身代わり
公園の藪の中を、探検している最中に、ぼくはそこに迷い込んでしまった。見た事もない場所だった。
少し広めのお庭に、旧い感じの民家がひっそりと立っている。
公園の藪の中に、こんな場所があるはずはない。それは、子供のぼくにでも直ぐに理解のできる事だった。
だから、ぼくは、もしかしたら… と、そう思ったんだ。
不意にママの声が聞こえた。
「まーくん、何処にいるの〜?」
ぼくがやって来た方角だ。あの声の方に進めば、ぼくは帰る事ができる。それを確認すると、ぼくは歩を進めた。
庭の縁側からは、部屋が一室だけ見えた。少し暗かったけど、あたたかそうな炬燵が見える。真冬で、とても寒いので、つい引き寄せられてしまう。縁側から、もっと中の様子を覗こうと首を伸ばすと、そこで声がかかった。
「お入りよ」
子供の声。
びっくりして、声のした方を見ると、暗がりからぼくと同じくらいの子供が出てきた。部屋の中から、ぼくを呼びかける。
「とても、あたたかいよ」
ぼくは、それに質問で返した。
「あの炬燵は使えるの? もしかしたら、布団もある?」
その子は答える。
「うん。布団もあるし、美味しい食べ物もあるよ。お餅だってあるんだから」
「夏は? 夏は暑くないの?」
「ここはとても風通りがいいんだ。それに、押し入れの中には扇風機もあるよ」
「暇な時は、どうするの?」
「テレビやラジオがあるよ。それに、ここには紙と鉛筆がいくらだってあるんだ。だから、それを使って遊べるよ」
テレビまであるとは意外だった。
探してみると、確かに、かなり旧い型ではあるけど、テレビが部屋の隅の方にあるのが見えた。
「まーくん、何処〜」
外から、また声が聞こえた。
ママの、ぼくを呼ぶ声だ。
それを聞くと、その子が少し表情を歪めたのが分かった。その子は言った。
「さぁ、中にお入りよ。中に入って、一緒にお菓子を食べよう」
ぼくはその子に誘われるままに、その部屋の中に入っていった。炬燵に足を入れる。とても温かい。お菓子も食べた。炬燵の上に置いてあったのだ。
そして、少しまどろんだ時だった。その子は、不意に部屋から出て行ってしまったのだ。外に出た後で、振り返るとこう言う。
「やっと、出られた。ごめんね。他の身代わりを見つければ、ここから出られるから」
それから、足早にその子は去っていった。
ぼくは、部屋の外に出ようとしてみた。なるほど、確かに出られない。空間には見えない何かの圧力があって、ぼくを先には進ませてくれない。
その時に、声がした。
「まーくん、こんな所にいたのね! 探したわよ〜」
どうやら、ママは先のあの子を、ぼくだと思っているらしい。
ぼくはその声を聞くと、にやりと笑った。
なるほど… 伝説の通りだ。
囚われの家… という伝説が、この辺りの怪談であるのをぼくは知っていた。その家の部屋の中に入ってしまうと、誰か身代わりを見つけない限り、外に出られなくなる。しかも、元いた子供は、その身代わりの子供と同じ立場として、外の世界では扱われる。つまり、ぼくの身代わりになるのだ。まさか、こんな伝説が本当だとは思わなかったけど……。
ママの心は病んでいる。
異常な程の過保護で、ぼくの姿がちょっと見えないだけでも大騒ぎするかと思えば、突然とても残酷になって、ぼくのことをいじめたりする。ご飯を食べさせてくれなくなったりだとか、布団もくれなかったり。しかも、パパも、そんなママにイライラして、ぼくに八つ当たりをする。
もちろん、心がとても弱いだけだというのはよく分かっている。でも、それでも、とてもぼくには耐え切れなかった。だから、いつも、逃げ出したいと思ってたんだ。
あの子には悪いけど、この場所は、そう簡単に入ってこられるような空間じゃない………
ゆっくりと、ここで温まりながら、身代わりが来るのを待つよ。ぼくの次の人生が、どうか幸福でありますように…。