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令嬢は既に知っている

「メリッサ・ロレル、そなたとの婚約を解消する。使者もロレル家に到着しているだろう」


 メリッサが婚約解消を告げられたのは、卒業まであと10日というときのことだ。


 王立学院の寮で、二人きりになった直後に告げられた。


 何かの冗談かと思ったが、実家からの早馬で本当だと知った。


 一方的な申し出だが、文句は言えない。


 婚約者の名前はレオン・クラレンス。クラレンス王国の第一王子で、王太子でもある。


 片やロレル家は辺境伯だが、2代前に叙されたばかりで、辺境伯家としては一番の新参にあたる。


 しかもクラレンス王国に仕え始めたのは5代前で、元は他国から亡命した下級貴族だ。


 爵位はともかく血筋的には破格の縁談だ。何かの事情で解消されても致し方ない。


 問題は理由を聞いても「いずれ分かる」としか言われなかったことだ。


 しかも卒業式までレオンは学院に姿を一切見せず、全く連絡がつかなかった。


 おまけに卒業式まで他言しないように念を押された。


「やむにやまれぬ事情により、私とメリッサ・ロレルとの婚約を解消することとなった。祝賀の席で報告するのは心苦しいが、公表する前に、諸君らにはあらかじめ知らせておきたかった」


 だからこそ、卒業パーティーが始まる前に婚約解消を淡々と報告するレオンを、メリッサは苦々しく思っていた。


「婚約解消って……メリッサ様のどこが不満なんだ?」

「才色兼備、魔術の腕も知識も同世代に並ぶものなし、立ち振舞いも優雅で高貴、おまけに平民にさえお優しい方なのに」

「だからこそじゃないかしら? 遊び人の不良王太子殿下には荷が重すぎたのよ」

「優秀な弟君(おとうとぎみ)と比較されてきたボンクラなのに、婚約者までスゴかったら、ねえ……」

「じゃあ婚約解消は劣等感から?」

「まさか! そんなの陛下がお許しになるわけがないじゃない」

「わからないわよ? あることないこと陛下に吹き込んでいたりして。バカな子ほどカワイイって言うし……」

「そもそも長男だからってレオン殿下を王太子として早々に決めちゃったのよ? 普通に考えたらベルナルド殿下の方がずっとふさわしいじゃない」

「だいたい婚約解消なんて家同士の問題なんだし、こんな場所で公表する必要あるのかしら? 一応王太子って立場とはいえ」


 レオンの報告を聞いた生徒たちも、女子を中心に眉をひそめてささやき合う。


 元よりレオンは評判がよくない。


 見た目こそ精悍(せいかん)な顔立ちと浅黒い肌、背が高く筋肉質な身体をしているが、中身は凡庸と言われている。


 学業成績は中の上程度で、貴族や王族のみが扱える魔術も知識はそれなりにあるが、実技は下から数えた早いという体たらくだ。


 なにより毎晩平民の格好をして寮を抜け出し、門限破りの常習犯という問題児だ。


 一応教師には従順で授業は毎日受けているし、威張り散らすこともないが、それくらいしか美点がない。


 一方、一つ歳下の第二王子ベルナルドは、学業も魔術もトップクラスの成績で品行方正、穏やかで人当たりもよく、それでいて信義を重んじて不正を許さない正義感も併せ持つことから評判がいい。


 ついでに美しい金髪に澄んだ碧眼、白い肌に整った顔立ちと気品を感じさせるもので、見た目もずっと優れているときている。


 メリッサもベルナルドの方が婚約者にふさわしい、と陰で言われているのを何度も聞いた。


 それを聞こえぬふりをして、容姿を磨き勉学に励み礼節を身につけ魔術の修行も続け、自分の気持ちを押し殺し、次の王妃にふさわしくあろうとした。


 結局、全部徒労に終わったわけだが。


「お待ちください兄上!」


 人波をかき分け、ベルナルドが声を張り上げると全員が注目する。


「もう一度お考え直しください! あまりにも急な話でございます! 陛下の許可は得られたのですか!?」

「無論だ。陛下の名において正式な使者を出している。そして王室の婚姻に関しては陛下がお決めになること。いくら王子といえども、余人が口出しするのは許されぬぞ」

「それは、そうですが……しかしなぜ婚約の解消をされたのですか!? 詳しい事情を知らねば皆が納得いたしませぬ!」

「知る必要はない。ただ不都合があっただけと思えばよい。お前も含めてな」


 そっけなく答えるレオンに、主に女子から非難の視線が殺到する。


 メリッサは一度ため息をつき、レオンに歩み寄りながら声を張り上げる。


「殿下からおっしゃられないというのならば、私からご説明いたしますわ!」


 レオンの眼前に立ったメリッサが、ビシッと人差し指を突きつける。


「婚約解消の理由、それは殿下が他の女性との婚約をお望みになられたからです! 男爵令嬢のクリス・バジリッサ様とね!」


 レオンとベルナルドが唖然とするなか、メリッサに名指しされた少女が一身に視線を浴びる。


 その少女……クリスはバジリッサ男爵家の娘、とされているが実際は平民かつ孤児の出だ。


 ただ、平民としては極めて貴重な魔術の素養持ちのため、老齢で独り身のバジリッサ男爵が孤児院から引き取り養女としたと聞く


 穏やかでやや気弱な性格と愛らしい容姿から男子には密かに人気があるのだが、その出自ゆえに礼儀作法がなっていない点もあり、メリッサはよく注意していた。


 クリスは今、怯えたように身を縮めている。


 それに構わずメリッサは話を続ける。


「確かにこの目で見ましたわ。殿下とクリス様が人目を避けて学院の裏庭に行かれる姿を、何度も。他にも目撃された方が何人もいると聞いております。それも1年前……私がサイラス帝国から帰国する少し前から密会をされていたとか」


 メリッサがそこで言葉を切ると、周囲が騒がしくなる。


 図星なのか、レオンは表情を微かに歪めて黙りこくったままだ。


 サイラス帝国は王国の西に位置する超大国だ。その領土は大陸の西半分全てだ。


 ちなみにクラレンス王国も大陸ではサイラス帝国に次ぐ大国だが、それでも大陸の東側の5分の2程度しか支配していない。


 そもそもクラレンス王国はサイラス帝国からの追放者が荒れ地を開拓して建国したという経緯があり、良くも悪くも昔から関わりが深い。


 100年前には大きな戦争があり、王国は帝国に敗れて領土を失陥し、多額の賠償金を課せられたことから王国側の感情はかなり悪い。


 そしてロレル家は帝国に備えて配置された辺境伯である。


 ロレル家の子女は、まず敵を知るべしとして半年間、帝国の首都に留学する習わしがある。


 これは王国、帝国ともに黙認しており、外交ルートの一つとしても利用されている。


 すなわち、ロレル家の子女は帝国に人脈を作り、両国のパイプ役となることも求められるのだ。


 メリッサも慣れない土地で苦労しながら現地の貴族や皇族と交流し、情報収集と人脈作りに勤しんだ。


「それにクリス様は殿方によからぬ噂を吹聴されているようで……私があなたに暴力を振るったり、嫌がらせを繰り返したり、挙げ句の果てには階段から突き落とそうとした、とか」

「ち、違います! 私そんなこと……!」

「そうだ! 彼女に罪を着せようとするな!」

「婚約解消の原因を他人に押し付けるな!」

「それに本当はそんなことをやっていたんだろう!」

「これだから成り上がりの田舎者は!」

「お黙りなさい! 小娘の口車に乗せられて!」

「クリス・バジリッサの本性はすでにお見通しですのよ!」

「これだから男は! あなたとの婚約、解消を検討させてもらいます!」

「どうせあなた方もあの泥棒猫にたぶらかされたのでしょう!」

「婚約者がいる身で女遊びにうつつを抜かすなんて最低よ!」


 公爵家の嫡男であるマット・エマーソンなど、レオンの取り巻きの男子が複数メリッサに詰め寄ろうとするが、マットの婚約者で同じく公爵家の令嬢、そしてメリッサの親友でもあるカサンドラ・アルバローザら数名の令嬢に遮られ、罵倒される。


 だが、メリッサが咳払いをすると喧騒がピタリと収まる。


「勘違いしないでいただきたいのですが、お付き合い自体を咎める気はございません。王太子ならば側女(そばめ)を置くのも致し方のないこと。それに私との婚約も、帝国と直接対峙するロレル家との関係を深め、王国に繋ぎ止めたいという陛下の思し召しでしょうから、愛情など持てなくても当然のこと……ですが!」


 メリッサは再度レオンにビシッと指を突き出す。


「そのことを私やベルナルド殿下にまで隠し! あたかも不可抗力のように偽り! あまつさえそれで婚約()()を押し通そうとは何事ですか!? いずれ理由は分かる? いいえ、とっくに分かっていましたわ! ですが誤魔化そうとするその性根が気に入りません! いやしくも王太子の身ならば少しは恥を知りなさい! この卑怯者!!」

「卑怯者だと!? 不敬だぞ! 王太子殿下に向かって!」

「婚約解消は国王陛下の思し召しであらせられるぞ!」

「思し召し、ですか……陛下は聡明と伺っておりましたが、とんだ愚物ね。西の守りを担うロレル辺境伯の顔を潰してもいいというのかしら?」

「まあ、どうせ『強欲王』のことですから、辺境伯領を自らの手に収めたいという浅はかな考えがあったのでしょう」

「おのれ! 陛下まで侮辱するのか!?」

「侮辱? 正当な評価ですわ! 貴族の領地を時に借金の肩代わり、時に買い取りを申し出て、時に中央での栄達をエサに奪い! 王室のほしいままにしている! すでに大半の貴族が土地を手放し! 首都に押し込められている! この暴政に不満を抱く者は少なからずおりますもの! 大方ロレル辺境伯を挑発し、反乱を起こさせて討伐しようという魂胆なのでしょう!」

「いい加減にしろッ!」


 カサンドラの理路整然とした糾弾に顔を真っ赤にし、マットたちが儀礼用の剣を抜き放つ。


 負けじとカサンドラたちも儀礼用の魔術短杖(ワンド)を向け、一触即発となる。


「もういいのです、皆様」


 それを制したのは、メリッサだった。


「今さら婚約解消が取り消されることはありませんし、私も復縁するつもりはございません。ただ、皆様とお別れする前に真実を伝えたかった。それだけのことです」

「お別れ、だと?」

「ええ。本日をもって臣籍を離脱し、王国領から退去いたしますので」


 無言を貫いていたレオンの一言に、メリッサが微笑む。


「どういう……」

「それは私が説明しよう!」


 なおも問い詰めようとするレオンを、凛とした声が割り込む。


 全員が声をした方を見ると、複数の騎士を引き連れた青年がパーティー会場に颯爽と入ってくる。


 赤を基調としたきらびやかな正装に身を包んだ青年の容姿はとても美しく、レオンはおろかベルナルドさえ霞むほどの高貴で優雅な雰囲気を纏っていた。


 身体から発せられるそのオーラにあてられたように、人波が真っ二つに別れ、道を作る。


 そのまま青年はメリッサを庇うようにレオンの前に立ち、口を開く。


「彼女……メリッサ・ロレルは私の婚約者となったからだ」

「婚約者だと? 貴様は何者だ!?」

「無礼者! この御方をどなたと心得る!? 畏れ多くもサイラス帝国皇太子、ルーク・サイラス殿下であらせられるぞ!」


 殺気だった取り巻きの1人の誰何(すいか)に、騎士が声を荒げて青年の正体を明かす。


 ルーク・サイラスは第四皇子ながらその優れた才気と正室から生まれたこと、そして皇帝からの寵愛により兄を差し置いて皇太子となった。そのことは王国でもよく知られている。


 周囲がどよめき、レオンが苦虫を噛み潰したような顔をするなかで、ルークがメリッサに振り向き、悠然と笑う。


「遅くなってすまなかったね、メリッサ。一人で心細かっただろう。だがもう大丈夫だ。これからはずっと、私が君を守る。二度と君を一人になどさせない」

「ルーク様……いいえ、平気でしたわ。ルーク様への愛がこの胸にあるのです、どんな艱難辛苦(かんなんしんく)にも耐えられましょう」

「待て! サイラス帝国の皇太子と婚約だと!? どういうことだ! まさか王太子殿下と婚約していながら密通を……!」

「口を慎め! 下郎!」


 その魅力的な笑みと蕩けるような声に、メリッサは思わず赤面してしまう。


 周囲が置いてきぼりにされるなかで、下衆な勘繰りをしたマットを騎士が厳しい口調で叱り飛ばす。


 メリッサはルークの背中から顔を出す。


「誤解をなさいませんように。前の婚約が破棄された後でございます。それにまだ使者を交わした段階で、公表はこれからですわ」

「当たり前でございましょう? どこかのバカ王子と違って、メリッサ様もルーク殿下も筋を通される御方なのですから」

「カサンドラ、知っていながら黙っていたな!? 婚約者である私にも!」

「卑しい女にたぶらかされた愚か者に言うわけがないでしょう! 知っていましたのよ? あなたもクリス・バジリッサと密会していたことくらい! 他の皆もそうですわ!」

「静粛に。あとは私の口から話そう」


 食ってかかるマットに反撃するカサンドラを、ルークがたしなめる。


「私が彼女と出会ったのは1年半ほど前、留学してきた彼女が帝国学院に入学したその日のことだった。一目惚れだった……全てがそれまで出会った何よりも美しく、誰よりも魅力的で、心を奪われてしまった」

「その、ルーク様、恥ずかしいです……」

「すまない、本当はもっとたくさん語りたいが、私の拙い言辞では君の魅力は語りきれそうにもない……話を戻そう。あくまで友人として接していた。婚約者がいることは聞いていたからな」


 顔を赤らめて袖を引くメリッサに、ルークは一度振り向いて微笑みかけ、再びレオンに向き直る。


 その視線は、道端のゴミでも見るかのように冷たい。


「彼女が帰国してからも文通は続けていた。そして手紙に書かれた()()の所業を知るたびに、腸が煮えくり返った。習わしとして誕生日に贈った雑な作りの造花と下手くそな詩、学院以外では顔を合わせない毎日、毎夜に寮を抜け出す非行、そして元平民との密会……メリッサという婚約者がいながらなぜ無道な振る舞いができるのか、と憤りもした。その挙げ句に一方的な婚約破棄とは、つくづく見下げ果てた男よな、()()は」

「もういいのです、ルーク様……私も出会ってからずっとお慕いしておりました。たとえ婚約者ある身で、結ばれることはないと分かっていても、ルーク様と同じ時を過ごせた思い出だけで、私には十分でした」


 メリッサはレオンの婚約者という立場を忘れたことはない。


 胸に想いを秘めて文通こそしていたが一線は越えなかったし、明らかに形だけ用意したのが見え見えの造花と詩をレオンから贈られても喜んでみせたりもした。


 それを裏切られたという気持ちはあるが、今となってはどうでもいい。


 むしろルークと結ばれる機会をくれたことに感謝したいくらいだ。


 しかし、ルークはそうでもないようだ。


「君は優しいな、メリッサ。だが君はいずれ皇后となる身、それを蔑ろにする者を許すわけにはいかない。なにより、愚か者どもの無知蒙昧(むちもうまい)は裁かなければならない」


 そしてルークは眉を吊り上げ、レオンを断罪する。


「レオン・クラレンス! 貴様は私の婚約者を侮辱し! 現国王と共謀して我が義父となるロレル辺境伯に不当な圧迫を加え、その財貨を奪おうとしている! その罪は許しがたい! サイラス帝国への挑戦とみなし、軍をもって貴様とクラレンス王国に制裁を加える! すでに先遣軍6万が国境を越え、この副都メルダースに向かっている! 本隊の18万も後ほど到着する! クラレンス王国の名は、歴史から消えるだろう!」

「なんだと!?」

「国境を越えたって、まさか!?」

「皆さん大変です!」


 事実上のサイラス帝国からの宣戦布告に混乱する会場に、教師が飛び込んでくる。


「メルダースをサイラス帝国軍と、ロレル辺境伯の軍勢が取り囲んでいます!」

「やはりロレル辺境伯が裏切ったんだな!」

「当然でしょう、もう仕える理由がないのですから。それはアルバローザ公爵家も同じですが……お初にお目にかかります、皇太子殿下。アルバローザ家のカサンドラと申します。これよりアルバローザ家は帝国にお仕えいたします。牛馬のごとく我らをお使いくださいませ。誠心誠意、粉骨砕身の覚悟で忠を示したく存じます」

「話は聞いている、カサンドラ。アルバローザ家はじめ、ここに並ぶ者の家が帝国に帰順することは承知のうえ。帝国は敵に仕えた者でも受け入れる」


 本来国境を守るはずのロレル辺境伯が裏切り、サイラス帝国軍を引き入れたと悟り、歯噛みするマットを鼻で笑い、カサンドラやその仲間がルークの前に跪く。


 クラレンス王国に見切りをつけたのは、ロレル家だけではなかったのだ。


 あまりの出来事に放心していたのか、黙り込んでいたレオンはようやく口を開く。


「……ここで裏切るのか、メリッサ」

「先に裏切ったのは貴様らの方だろう。メリッサはなにもしていない。強いて言うなら、ロレル領とメルダースを繋ぐ直通道路を教えてくれたことと、私と従者が街に入れるように便宜を図ってくれたくらいだが」


 睨むレオンからメリッサを庇い、ルークが毅然と言い返す。


「覚悟するがいい、レオン・クラレンス。貴様とその父だけは楽に死なせんぞ。メリッサを辱しめたことを永遠に後悔させてやる。だが安心しろ、ベルナルド殿は生かすからな」

「ルーク様、もういいのです。だからそんな恐ろしいことをおっしゃらないで。ルーク様には似合いません」

「……すまない、君を侮辱されたことに腹が立ってしまって。それとエマーソン公爵家ほか、レオンに与した者も同罪だ。では行こうか、すぐに軍が入城して街を占領する。そこで正式に婚約を発表しよう」

「はい……それでは皆様、ごきげんよう」

「レオン『元』王太子殿下、せいぜい死ぬまでの間、()()()()を満喫なさるといいですわ」


 全員が唖然とするなか、レオンを嘲笑したカサンドラたちや騎士に護衛され、メリッサとルークは悠然と背を向ける。


 そしてメリッサは振り向き、レオンを一瞥する。


「今さら後悔してももう遅いのです、レオン・クラレンス。あなたは私とロレル家を裏切った。潔くその報いを受けてくださいませ」


 事実上の死刑宣告をして前を向き、メリッサは二度と振り向くことなく、ルークに寄り添って歩きだした。



 その後、サイラス帝国とロレル家の連合軍は副都メルダースを一日足らずで陥落させたのを皮切りに、次々と重要拠点を陥落せしめ、開戦から半月足らずで首都を落とした。


 クラレンス国王はどうにか降伏しようとした許されることはなく、また長らく不満を持っていた貴族が雪崩を打って帝国に味方し、一月でクラレンス王国は滅亡した。


 国王は必死に命乞いをしたが許されず、あらゆる拷問を受けた末に斬首されて死体を街に晒された。死後も罵詈雑言と辱しめを万民から浴びせられ、暴君の死を喜ぶ民衆の声が地に満ちた。


 マット・エマーソンをはじめ、レオンに味方した愚かな貴族は族滅(ぞくめつ)のうえ、本人たちは手足を切り落とされて『下衆豚』として公衆便所に投げ入れられ、糞尿にまみれて苦悶に満ちた死を遂げた。


 クリス・バジリッサは手足の腱を切られて牢獄に放り込まれ、囚人たちの慰み者として穴という穴を使い潰され、完全に使い物にならなくなるまで酷使された後に、ゴミとして生きたまま焼かれる最期を迎えた。


 そしてレオン・クラレンスは全員の最期を強制的に見届けさせたうえで筆舌に尽くしがたい拷問を受け続け、死亡や発狂しそうになるたびに治癒魔術で再生と治療が行われる、という地獄を味わい続けている。


 しかし、これらのことはメリッサは知らないし、知ろうともしなかった。


 ルークがメリッサを気遣って触れることがなかったのもあるが、メリッサにとってレオンやクラレンス王国など、もはや気にするだけの価値がなかったからだ。


 強いて言うならば帝国への忠勤に励み、女性で初めての太守として旧クラレンス領を治めるに至ったカサンドラや、助命されて修道院に入ったが、そこで頭角を現して『開基(かいき)以来の天才』と称され、若くして枢機卿になったベルナルドとの交友が続く程度だ。


 帝国で栄達した友人たちや最愛のルークと一緒に過ごす日々に比べたら、レオンの婚約者であった時期など、過去の汚点ですらない。


 ルークが皇帝に即位するとメリッサは皇后となり、善政を敷くルークを支え、その賢明さと夫婦仲の良さから臣民の敬愛を一身に集め、帝国の黄金時代を築き上げたと後世から評された。


 夫婦生活でもたくさんの子宝に恵まれ、幸せに満ちた生涯を送り、天寿を全うしたメリッサの記憶から、かつての婚約者の存在などとっくに消え去っていた。


 こうして、クラレンス王国は完全に滅亡したのである。


 今となっては、王国の名はただ歴史書に小さく記されるだけである。







 



 















「――そんな上手い話があるものか」


 しかしそれは、数ある歴史のIF(もしも)の1つに過ぎない。


 本来の歴史において、メリッサ・ロレルは違う結末を迎えるのだ。

もうちょっとだけ続きます。

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