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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

『さくことができぬチーズが発売中!!』短編集

『ファミリーチキン』はいかがですか

作者: 市上 未来

「はぁ……いきなり目の前の空間が裂けてロリロリだけどおっぱいが大きい義理の妹が現れて『ボク、今晩泊めてほしいんだ♪』って頼んでこないかなぁ……」


 ヨシカワの心は荒んでいた。今日はクリスマスイブ。おあつらえむきに雪も降り、恋人たちがイルミネーションの下を仲睦まじげに歩いている。


「ああ彼女欲しい……。いきなり目の前の空間が裂けてエルフの女剣士が現れて『げ、下賤な人間に惚れてしまうなど……。私、一生の不覚なんだからなっ』て真っ赤な顔で言ってこないかなぁ……」


 繰り返す。クリスマスイブに残業に明け暮れ、彼女がいないのでせっかくの雪も電車の遅延の元凶としかみなせないヨシカワの心は、ひどく荒んでいた。


「早く帰ろう……。晩飯も食ってない。いきなり目の前の空間が裂けてエプロン姿の幼馴染が『頑張って作ったんだ。これ、一緒に食べよっ!』てタッパー持って現れないかな……お?」


 目の前の空間は裂けなかったが、通り道のコンビニのポスターが目に飛び込んできた。一羽のニワトリの写真。画像処理したのか鳥が絶対しない笑顔で語りかけている。


『クリスマスは、ファミリーストアのチキンでお祝い!』


「……こいつ、自分の立場わかってんのか」


 疲れた頭で独りツッコミを入れるヨシカワ。とはいえ腹も減った。夕飯を買って帰ろう。そう思い店内に入る。テキトーな弁当とビールをカゴに入れ、レジへ並んだ。


「いらっしゃいませ! ポイントカードはお持ちですか?」

「いや大丈夫です」

「よろしければおつくりしましょうか? 今ならタツタ君のお皿がつきますよ」


 そう言って大学生らしい女の子の店員はレジ前のチラシを指さした。先ほどのニワトリ、タツタ君が同じ笑顔でお皿になっている。


「……また今度にします」


 ヨシカワは不愛想にならないよう苦労して断った。気持ち悪い。絶対いらない。ていうかなんで実写なんだ。こういうのはキャラクターのイラストを使うものではないのか。


「かしこまりました! お会計、876円です」


 気にした様子もなく店員は会計を進めた。けっこうかわいくて好みのタイプである。やや気分を直してヨシカワは注文した。


「あ、それと『ファミリーチキン』お願いします」

「あっ。申し訳ありませんお客様。今ちょうど売り切れてしまっておりまして……。少々お時間いただければ揚げさせていただきますが?」

「うーん……じゃあお願いします」


 疲れているが胃はすでにチキンを欲している。なにより店員の女の子がかわいい。この子とデートする妄想でもしていれば時間もすぐ過ぎるだろう。


「かしこまりました。 店長、急いで『ファミリーチキン』お願いします!」

「はーい」


 レジカウンターの奥、扉ごしにひょいっと30代くらいの女性が顔を出した。どうやら揚げるフライヤーはそちらにあるらしい。


「すぐにご用意しますね。申し訳ありませんが少々お待ちください」


 店長は笑顔で断るとすぐに顔を引っ込めた。店員がヨシカワに向き直り言う。


「お客様、お先にお会計失礼いたします。合わせまして22476円です」

「高っ!! え、なんでそんな金額に!?」


 思わず大声になってしまったヨシカワ。しかし店員はキョトンとした顔で続ける。


「はい? 先ほどまでのお会計876円、ファミリーチキンが21600円、合計22476円です」

「だから高いよファミリーチキン!!」

「そうおっしゃられましても……」


 ガシャン!!!


 突如奥から何かが倒れる大きな音がした。直後、店長の慌てた声となにか鳴き声が聞こえてくる。


「ああっ! しまった! オザキ君ニワトリが逃げた! 捕まえるの手伝って!!」

「もー店長ー! お客様、申し訳ありませんが少々お待ちください!」

「え!? ニワトリ!? いるの!? 逃げたの!?」


 店員はさっさと奥に引っ込んでしまった。バタバタと騒いでいる様子だったバックルームから、やがて一羽のニワトリが飛び出してくる。


『コココ、コッケー!!』

「うわマジでいたよニワトリ!!」


 ヨシカワの声を気にも留めず、ニワトリはバタバタと羽ばたきながらこちらへ逃げようとしている。


 しかし悲しいかな飛べない鳥。いきなり手が伸びてきてむんずと首根っこを掴んだ。


『コッケー! コッケー!』

「ふう。店長、捕まえました!」

「よくやってくれたオザキ君!」


 店員は片手でニワトリを捕まえた。もう片方の手は、すでに別の一羽の首を掴んでいたのだから当然である。店長も右手と左手に一羽ずつニワトリを掴んでいる。


「大変失礼いたしましたお客様! ファミリーチキン、すぐにご用意しますね。……こらっ、おとなしくしろ!」

「ちょ、ちょっと待って!」


 再び奥に引っ込もうとした二人を呼び止めるヨシカワ。


「はい? どうされましたお客様?」

「その……ニワトリ、なんでいるのかなって。ていうかどうするのかなって……」

「どうするって……捌いて衣つけて揚げますけど」

「やっぱり!?」


 案の定悪い予感が当たってしまった。店長は笑顔で続ける。


「すぐにご用意いたしますのでお待ちください。そうですね、6時間ほど」

「長いよ! 少々お時間いただければって6時間見込んでたの!?」

「申し訳ありません、これから四羽捌いて揚げますのでどうしてもそれくらいは……」

「コンビニのチキンって本部から冷凍のヤツが送られてくるんじゃないの!?」

「ファミリーストアは店内厨房が売りですので」

「捌くとこから始めるのは厨房じゃないよ!? 屠殺場だよ!?」


 いつからコンビニは食肉加工を自前で行うようになったのか。


「とにかくそんなに待てないです! だいたい四羽分のチキンなんて食べられませんよ」

「そんな!!」


 今度声を荒げたのは店長だった。


「お父さんお母さん兄に妹! 全羽揃ってファミリーチキンです! 四羽まとめてお買い上げいただけないのであればお売りできません!」

「ファミリーチキンってまんまファミリーチキン(家族の鶏肉)なのかよ!!」


 と、隙を見た一羽が店長の手から逃げ出した。なんとか空中を羽ばたいてヨシカワの胸に飛び込む。


「うわっ!?」

「こらタツタ君! 観念するんだ!」

「ってタツタ君?」


 よくみるとポスターやお皿に載っていたニワトリと似ていた。いやニワトリの見分けなどヨシカワにはつかないが。


「タツタ君って、あのポスターのニワトリこれなんですか!?」

「ええ、なかなか笑ってくれなくって。家族がどうなってもいいのか、と説得してなんとかあのように」

「画像加工じゃなかったんだ!? ていうかひどすぎるよ!!」


 笑顔の裏に隠された知りたくない真実を知ってしまった。タツタ君はヨシカワの胸の中で震えながらこちらを見た。思ったよりつぶらな瞳がうるんでいる。


「うっ……」

「さあお客様タツタ君をこちらに。すぐにサイとドラムとウイングに切り分けますから」

「い、いやでも……」


 良心がキリキリと音を立てている。もはや今晩、いや当面の間チキンは食べられそうにない。


「さあ早くお客様!」

「い、いや……やっぱりキャンセルしようかなって」

「おや? そうですかお客様」


 店長はそれなら仕方がない、という風に肩をすくめる。


「この時間だともう売れないかもしれないな……。オザキ君、廃棄処理しといて」

「はーい」

「……待って。廃棄処理って何? 買わなきゃ今日は助かるんじゃないの?」

「いえいえ。売れなければそのまま廃棄処理です」

「エサ代もかかりますし、鳴き声が近所に住む方のご迷惑になりますから」


 事も無げにいう店員と店長。視線を落とすとタツタ君は覚悟を決めたように目をつぶっていた。……ニワトリって涙を流しただろうか?


「あ、あの……。この子、うちで引き取ります」


 罪悪感に耐え切れなくなってヨシカワはそう申し出た。


「なんと!? 珍しいお客様もいたものです!」

「いや、うちペットOKなんで……。このままじゃ夢に出てきそうですし……」

「しかしお客様、ファミリーチキンは全羽揃ってこそ。四羽まとめて出ないとお売りできませんが」

「…………わかりました。四羽ともそのままください」


 もう疲れた。金で心の平穏が買えるならそれでいい。ヨシカワは四羽のニワトリを21600円で買って店を後にした。





 その夜。高い出費にもかかわらずニワトリは夢に出てきた。


『ヨシカワさん、ヨシカワさん』

『んー。……なんだよ……。ってニワトリたち?』

『あなたの優しさに心を打たれました。ぜひお礼をしたいのです』

『ニワトリが恩返し? ツルじゃあるまいし……』

『そうおっしゃらずに。なにか望みはありませんか?』

『望みねえ……。彼女が欲しいかな……』

『わかりました! お任せください!』

『ああ、よろしくたのむよ……。ふわぁぁぁぁ……』


 ヨシカワの意識は夢よりも深い眠りへと誘われていった。





「おにいちゃん、起きて! おにいちゃん!」


 翌朝ヨシカワは聞きなれない声に起こされた。


「んん。んーっ……。んっ!? 誰? なんでウチにいるの!?」


 目の前には知らない美少女。童顔なロリロリでおっぱいは大きく耳はとがっていて鎧を着てその上にエプロンを着けている。


「うおおおお!? キミ、俺の妄想の産物!?」

「なに言ってるの? おにいちゃんが昨日助けて泊めてくれたんじゃない。下賤な人間に助けられるなんて……。私、一生の不覚なんだからねっ!」

「ってまさかニワトリ(妹)!? 人間よりニワトリが格上なの!?」

「まあいいじゃないおにいちゃん! それよ……り、あ、朝ごはんに……しよっ」


 急にトーンダウンするニワトリ(妹)。手にはタッパーが握られている。


「どうしたの? あれ、そういえばキミの家族は? 他の三羽が見当たらないけど」


 ニワトリ(妹)は答えず明らかに無理をしている笑顔でタッパーを開いた。


「が、頑張って作ったから……。恩返しのためにみんな頑張って……。い、一緒に食べよっ」


 ヨシカワはタッパーの中を覗き込んだ。


「ごめん……。いろんな意味で……朝から、重い」


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