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モーニングセット、フルーツヨーグルトを添えて

 バイトのシフトから外れた土曜の朝。梅雨の晴れ間の、雲一つない真っ青な空から照り付ける日差しは強く、すっかり夏のものだ。それでも朝の比較的早めの時間であればまだ穏やかな気もする。

 カランとドアベルを鳴らしながら、夏を感じさせる日差しから逃げる様に葉汰ようたはサントノーレの扉を開けた。


「葉汰くん!おはよー」


 カウンターの定位置に座った瑠花るかが一早く葉汰に気づき声をかけた。


「おはよう瑠花ちゃん。待たせちゃった?」

「大丈夫ー。お母さんと一緒だったからわたしが早いだけだし」

「それだと結構待ったんじゃない?もう少し早くこれば良かったかな」


 サントノーレは平日は10時開店だが、土日に限りモーニングも出しているため開店時間は8時になる。約束していた時間は8時45分だ。現在時刻は8時15分。葉汰も十分早く来たつもりだが待たせてしまったようだ。

 瑠花の隣のスツールに腰を下ろし、カウンターへと視線を向ける。


「おはようございます」

「おはよう、葉汰君」


 カウンター内にいたサントノーレのオーナーであり瑠花の母親でもある飛鳥(あすか)に挨拶をすれば、ふわりと笑って返される。長いミルクティブラウンの髪を後ろでひとつに編み込んで背に流し、スラリとした肢体を白シャツと黒のカマーベスト、黒のタイトロングスカートと白のロングサロンに包んだ飛鳥は3児の母であるはずだが見た目は葉汰と大して変わらない程に若く美人だ。歳を聞いたことはないがとても小学5年生の子供がいる様には見えない。

 カウンターに座ると同時に出されたのはミルクティーと大きめのスコーン2つ、ラズベリージャムとクロテッドクリーム、厚切りベーコンとオムレツとサラダだ。

 少し早めに行ってモーニングを食べようと思っていたのはどうやら見透かされていたらしい。


「ありがとうございます、飛鳥さん」


 いただきますと笑顔で言ってスコーンに手を伸ばした。

 こんがりときつね色に焼かれたスコーンは上下で半分に割ると真っ白な断面がのぞく。そこにジャムとクリームをたっぷりのせてかぶりつけばサックリとした食感のスコーンが口の中でホロリと崩れ、ジャムの甘酸っぱさと濃厚なクリームが混ざり合う。

 厚切りのベーコンは焼きたてで、表面で油がパチパチと音をたてているし、オムレツはふわふわで半熟になった中からはトロリと溶けたチーズが丁度良い塩気とコクを足している。

 サラダは手作りのキャロットドレッシングが絡んだ新鮮なレタスがしゃきしゃきとした歯触りでトマトは果物の様に甘い。


「うまっ!」

「ふふ。はい、デザート」


 コトリと目の前に置かれたのはみかん、パイン、苺、キウイが入ったフルーツヨーグルトだ。


「え?これって……」

「サービス」


 モーニングには付いていないはずの物に顔をあげて訊ねれば、飛鳥は笑いながら答えた。


「瑠花の我儘わがままに付き合わせるお礼かしら。ありがとうね、お休みの日に遊んでもらって」

「いえ、俺も行きたいと思ってたんで」


 迷惑ではないかと訊ねる飛鳥に葉汰はとんでもないと笑う。

 瑠花がご褒美にとねだったのは映画だった。今月に入ってから上映が始まったそれは以前アニメ映画化されたものの実写化で、獣に姿を変えられた王子と村娘の恋愛物だ。

 観に行きたいけれど飛鳥はカフェがあるし、弟たちは興味がないから行きたがらないし、父親は弟たちを見ていなくてはならないから一緒に行く相手がいないと話す瑠花に、そういうことならと葉汰は二つ返事で了承したのだ。

 元々この映画会社が作る夢と魔法が溢れた幻想的な世界観が好きで、それが体感できる遊園地の方は年パスを持っているほどである。この映画も行こうと思っていたものだ。一人で行くはずだったものに同伴者がいても何も問題はない。


「そう言って貰えると助かるわ。今日はよろしくね」


 笑いながら話す飛鳥はいつものオーナーの顔ではなく母親のものになっていてなんだか少しくすぐったい様な不思議な気持ちになる。


「あ、瑠花、悪いけど裏からコーヒーフィルターを持ってきてくれる?ストックが少なくなっていて……」

「はーい!」


 ぴょんとスツールから降りた瑠花のワンピースの裾がひらりとひるがえる。葉汰はそれを見るともなしに目で追った。今日の瑠花は白とサックスブルーの切替ワンピースで、白のトップス部分はシアー素材で出来たパフスリーブが印象的だ。サックスブルーのボトム部分はたっぷりとギャザーがとられ、ふわりと広がるのが可愛らしい。

 ふと自身の服装に目をやって、葉汰は瑠花に笑いかけた。


「なんか、お揃いみたいだね、今日」


 葉汰の今日の服装は白のパンツにペールブルーの半そでシャツを羽織っており、全体的に淡めな色合いにダークグレーのインナーが差し色になっている。

 

「えっ?あ、そ、そうだね……!」


 葉汰の方をちらりと見た瑠花の顔が一瞬で朱に染まり、それを隠すかのようにうつむいた。


「ふぃ、フィルター!取ってくるね!」


 瑠花は何かを誤魔化すかのように宣言し、バックヤードへと駆けていく。そんな瑠花の姿を飛鳥が笑いをこらえる様に見送る。こらえきれずに僅かに震える手で「はい」と葉汰に渡してきたのは二枚のチケットだ。


「これは?」

「もらいもの。映画行くんでしょ?」


 「使って」と笑う飛鳥。渡されたのは映画の招待券。


「でも、悪いです。いいですよ」

「それ、期限近いのよ。使わないともったいないでしょ?」


 返そうとする葉汰に有無を言わさぬ笑顔で飛鳥が告げる。受け取れと言わんばかりの圧に葉汰は有り難く受け取ることにした。

 しかしなんだか申し訳ないような気分になる。


「じゃぁせめてモーニング代は払わせてください」

「スタッフの飲食はまかない扱いなので無料がうちの原則よ」

「なんか俺、今日もらってばっかりじゃないですか?」

「いいんじゃない?娘と遊んでもらうんだし、それくらい。私からしたら葉汰くんも弟みたいなものだしね」


 そう言われてしまえば流石にもう何も言えない。それにわざわざ瑠花を裏にやってから渡してくる辺り……。


「……敵いませんね、飛鳥さんには……」


 年の功ってやつですか?と聞いたら怒られるだろうか……。そんなことを思いながら葉汰はモーニングを腹にとおさめていった。


「うまっ!……ってこれ生フルーツ!?贅沢ぜいたく……!!」


 フルーツヨーグルトのパインやみかんって普通は缶詰め入れないですか?


「デコレーション用のフルーツだから」

「……なるほど」


 不揃いなやつの活用法ですね。







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