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第八話

「うぅん……」

 ごそごそと周りで人が動き回っている気配がして目が覚めた。


 いつの間にか眠ってしまっていたようね。


「おはよう、メリス!」

 明るく弾んだ声が耳に入る。同時に私の視界いっぱいに、野生的な風貌のイケメンが映り込んだ。


 お父様似の、くせのあるブラウンのショートヘア。ほどよく日に焼けた健康的な肌色をした青年。

 お母様譲りの少しつりあがった黄色い目が、よい具合に表情を引き締め、見たものに精悍な印象を与える。


 このイケメンは二人いる私の兄のうちの一人、五歳年上のジールス兄様だ。


「ジールス兄様。おはようございます。……あの、お顔が近いのですが」

 ほんとに近い。目と鼻の先とはこのことね。兄弟とはいえ、さすがにこの近さだと少し照れてしまう……。

 それに、起き上がりたいので邪魔です。


「おっと。すまいない。つい嬉しくて。メリス、ほんとに心配したんだよ! ……起き上がって大丈夫なのかい?」

 ぱっと私から離れたジールス兄様だったが、私が体を起こそうとすると、すぐさま俊敏な動作で私に近づき、体を支えようとする。


「これくらい大丈夫ですわ」

「ほんとに? ほんとに大丈夫なのかい?」

 大丈夫だと答えるが、ジールス兄様はそのがっちりとした体格に似合わない、あたふたとした動作で私を心配する。


「ええ。本当に大丈夫ですわ」

「本当だね? 無理はしていないんだね?」

 はぁー。過保護過ぎる。これだからシスコンは……。そんなんだから、容姿は良いのに恋人の一人もできないのだ。


「兄さんは少し、心配し過ぎですよ」

「ひっ」

 声とともに、ジールス兄様の体の影からひょっこりと現れた顔を見て、思わず小さな声で悲鳴をあげてしまう。


 で、出たわねカリス兄様。私の死神……。


 ジールス兄様の後ろから現れたのは、腹黒そうなイケメン眼鏡の少年、二歳年上のカリス兄様だった。

 ゲームでは見た目通り腹黒く、たとえ実の妹でも、不要と判断したら容赦なく切り捨てる、血も涙もない人物。


 悪事を糾弾され、クロード様との婚約を破棄され、領地で幽閉されることが決まった私を、もはや不要と断じ。

 これ以上はフレール家、ひいてはカリス兄様のお荷物になると、領地へ向かう私の元へ、刺客を差し向ける。


 ゲームではカリス兄様が「これでようやく我が家の膿を処分できました」と腹黒い笑みを浮かべるシーンで幕を引き。

 それ以上の詳しい描写は語られないものの、散々ヒロインを虐めていたメリスが死んだことは明白で、私もカタルシスを覚えた記憶がある。


 もっとも、殺される立場に回った今は、たまったものじゃないけどね……。


「ホルキス先生も、体に異常はないと言っていましたし、そんなに心配せずとも。ねえ、メリス」

「え、ええ。カリス兄様の言う通りですわ」

 幸いなことに、私の引きつった悲鳴は誰にも聞かれなかった様子。


「そうかい。それなら良いのだが……」

 ようやっと納得して私から少し離れるジールス兄様。話が一段落したので、ずっと気になっていたことを尋ねる。


「そういえば、あれは何をしているのかしら?」

 ジールス兄様の後ろを指差す。そこには二人掛けの丸テーブルが置いてあったはずなのだが……。

 今はなぜか長方形をした大きなテーブルに変わっている。


 しかも、メイドたちがテーブルの上に食器を並べていた。あっ。男性使用人が椅子を運んできた。

 テーブルに五つの椅子を並べていく男性使用人たち。というか、その大きなテーブル、どうやって部屋に入れたの?


 サイズ的に扉からは入らない気がするけど……。


「ああ。あれはね。メリスが一人で夕食を食べるのは寂しいだろうと、父上が用意させているのさ!」

「それでわざわざ? 言ってくれれば食堂に――」

「駄目だよ。メリスは安静にしていなくちゃいけないからね!」


 そんな強く否定せずとも……。確かに絶対安静と言われているが、実際は体に問題はないのだ。

 それなのにわざわざ、テーブルや椅子を私の部屋に運び込んで、皆で夕食を摂ろうとするなんて……。


「まったく、父上にも困ったものだ。メリスも()()()()()()()()、寂しいなんてこともないだろう?」

「ええ、もちろん。寂しくなどありませんわ」

 そ、そんな非難するような目で見ないでください。


 金色のセミロングヘアの下から覗く茶色の瞳が、冷ややかな色を湛えている。ううっ……。

『寒気がするわね』

(同じ意見よ、メリス)


 思えば、カリス兄様はいつもこんな目をしていた。今世の私は、この何を考えているかわからない目が苦手だったが。

 それにゲームの知識が加わったことで、カリス兄様の腹黒い本性を知り、苦手意識はさらに増してしまったようだ。


 カリス兄様怖い。そんな目でこっち見詰めないで……。考え過ぎかもしれないが、さっきの言葉もなんだか含みがあったような。

 具体的には「いい歳なのだから」という部分に、年齢に伴った振る舞いを、きちんとするようにという、そんな含みがあったような。


 ひいい! ごめんなさい、カリス兄様! 確かにこれまでの私は駄目な子でしたが、これからは頑張りますので。

 礼儀作法も教養も、フレール家の令嬢としてどこに出しても恥ずかしくない、立派な淑女を目指して努力します!


 だからどうか許してください!


「こんなことで使用人に余計な負担をかけて……。本当に父上の親バカには困ったものです」

「まあまあ、カリス。メリスの回復祝いだと思えば。たまには良いじゃないか。ほら、父上と母上も来たようだよ」


 メイドの一人が開いた扉から、お父様とお母様が入ってくる。部屋の中で作業していた使用人が一斉にお辞儀をした。

 それを意に返すことなく、ベッドへと近づいてくるお父様とお母様。その後ろから夕食を乗せたワゴンが部屋に入ってくるのが見えた。


「メリス。起きていたのだね」

「体の調子はどうかしら?」

「とても調子が良いですわ」

「そうか。それは良かった。丁度、夕食の用意もできたところだよ」


 そう言って私をお姫様抱っこするお父様。お父様はそのまま私を運び、テーブルの一角にある椅子に座らせる。

 お母様やお兄様たちも、各々テーブルに向かい、メイドが引いた椅子に座った。


「失礼いたします」

 てきぱきとした動きで、テーブルの上に料理を並べていくメイドたち。そうして、すべての料理を並べ終え、メイドが下がると。


「では、頂くとしよう」

 お父様が促した。

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