第六話
朝食を済ませた私は、それからずっと思考の海に沈んでいた。というのも、それ以外にすることがなかったから……。
しばらくの間、絶対安静にしているようにと、お父様たちに言いつけられたので、ベッドの上から動けなくなったのだ。
部屋にはお母様とマイアがいるから、こっそり動くこともできなかった。
なので、朝食を食べた後は天井を眺めながら、今朝方考えていたことの続き、今後どういう方針を取るか。
メリスと相談しながら、そればかりを考えていた。そして、それも今しがた大体の方針が纏まったところだ。
(……よし。とりあえず、どうするかが決まったわね?)
『ええ、まあ。そうね……』
(なに? なんだか不満そうだけど)
言いたいことがあるなら言って欲しい。
二つに分かれてしまった私の人格、私とメリスの価値観は異なる。なればこそ、意見をぶつけ合うことは大切だと思う。
さっきまでだって、メリスはいろいろ意見を出してくれて、私の考えの甘いところを補強するのに、大いに役立ってくれた。
私が気づかないようなことを指摘してくれたりもしたし、二つの人格があるというのも、役に立つものね。
少なくとも、一人で悩みながら考えているよりは、ずっと思考を整理しやすかったと言える。だから……。
(不満があるなら言いなさい)
『いや、不満はないわ。さっきのは……。なんていうか、自分の至らなさに凹んでしまっただけよ……』
(ああ……。まあ、その気持ちはわかる)
私も自分の不甲斐なさには、悄然とさせられた。
クロード様の隣に立つに相応しい令嬢になるため、自分磨きのために。まず自分に足りないものを知ることから始めたのだけど……。
その結果、貴族としての教養が。礼儀作法も知識も、本当になにもかもが圧倒的に足りないということが、わかってしまったのだ。
『私、こんなに駄目な子だったのね。どうして気付かなかったのかしら……』
うーん。それはまあ、周りにイエスマンしかいなかったからよね。いえ、置かなかったからが正解かしら?
私の友人たち(今となっては本当に友情があったとは思えないけど)は、私のことを褒めるばかりで。
家庭教師の先生にしても、うるさく注意する先生は、お父様に言ってすぐに代えてもらっていたから。
だけど……。自分を客観視できなかった私も大概かもね。
(周りを見て、自分を見れば。なんとなくわかりそうなのにね……)
『ほんと。恥ずかしいわ……』
前世の記憶を得てようやく、客観的に自分を見れるようになって初めてわかった真実は、思いのほか堪えるものだった。
(まあ、自覚できたのだから、これから頑張ればいいのよ!)
まだ挽回のチャンスはある。自分のことを省みれずに、このまま成長したのがゲームの私だったのだろう。
でも自覚した以上は、絶対にそうはならないと。強い思いを得た。
『そうね。まだ時間はあるものね』
(ええ。あと四年で立派な淑女になるのよ!)
今のままじゃ、とてもクロード様に会えない。というか、会いたくない。こんな拙い私を見せたくない。だから頑張る。
「メリス。何か欲しいものは? 喉は渇いていない?」
ベッド脇に置かれた椅子に腰掛けたお母様が話しかけてくる。
「大丈夫です、お母様」
お母様の問いに答えながら。少しくどいなと思う。
先ほどから似たようなやり取りを、何度も繰り返していたからだ。今日のお母様は随分と過保護ね。ずっと私の傍にいるし。
事あるごとに世話を焼こうとしてくる。朝食だって……。自分で食べられると言ったのに、まったく聞いてくれなかった。
「どうしたのメリス? やっぱり何か欲しいの?」
考えながら、ずっとお母様の顔を見ていたので、また問いかけられた。
「んーん。大丈夫」
首を左右に振って否定する。
「そう? ならいいけど。何か欲しいものがあったら、遠慮なく言いなさい」
そう言って柔和に微笑み、私から目線を逸らすお母様。その笑みを見て、私はなんとなしにふと思う。
そういえば、前世の私の両親はどうしているだろうか?
元気にやっているだろうか? 私がいなくなって悲しんではいないだろうか?
私には三十年ほどの前世の記憶があるが、その最後のほうはひどく曖昧だ。ただ、漠然と一度死んだのだろうと理解している。
まったく「孝行をしたい時分に親はなし」とは、よく言ったものね。もっと親孝行しておけば良かった。
前世のOLとして仕事に追われていた私は、両親とは疎遠になっていたのだ。それを今は少し後悔していた。
たまには帰ってこいと言われていたのに。……それが無理でも連絡ぐらい寄越しなさいとも言われていたのに。
電話一本入れることすら面倒に思い、ほとんど連絡を取っていなかった。随分と両親のことをおろそかにしていたわね。
「お母様……」
「何? 何が欲しいの? お水?」
「いえ。あの……。心配かけて、ごめんなさい」
「もう。いきなり何を言うの?」
いやまあ、そう言われるとそうなのかもしれないけどさ。前世の両親のことを考えたら、無性に謝りたくなったのだ。
「……ありがとう」
「どうしたの? 変な子ね。やっぱり体の調子が悪いのかしら?」
椅子から立ち上がったお母様が、私の額に右手を乗せる。お母様の手はひんやりとしていた。
「熱は……。特にないみたいだけど……」
お母様、別に体調が悪いわけではないです。熱もありませんよ。
『いきなり何を言ってるのよ?』
メリスもそんな怪訝な声を出さないで頂戴。
確かに少し脈絡のない発言だったかもしれないけど……。ちょっとセンチメンタルな気持ちが言葉として発露しただけよ。
仕事に追われ両親を顧みなかった前世の私も。わがままだった今世の私も。どちらも「親の心子知らず」で、親不孝だったわね……。
「やっぱり。まだ本調子じゃないのよ。少し眠りなさい」
(メリス。親孝行は大事よね)
『はぁー。意味がわからないわよ。お母様の言うとおり、少し寝たほうがいいんじゃないの?』
同じ記憶を持っていても伝わらないこともあるか……。
ともかく、前世でできなかった分の親孝行は今世でするとしましょう。そしてそのためにもクロード様を射止める。
クロード様と幸せな家庭を築いて、孫の顔を両親に見せるのだ! ヒロインになど負けない! 私は今一度決心した。