01 生まれ育った故郷にて、まいごのまいごの……
「きゃあーっ! 魔物よ!」
村中大パニックだ。
私はボス級魔物の攻撃をスレッスレでよけつつ、森で囲まれた村の奥、隠しエリアに来た。
「あった!幻の聖剣! ……なんか形違うけどいっか!」
幻の聖剣を引き抜き、村の住人に襲い掛かる魔物を引き付ける。
「アンタは全く悪くないんだけど、死んでもらうよーっ!」
聖剣を振り上げ、叫ぶ。
「エクス〇リバーああっ!!」
聖剣は閃光を放ち、魔物を一撃で消滅させた。が、聖剣は壊れてしまった。
村人が私の周りを囲い、称賛の声を上げる。
「セリカ! 村を救ってくれてありがとう!」
一人の猫耳少女が私に飛びついて頬をスリスリしてくる。誰だろう。
「セリカ? どうしたの?」
「いや、あんた誰……って! うっ!」
「セリカっ!? しっかりして!」
急な頭痛。突然、この世界での記憶が頭に流れ込んでくる。
知らない私が、この村で生まれ、学校を卒業し、冒険者資格を取得する。
ゲーム本編ではスルーされる場面を、私は一瞬のうちにチャプターごとに追体験をする。
この子はミコ。私の幼馴染で、親友。この村はキウリ村。私の生まれ育った村。猫耳の獣人が住む村。
今の状況を整理する。
さっきのゲーム画面と違って、明らかに感覚が違う。なんというか、ゲーム開始前の設定画面よりも、景色が鮮明で、キャラクターの表情も細かく、心臓の鼓動や、自分の体内を流れる血液のぬくもり、汗なんかも感じられた。まるで、このゲームの世界に生きているかのような。
気絶していたようだ。気が付くと、ミコの家の椅子に座っていた。目の前のテーブルには、ホットミルクが入ったマグカップが置かれている。
「ようやく落ち着いたようね。セリカ」
「うん。ごめんね、急に」
「ううん、ボス級の魔物を一撃だなんて、いつの間にそんな力をつけたの?」
「いや、あれはその……村の隠しエリアの聖剣を使っただけで……」
「隠しエリア?」
ミコは不思議そうな顔をしている。
どうやら隠しエリアや、そこに眠る聖剣の存在は、村のみんなは知らなかったらしい。まあ無理もない。私が作った場所だから! ……と、言いたいところだが、あの聖剣や、隠しエリアの外観、それだけじゃない。この世界は、私が作ったゲームによく似た、別世界だ。
もしゲーム本編だったとしても、このマグカップに入ったミルク、テーブルや椅子も、モデルの作りこみが半端じゃない。魔物も、一定距離近づかなければ襲い掛かってこないはずなのに、襲い掛かってきた。どういうことだ……?
「明日から冒険者だね、セリカ」
そう言ってほほ笑むミコ。私の知らない私は、この子のことがどうやら好きらしい。そして、向こうの猫耳少女も。
「セリカちゃん、お風呂できてるからね。明日のために早く入っちゃいなさい?」
「えっ?」
「今日はお泊りするって、セリカちゃんのお母さんには伝えてあるわ。安心して」
ミコのお母さん。小さくてぽっちゃりしてる。かわいい。
「分かったわ。ありがとう!」
◇◇◇
私はお風呂を出て、ミコの部屋に向かう。初めて見るのに、なんだか懐かしい気分。
「やっと来た」
「ミコ、私はどこで寝ればいいの?」
ミコは布団をトントンと叩き、ニコッとする。
「いつもの」
「えっ!?」
ミコは私を引っ張り、ベッドに倒す。思い出した。この子は、私と一緒に寝るのが好きなんだ。
さっきまでは赤の他人だと思っていたこの子が、なんだかとても愛おしく感じる。
「今日のセリカ、なんかおかしい」
「今日は疲れたわ」
「そりゃあ、冒険者になって1日目でボス級の魔物を倒しちゃうんだもん。でも、レベルは1のままなんでしょ?」
「うん……」
この世界では、レベル差がありすぎる魔物をワンパンしたりすると、経験値がもらえない。そう設定したのは私だ。なにかのバグや裏技で強くなりすぎないようにするため。
冒険者レベル1。私たちは今日から、冒険者として生きていくらしい。
外から物音がする。ミコが気づき、窓から外をのぞく。
「っ!? セリカ、あれ!」
慌てて窓から外を見ると、ひとりの少女が倒れていた。
「まずいわ、ケガをしてるっぽい!」
私たちは窓から飛び出し、少女の元へ向かった。
暗くてよく見えないが、首と腕になにかで絞められたような跡があった。
「多分、街の人にやられたんだ。一旦家に運ぼう」
「うん」
私とミコは、ゆっくりと少女を持ち上げ、部屋に運ぶ。
「……うん?」
少女が目を覚ます。
「起きたのね! よかったあ!」
灯りをつけて、顔をよく見る。少女は、銀髪の犬族だった。その大きな赤い瞳には、涙を浮かべている。
「助けて、お姉ちゃんたち!」
◇◇◇
「それじゃあ、元気でね」
「たまには顔だせよ」
両親?と別れの挨拶をして、村から出ていく私たち。ここから街へは、魔物がいる森を抜ければ30分ほどだが、今回はこの犬族の少女、ティナちゃんと街へ行くことにしたので、魔物がいないけど、2時間かかるルートを選んだ。
数十分あるいて、小さな湖がある所へとたどり着いた。
「一旦休憩しましょ。あたしもう足パンパン」
「ミコ、まだ1時間も歩いてないよ?」
私は簡易テントを張り、中で3人並んで水を飲む。
「ぷはーっ、ちょうどいいや、ティナちゃん、どうして街から逃げてきたの?」
「えと、ティナ、知らない人と一緒に暮らせって、お母さんに言われたの……」
重い、急に重い。私そんな設定つけてないんだけど!?
「その人がね、私のこといじめるの」
ストレス発散のために買ったのか。本当に最低な男だ。
……森の方から物音が聞こえる。
「誰!?」
警戒するミコ。腰につけていたナイフを構える。
「ティナ、ダメじゃないか……俺の言うことを聞かないと」
茂みから現れたのは、セリフ的にティナちゃんの飼い主!
こいつが、この子にひどいことを!
「あなた! 自分のしたことがどんなに悪いことか分かってるの!?」
「はア!? 俺は高い金出してこの犬を買ったんだよ。どうしようが勝手だろ!」
急に大声で怒鳴り出す男。私とミコはビックリして動きが止まる。
「なんなら、お前らでもいいぜ」
そう言って私の腕をつかむ。痛い。
「セリカ!」
「お姉ちゃん!」
男は隠し持っていたナイフを私の首に当てる。恐怖で動けなかった。
「っ!!」
「セリカああっ!」
叫ぶミコ。動いたら死ぬ。どうすれば……!
ふと、目の前を見ると、ティナちゃんの姿が見当たらない。男は無抵抗な私を見て油断している。
この男、こういうことに慣れていないのか、カタカタと震えている。その瞬間。
「っでぇ!何しやがる!?」
「お姉ちゃん!」
ティナちゃんが男の腕に噛みつき、ナイフを落とす。
「でやああっ!」
「ぐわあっ!?」
怯んだタイミングで、ミコが横から全力の蹴りを入れる。
男は倒れ、地面に落ちたナイフを取ろうとするが、私は男の腕を踏みつけ、動きを止める。
「ぐっ、離せ! 殺すぞ!」
……抵抗できないというのに。
「この世界に、あなたみたいな人いらない」
男に向かってナイフを振り下ろす。
「ぎゃああああああっ!」
寸止め。男は気絶した。私はスカートのベルトを外し、男の手足を拘束した。
「ティナちゃん、助かったよ。ありがとう!」
「お姉ちゃんたち、巻き込んじゃってごめんなさい……」
「でもこれで悪い人は懲らしめたよ!」
ティナちゃんは下を向いた。震える彼女を抱きしめる。
「ティナちゃん。……それで、もしよかったらなんだけど」
「えっ?」
「私たちとしばらく一緒に暮らすってのはどう?」
「セリカ……うん。あたしも賛成! ティナちゃん、一緒に暮らそう?」
私たちがそう言うと、ティナちゃんは泣き出してしまった。それもそのはず、親からは金目的で捨てられ、引き取り先がこんな男だ。とっても救われない子。
だったら、私たちが幸せにしてやるまで。
幸い、このゲーム……世界の冒険者という職業は儲かりやすい。まあ、ゲームモードをイージーに設定したことがこの世界にも影響を受けていればの話だけど。
私たちは街に着き、なけなしのお金をだして少し大きな家を借りて、3人で過ごすことにした。
新しい、私たちの家に着く頃には、ティナちゃんは寝てしまっていた。
「セリカ、この子をどうするの?」
「どうしよう!」
「はあ、セリカってば、後先考えてよね。まずはあたしたちがいない日中は学校に行かせる。そのために、入学費用をためないとね!」
「ティナちゃん、いくつなんだろう」
「そんなの、明日聞けばいいのよ。じゃあ、今日は疲れたから寝るわ。おやすみ、セリカ」
「うん、おやすみ、ミコ」
とりあえず、この子のお母さんに会うまでは、うちで預かろう。
きっと、なにかワケがあったに違いない。
冒険へのワクワク感が、不安へと変わっていくのを感じながら、眠りについた。
読んでくださりありがとうございます。