワインクーラーからボトル型のポットを取り、飲み物を注いでいるところだった。


「あー!葉兄ようにい!いつ来たの!?」

「一緒にやろー!」


 並々とお茶を注いだグラスを片手に少年たちが元気な声を上げる。


大知だいち圭也けいや、葉汰くん今来たところだよ。ちょっと休憩してからにしたら?」

「え?何で?」

「ってか今まで瑠花と遊んでたなら次は俺らの番だし」


 瑠花の言葉に少年たちは「だよな」とそっくりな顔を見合わせた。瑠花の3つ下の双子の弟たちは一緒に遊んでくれるからと葉汰によく懐いている。

 色違いでお揃いのボーダーTシャツを着た2人は一卵性の双子で、顔は勿論、体格もほぼ同じだ。大知の方が僅かに眉が吊り気味、圭也が心持ち下がり眉だろうか。


「それとも瑠花はまだ葉兄を一人占めしていたい?」

「葉兄大好きだしねー」

「なっ!?」


 からかう様な弟たちの言葉に瑠花の顔が真っ赤に染まる。


「でも俺たちも葉兄好きだよ」

「葉兄も俺ら好きでしょ?」

『だから次は俺たち/ら』


 当然だと言わんばかりのしたり顔で、声を合わせる2人に瑠花は言葉を失う。その横で、堪えきれないとばかりに葉汰が吹き出した。


「ちょっ、待って、俺めっちゃ好かれてる?」

「同レベルだと思われてんじゃない?」

「桃莉お前なんつった?」


 間髪入れずに入った突っ込みに葉汰が振り向くと桃莉は涼しい顔で笑うだけだ。


「まぁ飛鳥さんにも頼まれてたし、遊んで来たら?どうせ葉汰も体力あり余ってるんでしょ」

「瑠花ちゃんはあっちで一緒に準備しよー」


 いってらっしゃいと言わんばかりに笑顔で手を振る桃莉と、一緒に行こうとばかりに手招きする杏。真逆の対応をする2人に葉汰は溜息をひとつこぼす。


「はいはい。じゃあ俺は大ちゃん圭ちゃんとサッカーしてきます……?瑠花ちゃん?」


 庭に出ようとしたした葉汰が小さな抵抗を感じて横を見れば、瑠花がシャツの裾を小さく引いていた。


「あ、あの、さっき大知と圭也が言ってたこと……」

「ん?あぁ!」


 何のことかわからず首を傾げた葉汰がすぐに思い当たったように頷く。それからにこっと笑った。


「俺も好きだよ。大ちゃんも圭ちゃんも瑠花ちゃんもね」


 くしゃりと頭を撫でて、庭に行く葉汰。その背中に桃莉がぽそりと呟く。


「……ほんっとそういうとこだよ……」


 真っ赤な顔でうつむいた瑠花の肩に杏が優しく手を置いた。






 大知と圭也がパスを回す間を葉汰が走り抜ける。鬼ごっこと同じ要領の遊びで、鬼がボールを蹴って、当てにくるのを走って交わすのだ。決められた区間を5往復する前にボールを当てられれば鬼の勝ちだ。鬼側はパス回しや相手が走っている先に向かいボールを蹴りだす練習になり、逃げる側はシャトルランよろしく持久力やスタミナ強化につながる。

 交代で順番に逃げる役をやり、何周かした辺りで喉が渇いたと休憩を挟む。デッキに上がり、テーブルの上のお茶を飲みながら一息ついた。ワインクーラーで冷やされたお茶が喉を流れていき、火照ほてった体を内から冷やしてくれる。飲み干して空になったグラスはお茶の冷たさを物語る様に水滴で濡れていた。

 もう夕方とはいえ、まだ空は明るく日差しも強い。額を流れる汗を手の甲で拭い、少しでも風を入れようとインナーの首のあたりをパタパタと動かす。僅かに動いた空気が汗で濡れた体を少しだけ冷やしてくれた。

 なんとなく、リビングへと目をやれば、飛鳥をはじめ、女性陣がキッチンで笑いながら作業をしているのが見えた。母親や姉の様な人たちに混ざり、楽しそうにしている姿は微笑ましく、可愛らしい。


「ねぇ、葉兄はさ、瑠花のこと好き?」

「もちろん友達とか妹としてとかじゃねぇよ」


 大知と圭也の問いかけに、視線を向ければ2人は真剣な面持ちで葉汰を見ていた。


「俺たちは葉兄なら賛成だし、瑠花は見る目あるなって思ってるけど」

「葉兄はどうなの?瑠花のこと、どう思ってるわけ?」


 少年たちのまっすぐな視線が突き刺さる。瑠花は可愛い、妹の様な存在だ。時折、どきりとさせられることがあっても、それは変わらない。しかし彼らの求める答えはそれではないという。どう答えることが正解だろうと考えながら、黙り込んでしまった葉汰に大知は足元のボールを蹴り上げて、右、左と足の甲で回すと葉汰に向かって軽く蹴った。飛んできたボールを葉汰が受け止める。


「葉兄、俺らと勝負しよ」

「勝負?」


 聞き返す葉汰に圭也が頷く。


「そ。俺らが勝ったら、さっきの答えて。負けたら、もう聞かないから」




 2人が提案した勝負は2vs1で庭の両端に置かれたミニゴールに3点先取した方の勝ちだ。現在1‐2で葉汰がリードしている。

 ボールキープをしつつ、圭也の進路を背中でさえぎりながら、正面からボールを狙いにくる大知を見据える。葉汰はボールを足で挟むと軸足を転がすようにボールを上げ、そしてかかとで掬い上げるようにしてボールを高く蹴り上げる。ボールは大知の頭上を越えて上がり、その軌道のままにゴールに入った。


『……かっけー!!』


 ボールの軌道を目で追っていた大知と圭也が同時に声を上げる。


「今の!後ろで蹴ったの!?」

「すっげー!どうやんの!?」

『俺たち/らもやりたい!?』


 目をキラキラさせて詰め寄る2人に葉汰は思わず苦笑する。それから少年たちの頭をくしゃくしゃと撫でまわした。勝負を持ち出したのもきっと答えられない葉汰への逃げ道だ。勝敗がついたらついたで、自らが言った通りに一切触れてこない。


「ちょっ!?葉兄やめ!」

「なにー!?くすぐってぇ!」


 笑いながら逃げようとする大知と圭也の頭から手を滑らせ、葉汰も腰をおとして視線を合わせてから肩を軽く叩く。彼らは、そして瑠花も、きっと自分が思っているよりも大人で、しっかり周りを見ている。けれどもやっぱり子供でもあって、眩しいほどの無邪気さは彼ら特有のものだろう。


「瑠花ちゃんのことは大好きで大切。時々大人びてる時があって驚かされるけど、俺にとってはやっぱり可愛い妹なんだよ」


 2人が用意してくれた逃げ道に入ってしまうのは簡単だ。けれど、真剣に聞いてきた彼らに対して答えないわけにはいかないだろう。それが求められている答えではないとしてもだ。


「……やっぱり子供でしかないってことか」

「ま、わかってたけどねぇー」


 大知と圭也はそろって肩をすくめると顔を見合わせた。それからひとつ頷くと葉汰に向かって宣戦布告するかのようにびしりと指を突き付ける。


「でもそう思っていられるのも今のうちだよ!子供ってすぐ大人になるんだかんね!」

「気づいた時に手遅れになってても知らねぇからな!瑠花すっげーモテるんだぞ!」

「それに絶対美人になるよ!今もめっちゃ可愛いけど!」

「子供に見えなくなった時に後悔しても遅いんだからな!」


 不敵に笑う少年たちに葉汰は驚いたように目を丸くする。それから込み上げてくるままに顔をほころばせた。 


「肝に銘じておきます」


 笑いながら、また2人の頭をくしゃりと撫でた。


「ボール、もう一つある?ヒールリフトのやり方教えてあげる」

「持ってくる!!」


 庭の収納庫にボールを取りに行く後ろ姿を眺める。大知と圭也に言われた言葉が小さな棘の様に胸の奥に刺さっていた。2人の言う通り、きっとすぐに大人になるのだろう。そうなればきっと、今の年上への憧れの様なものではなく、素敵な恋をするのだろうな。そう考えて、もやりとした胸のうちに、葉汰は気づかないふりをした。





 準備ができたと呼びにきた瑠花にうながされ、大知と圭也はそれぞれ蹴っていたボールを収納庫に戻しに行き、葉汰とそろってリビングに戻った。


「お腹すいたー!」

「夕飯なにー!?」


 リビングに入り、ダイニングテーブルに駆け寄りながら騒ぐ二人と一緒に葉汰もテーブルへと向かう。

 テーブルの上には白ゴマ入りのすし飯と刻んだ大葉と名荷みょうがを混ぜ込んだすし飯、マグロの中トロと赤身、サーモン、カンパチ、タイ、アジ、甘エビ、いか、ホタテ、ツブ貝、赤貝といった刺身、だし巻き玉子、たくあん、ツナマヨ、カニカマ、納豆といった定番のもの、きゅうり、長芋、アボカド、スライス玉ねぎ、レタス、かいわれ、大根といった野菜類から 肉そぼろ、唐揚げ、ローストビーフ、油揚げといった変わり種、さらに大葉や名荷、万能ねぎなどの薬味が所狭しと並んでいた。


「うわ!すごいですね」


 ごちそうだと笑う葉汰に「おわんもあるよー」と瑠花と杏が運んできたのは三つ葉とお麩のお吸い物だ。


「3人とも、手を洗ってきてね」

『はーい』


 飛鳥に促され、大知と圭也が洗面台へかけていく。その後を葉汰も追いかけ、手を洗って戻れば、すっかり準備は整っていた。


『いただきまーす』


 瑠花、大知、圭也の声が重なる。それぞれが海苔にうすくすし飯をのばして好きな具材をのせていく。

 二種類のすし飯はゴマ入りが子ども用に酸味が弱くてやや甘めのもので、刻んだ大葉や茗荷をたっぷり混ぜ込んだすし飯は大人向けだ。


「具材に届かなかったら言ってねー。近い人に取ってもらえばいいから」


 すし飯はのせず海苔の上に大葉と茗荷と万能ねぎ、赤貝をのせて巻きながら笑う飛鳥。手元のグラスにはビールが並々と注がれていた。全員が『はーい』と元気に返し、「サーモンとってー」「きゅうりちょうだいー」と賑やかな声が飛び交う。

 葉汰は中トロとかいわれと万能ねぎを薬味入りのすし飯の上にのせて巻くと、ばくりと勢いよく被りついた。

 中とろの旨味と甘味が口の中に広がり、脂がとろりと溶けていく。薬味をたっぷり混ぜ込んだすし飯は風味豊かで爽やかな後味だ。 


「これ、薬味入りのすし飯、いいですね。さっぱりと食べられる」


 「うまいです」と笑う葉汰に飛鳥も笑顔を返す。


「それは良かった。いっぱいあるから食べて。お吸い物もおかわりあるからね」

「はい!」


 言われてお吸い物にも口をつける。ほんのり甘めのお吸い物は出汁の旨みが楽しめ、三つ葉の香りがアクセントになっている。


「この吸い物も美味しいですね。上品な、優しい味で」

「あら、良かったわね瑠花」

「え?」

「それ、瑠花が作ったのよ」


 飛鳥に言われ、驚いて瑠花を見れば、顔を僅かに朱に染めて瑠花が頷く。


「お母さんに教えてもらいながらだけどね」

「美味しいよ。すごいね、瑠花ちゃん」

「あ、ありがとう!」


 嬉しそうに瑠花が笑う。それを飛鳥、桃莉、杏は微笑ましく見つめていた。手伝いといっても大体のものは作り終わっていて、後はすし飯作りと具材を並べるくらいでそれほどやることもなかったのが実情だ。ビールやお茶もあるし、お椀は無くてもいいかと話していたところに、瑠花が「私でも作れる?」と訊ねたのだ。

 瑠花が作りたがった理由は察していたし、もう小学5年生だ。包丁や火の使い方も知っている。飛鳥に横で作り方を聞きながらの作業は中々に手際のよいものだった。しかし……。


「……とっても美味しいからこそ、天然すけこましのために作られたかと思うと……」

「桃莉さん……そう言わずに」


 桃莉の呟きに杏が苦笑する。小学生の純粋な恋心は可愛いし、応援したくなるものだ。相手だって、別に悪い人ではない。ただ、まぁ、ちょっと、アレなだけだ。


「葉汰くん、たくあんとお刺身も合うんだよ。おすすめー。油揚げはおいなりさんみたいで美味しいよ」


 瑠花に勧められて、今度は大葉にかいわれ、万能ねぎ、マグロ赤身とたくあんをのせる。確かに、たくあんの甘みと食感と塩気がマグロの旨みを引き立てる様でクセになる味わいだ。


「本当だ。美味しいね、これ」

「でしょ!」


 大葉ときゅうりと名荷にイカと納豆。サーモンとアボカドとスライス玉ねぎ。ツブ貝とかいわれと名荷。ローストビーフと万能ねぎとレタス。たくあんときゅうりと名荷と油揚げなど気になったものを色々巻いていくのは楽しい。


「確かに!手巻きで油揚げって初めてだったけど甘めに煮付けられてていなり寿司っぽいね!美味い」

「ねー!私つぎは中トロと長芋にしようかなー。あとは大葉とかいわれ!」

「あ、届く?取るよ」

「ありがとう!」


 うすくすし飯をひいた上に、葉汰が具材をのせていく。それを瑠花はくるりと巻くと笑顔で頬張った。


 各々(おのおの)好きなだけ堪能し、具材が粗方なくなった頃、「お腹いっぱいー」と大知と圭也が笑う中、飛鳥がデザートを持ってきた。


「スイカ―!!」

「いただきまーす!」


 大地と圭也が早速手を伸ばし、かぶりつく。しゃくしゃくとした歯触りのスイカは瑞々しく、口いっぱいにさわやかな甘さが広がる。


『ごちそうさまでした!』

「はい、よく食べました」


 手巻きとスイカを食べ終えて、手を合わせた一同に飛鳥が満足そうに笑う。ダイニングテーブルいっぱいに並んでいた具材は綺麗に片付いて空の皿が並ぶだけだ。

 食べた皿をそれぞれがキッチンに運び、食洗器の中に入れていく。テーブルの上を片付けて、食後のコーヒーを淹れると飛鳥はリビングで子供たちと遊んでいた葉汰、杏、桃莉をダイニングテーブルまで呼んだ。


「3人とも、進路はどうするの?葉汰君はそろそろ就活でしょ?杏ちゃんは来年受験で、桃莉ちゃんは就職は?3人次第で新しいこを募集するかも決めないとだしね。私としてはこのまま3人にいて欲しいけど、そうもいかないでしょ?」

「私はバイト続けたいです。卒業したらフリーで活動していく予定なんで」


 飛鳥に最初に答えたのは桃莉だ。音大でピアノ専攻の桃莉は現在も動画サイトに投稿したりしながらコンクールやコンサートに出ている。


「私は受験といっても内部進学なので、今の成績さえ維持できれば特に問題ないです」


 杏は私立大学の付属校に通っている。そのまま付属の大学に進学するのであれば、成績によって推薦が得られる形だ。


「俺は在学中はバイト続けられたらと思ってます。秋ぐらいからシフト減らしてもらうかも……」

「了解。シフトについてはまた相談ね。じゃあ来年いっぱいは今のメンバーでやれるわね」


 3人を見回し、「これからもよろしくね」と微笑む飛鳥に、葉汰、杏、桃莉もそれぞれ頷いた。






「じゃあ、俺そろそろ帰りますね」

「泊まっていけば?」

「そこまでお世話になるのは……。それに帰ってやることもありますので」


 飛鳥の言葉に葉汰は首を振る。

 コーヒーを飲んだ後、「一緒にはいろう」と言う大知と圭也にひっぱられ何故かお風呂を借りて、3人で入っても足を伸ばせるほどの広さのバスタブで遊び、湯上りには冷えたビールまで堪能たんのうした。さすがにこれ以上は本気で申し訳ない。ちなみに杏と桃莉は泊まっていくらしい。瑠花が客間で一緒に寝るのだとはしゃいでいた。今は瑠花、杏、桃莉の3人で2階の客間を整えに行っている。


「いろいろご馳走さまでした。ではまた明日」


 明日はモーニングからシフトに入っている。どのみちすぐに顔を合わせることにはなるのだ。


「こちらこそ、今日は子供たちがありがとう。みんな楽しかったみたいだし、葉汰君さえ良ければまた遊んでやって」

「はい」


 失礼しますと軽く会釈をして、リビングから廊下に出ると、ちょうど瑠花が階段を降りてくるところだった。


「あれ?葉汰くん、帰るの?」

「うん。またね」


 瑠花に笑いかけ、玄関に向かうと「送ってく」と瑠花が後ろをついてくる。


「ありがとう。でも、もう遅いから玄関までね」

「うん。葉汰くん、今日、ありがとね。楽しかった」

「俺も、楽しかったよ。今日はカップ選んでくれてありがとう。おかげで美味しいコーヒーが飲めそうだよ」


 葉汰を見上げて笑う瑠花に、クラフト市で買ったカップが入った紙袋を持ち上げて見せながら笑顔を返す。


「そうだ、瑠花ちゃんちょっと後ろ向いて」

「こう?」

「うん」


 葉汰は紙袋を床にと置いて、そこから薄紙に包まれたものを取り出した。包みをそっと開き、取り出したのは細い棒の先に飾りがついたアクセサリーだ。

 瑠花の長い髪を手に取るとクルクルとじり一つにまとめ、手にしたアクセサリーを挿して半回転させると切っ先を地肌に添うようにして挿しこむ。無造作にハーフアップに纏めた髪をスマホでパシャリと撮影して「はい」と見せた。


「これ……かんざし……?」

「瑠花ちゃん、今日、自分用は何も買ってなかったでしょ?だから今日の記念にね。良かったら使って」


 それはディップアートで作られた花の簪で、ピンクの花びらが幾重にも重なりふんわりとした華麗なその花は瑠花の亜麻色の髪によく映えた。


「似合ってるよ。可愛い」

「あ、ありがとう……!」


 大事にするねと笑った瑠花に葉汰は眩しそうに眼を細めながら微笑んだ。




 「またね」と手を振って、玄関を出る。夜になっても昼間の暑さが残っているかのようで、微かに吹く風は生ぬるく、雨の気配を含んでいてどこか重たい。肌にまとわりつく様な湿気をおびたそれに、明日は雨かなぁとぼんやり考えながら夜道を歩く。

 手にした紙袋がすれて、カサリと音を立てた。

 

『そう思っていられるのも今のうちだよ!』

『子供に見えなくなった時に後悔しても遅いんだからな!』


 双子に言われた言葉がよみがえる。

 いつか、そんな日が来るのかもしれない。けれど、その時にはきっと自分はもう隣にはいないだろう。バイトをやめてしまえば今ほど頻繁ひんぱんに会うこともない。そうなれば、憧れは思い出に変わるはずだ。

 それは少し寂しい気もするけれど、自分だけに囚われることなく色々な人を見ればいい。まだ幼いのだから猶更なおさらだ。

 だから、まだしばらくは、可愛い妹のままで……。

  





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